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「君と過ごす、365回の放課後」  作者: 優貴(Yukky)


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第8話「君が隠していた痛み」

文化祭準備が、本格的に始まった。

放課後の教室。

机が端に寄せられ、段ボールや絵の具が散乱している。

「はいはい男子ー! サボらないー!」

委員長の声が飛ぶ。

「悠斗、その木材運んで!」

「はいよ」

「桐谷はペンキ!」

「えぇ!? 俺ペンキ嫌なんだけど!」

「うるさい!」

教室は騒がしい。

笑い声。 ペンキの匂い。 窓から吹く夕方の風。

文化祭前独特の空気。

……本当なら、楽しい時間のはずだった。

「陽菜、こっちの装飾どうするー?」

「んー、ここに星つけたら可愛くない?」

「え、天才!」

女子グループの中心で、陽菜が笑っている。

いつも通り。

明るくて。 柔らかくて。

でも。

「……」

悠斗は気づいてしまう。

時々、陽菜の手が震えていることに。

苦しそうに息を整えていることに。

笑顔の裏側を。

「……」

胸が痛む。

昨日からずっとそうだ。

知ってしまったから。

もう、“普通”の顔で見れない。

「おーい悠斗!」

「……あ?」

桐谷がニヤニヤしながら近づく。

「お前、ずっと橘見てね?」

「見てねえ」

「いや見てる」

「うるせぇ」

「青春だねぇ〜」

肩を組まれる。

悠斗は鬱陶しそうに振り払った。

「……茶化すな」

その声が少し低くて。

桐谷が一瞬だけ真顔になる。

「……なんかあった?」

「……別に」

「ふーん」

それ以上は聞いてこなかった。

ありがたかった。

今はまだ、誰にも言えない。

言いたくない。

陽菜が“普通”でいたいと言ったから。

◇◇◇

夕方。

「……っ」

突然。

カラン、と音がした。

「え?」

見ると。

陽菜がハサミを落としていた。

「陽菜?」

近くにいた女子が声をかける。

「あ、ごめん……」

拾おうとして。

ふらっ、と身体が揺れた。

「……っ!」

悠斗が反射的に動く。

倒れる寸前で、陽菜の肩を支えた。

「おい!」

教室が静かになる。

「大丈夫!?」

「顔真っ白じゃん!」

クラスメイトたちが集まる。

陽菜は苦しそうに笑った。

「だ、大丈夫……ちょっと立ちくらみ……」

全然、大丈夫じゃない。

呼吸が浅い。

肩が小さく震えている。

悠斗は唇を噛んだ。

「保健室行くぞ」

「え、でも準備――」

「いいから」

強めに言う。

陽菜が少しだけ目を丸くした。

「桐谷」

「お、おう」

「後頼む」

「……任せろ」

空気を読んだのか、桐谷は何も聞かなかった。

◇◇◇

保健室。

カーテン越しに夕日が差し込む。

「……すみません、先生」

「今日は少し休んでいきなさい」

養護教諭が優しく言う。

「無理しすぎよ」

「……はい」

先生が出ていく。

静かになる。

「……」

「……」

沈黙。

機械の音もない。

聞こえるのは、夕方の風だけ。

ベッドに座る陽菜。

その隣に立つ悠斗。

「……なんで無理すんだよ」

ぽつりと言う。

陽菜は目を逸らした。

「……文化祭、楽しみだから」

「だからって倒れていい理由になんねえだろ」

「……」

「お前さ」

悠斗の声が震える。

「もっと自分のこと考えろよ」

「……」

「苦しいなら言えよ」

「……言ったら」

陽菜が小さく呟く。

「終わっちゃう気がするの」

「……え?」

「普通じゃなくなる」

夕日が横顔を照らす。

「みんな、気を遣う」

「……」

「かわいそうって顔する」

苦しそうに笑う。

「それが嫌なの」

悠斗は何も言えなかった。

陽菜は続ける。

「放課後だけはさ」

「……」

「普通の高校生でいたい」

その言葉が、胸に刺さる。

どれだけ怖かったんだろう。

どれだけ我慢してたんだろう。

笑いながら。 隠しながら。

一人で。

「……バカ」

悠斗が呟く。

「え?」

「お前、頑張りすぎなんだよ」

「……」

「もっと頼れ」

陽菜が少し笑う。

「頼ってるよ」

「どこがだよ」

「悠斗には」

「……っ」

その瞬間。

胸が強く鳴る。

陽菜は優しく笑った。

「昨日ね」

「……?」

「怖いって言ったでしょ」

「……ああ」

「でも」

少しだけ照れたみたいに目を逸らす。

「今は、少し平気」

「……」

「悠斗がいるから」

言葉が出ない。

ズルい。

そんな顔でそんなこと言われたら。

「……反則だろ」

「ふふ」

陽菜が笑う。

でも次の瞬間。

「……っ、ゲホッ……!」

突然、激しく咳き込んだ。

「陽菜!?」

肩が震える。

苦しそうに呼吸する。

そして――

ぽたり。

白いシーツに、赤い雫が落ちた。

「……え」

血。

悠斗の顔から、一気に血の気が引いた。

陽菜も固まる。

「……あ」

隠すように口元を押さえる。

でも遅かった。

見えてしまった。

現実を。

終わりが、確実に近づいていることを。

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