プロローグ 「ヒマな俺と、うるさい運命」
「……はぁ」
放課後の教室。
椅子にだらっと座って、天井を見上げる。
「またその顔かよ」
隣の席から声。
「なんだよ、その“人生終わってます”みたいな顔」
「終わってねえよ」
「いや終わってるね。見ててわかる」
「お前に何がわかるんだよ、桐谷」
「全部」
ドヤ顔で言い切るな。
「お前さ、最近ずっとそれじゃん。授業もぼーっと、部活も入ってない、帰ってもどうせゲームだろ?」
「……まあ」
「ほら見ろ。つまんねー男」
「うるせえな」
机に突っ伏す。
正直、否定できない。
「で?今日はどうするよ。ゲーセンでも行くか?」
「行かね」
「は?なんで」
「めんどい」
「めんどいって言えば人生どうにかなると思うなよ」
「別にどうにもならなくていいし」
「はい出ました無気力発言」
桐谷が大げさにため息をつく。
「お前さ、なんかねーの?楽しいこととか」
「ない」
即答。
「夢とか」
「ない」
「好きな人」
「いない」
「……お前、マジで空っぽだな」
「ほっとけ」
その時だった。
ガラッ。
教室のドアが開く音。
俺たち以外ほとんど帰ってるはずなのに、誰かが入ってきた。
「えーっと……あ、いたいた」
明るい声。
やけに明るい。
「ねえ!」
顔を上げる。
知らない女子が立っていた。
しかも、まっすぐこっち見てる。
「……誰?」
「ひどくない!?初対面でそれ!」
「いや普通だろ」
「普通じゃない!もっとこう、“君のこと待ってたよ”とかないの!?」
「ない」
「即否定!?」
隣で桐谷がニヤニヤしてる。
「お、なに?ナンパか?」
「違いますー!私のほうが先ですー!」
「何がだよ」
意味がわからん。
女子は俺の机までズカズカ歩いてきて――
バンッ。
机に手をついた。
距離、近い。
「改めまして!」
ビシッと指を立てる。
「今日からこのクラスになりました!星野陽菜です!」
「……ああ、転校生」
そういえば担任が言ってた気がする。
「そう!で、キミが朝倉悠斗くん!」
「なんで知ってんの」
「名簿見た!」
「行動力こわ」
桐谷が小声で笑う。
「でさ」
陽菜はぐいっと顔を近づけてきた。
「ヒマでしょ?」
「……は?」
「ヒマだよね?」
「いやまあ……ヒマだけど」
「よし決定!」
「何が!?」
「今日からキミ、私と一緒に帰る係ね!」
「はあ!?」
思わず声が出た。
「なんでそうなるんだよ!」
「だってヒマじゃん!」
「それ理由になってねえよ!」
「なるよ!ヒマ=時間ある=一緒に帰れる!」
「雑すぎるだろ!」
「いいのいいの、人生ノリが大事!」
「初対面で巻き込むな!」
桐谷が腹抱えて笑ってる。
「いやー面白えなこの子。悠斗、断れよちゃんと」
「断るに決まって――」
「えー、断るの?」
陽菜がじっと見てくる。
「……いや」
「断るの?」
もう一歩近づく。
「だから――」
「断るの?」
三回目。
近いって。
顔近いって。
「……別に、今日くらいならいいけど」
「よっしゃああああ!!」
ガッツポーズ。
「軽っ!?お前軽っ!?」
桐谷がツッコむ。
「うるせえな!」
「いやいやいや、今の流れでOKする!?チョロすぎだろ!」
「うるせえ!」
陽菜がニコニコしながら俺の腕を掴む。
「じゃあ行こ!」
「早い早い!」
「時間もったいないから!」
「まだ何もしてねえだろ!」
「するの!これから!」
引っ張られる。
強引すぎる。
でも――
「なあ悠斗」
後ろから桐谷の声。
「……なんだよ」
「楽しんでこいよ」
振り返ると、ちょっとだけ優しい顔してた。
「……別に楽しむとかじゃねえし」
「はいはい」
手を振られる。
教室を出る。
廊下に夕日が差し込んでいた。
オレンジ色に染まる世界。
その中で、陽菜は振り返る。
「ねえ悠斗!」
「呼び捨てやめろ」
「いいじゃん!でさ」
キラキラした目で言う。
「放課後って、最高に自由な時間だと思わない?」
「……別に」
「思いなさい!」
「強制かよ」
「そう!でね」
一瞬だけ、表情が変わる。
ほんの少しだけ。
寂しそうに。
でもすぐ笑う。
「全部使い切ろうよ」
「は?」
「この時間。もったいないから」
まっすぐ見てくる。
なんだよ、その目。
なんか――
断れないじゃんか。
「……好きにしろよ」
「よしきた!」
また笑う。
その笑顔は、やっぱりまぶしくて。
うるさくて。
意味わかんなくて。
でも――
少しだけ。
ほんの少しだけ。
「……まあ、悪くないかもな」
なんて思ってしまった。
この日から始まる。
どうでもよかった俺の毎日が、
二度と戻らないくらい変わる物語が。
そしてまだ知らない。
この“うるさい出会い”が、
俺の人生で一番大切で、
一番苦しいものになるなんて。




