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テディベアは夜笑う  作者: 鞠目
第五章
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30/30

やっぱりお守りでは無理でした

 おれとテリーは念のため玄関を確認してみた。そしたら案の定玄関にも廊下にも誰もいなかった。

 うちは狭い家だ。ばれずに隠れるなんて不可能だ。しかしながら、状況を考えると家の中になにかがいるのは確実だろう。

 とりあえずおれとテリーはこたつに入り状況を整理することにした。

「テリー的にどうなん? やばいやつやった?」

「どやろなあ、ぱっと見は完全に人やったからなあ」

「やっぱり家の中におるん?」

「おる。気配隠しとるけど確実にやり手や」

「でも、なんでがっつり家の中に入ってもたんやろ」

「そら、迎えてもたからな」

「……迎えた?」

 なに言ってんだ? おれが聞き返すとテリーが目を泳がせ、気まずそうに口を尖らせる。

「……いらっしゃいって言ってもたから」

「お前のせいやないか!」

「そんなこと言ってもしゃーないやんけ! あいつ、『私は客です』みたいな顔しててんぞ!」

「知るか! どないすんねんこの状況」

「待てや。被害者面しとるけど、連れてきたんは隼人やろ!」

「連れてくるもなにも勝手について来たんや!」

 睨み合うおれたち。

 でも、すぐに気づいた。ここで喧嘩してもめちゃくちゃ不毛だ。テリーもすぐに気づいたようで「一旦仕切り直そか」と言った。

「そうしよ。おれ、やばいのが家にいる状態でクリスマス過ごすの嫌やで」

「せやな」

 おれたちは強く頷きあった。

「隼人さ、なんか心当たりないん? ついて来られるようなきっかけみたいな」

「心当たりなあ……」

 心当たり。考えるといくつか頭に浮かぶものがある。どれから話そうか……。


『ピーッ! ピーッ! 火事です! 火事です!』


 突然火災報知器が鳴り出した。

 台所からけたたましい音が響く。

 でも、おかしい。だっておれもテリーも火をつけてない。おれたちは顔を見合わせると同時に台所に走った。

 コンロを見るとやはり火はついていないし、火災報知器が反応するようなものもない。

「誤作動か? どうやって止めるんだろ」

 テリーが天井の火災報知器を見ながら言うと、警報音が止まった。

「止まった……でも、なんで鳴ったんやろ?」

 おれが言った瞬間だ。

 今度はベランダの方から音がした。

 ダン! ダン! ダン! と力強く窓を殴るような音がする。おれたちは今度はベランダに向かって走りだす。

 カーテン越しに窓が揺れているのがわかる。

「ここ、三階やぞ……」

 こんなこと口に出さなくてもテリーだってわかってる。だけど言わずにはいられなかった。隣でテリーがゴクリと唾を飲むのがわかった。

 火災報知器と違って近くに来ても一向に音は止まない。おれは一と深呼吸をすると思い切ってカーテンを開けた。

 カーテンを開けた途端、ピタリと窓を叩く音が止んだ。

 部屋の光が反射して見にくいけれどベランダには誰もいない。それはそれで怖いけれど、なにか悍ましいものがいたらどうしようとも思っていたので、ちょっとほっとする。

 ふっと息が漏れる。さて、カーテンを閉めようと思いもう一度外を見て、手が止まった。

 窓に反射して映る部屋の中。おれとテリーの姿の後ろにもう一人人影が見えた。白っぽいカジュアルなシャツを着た女の人だ。

 顔は見えない。けれど、それはまるでこの部屋に遊びに来た人のように自然な雰囲気で立っている。あまりにもはっきりと見えるので、おれは思考回路がショートした。

 数秒のフリーズの後振り向くと、振り向く直前まで窓に映っていたはずなのに、後ろには誰もいなかった。

「まじかよ……」

 テリーが唖然としながら言った。

 おれはそんなテリーの横でなにも言えず立ちすくんでいた。


 再びこたつに戻ったおれたち。

 侵入者が女の人だとわかったので心当たりをぐっと絞ることができた。そのことをテリーに伝えると、「なんで心当たりが複数あんねん」とつっこまれてしまった。でも、仕方がないじゃないか。こればっかりは自分ではどうしようもないのだから。

「あの、ハンカチ落としましたよ」

 一昨日、歩いていたら後ろから声をかけられた。これまた大学からの帰り道。本屋に寄って買い物をして、ふらふらと家に向かって歩いていた時だ。

 周りに歩いている人がいなかったから、おれが話しかけられたんだとすぐに分かった。だから躊躇うことなく振り向いた。なのに、誰も後ろにいなかった。

 女の人の声だった。若い女の人。たぶん大学生とかそれぐらい、同世代だなと思った。

 ポケットに手を突っ込む。ハンカチは落ちていない。

 気のせいだったのかな、なんて思ったら甘い香りが漂ってきた。清潔感のある柔軟剤みたいな香り。周りに人はいないし、花のように匂いがするものもない。

 今のは一体……と気になったけど、考えても答えは出ず、おれは首を傾げながら再び歩き始めた。


「はい、それで確定」

「まじで? なんでわかるん?」

「隼人が帰ってきた時、柔軟剤の匂いした」

「うちで使ってるやつ?」

「違うな。うちのよりもフローラル感強めやった」

「うちシトラス系やもんな」

「やろ」

「でもな、心当たりが他にもあるんやけど」

「もうええねん、さっきので確実やって」

「なんか最近赤いワンピース着た女の人を近所でよく見るんよな」

「クリスマスやからな。コスプレちゃう? はい、この話は終了」

「えー、雑すぎるやろ。コスプレとちゃう気がすんねんけどな……まあええか。んで、どないする? 特定はできたけどどうやって追い出す?」

 これまで何度か心霊関係のトラブルに遭遇しているが、これといった対処法があるわけでもない。どちらかというとこれまでなんとかなったのは運に近い気もする。

「そやな……一緒に飯でも食べへんか誘ってみる?」

「なんやそれ」

「鍋でもしたら会話が弾むかも」

「クリスマスイブに鍋って、おれの買い出しを無にするなよ。そもそもなんの会話すんねん」

「便利だけど意外と知られてないライフハックとか」

「気になるチョイスやな。でも、相手ストーカーやぞ」

「身の危険を感じるならえっちゃんにも来てもらう? 合コン感が出て怖さ激減するやろ」

「カオスすぎるやろその合コン! 幽霊、幽霊、テディベア、人間……異種格闘戦みたいになるやんけ!」

「えっちゃんはもうレベル的に幽霊っていうより戦闘民族って感じやけどな」

「より怖いわ。どこの戦士やねん」

「たぶん一人で城が落とせる」

「強すぎるやろ! 城ってどこの想定やねん。そや、話は戻るけど入り込んだやつってほんまに危ない系なん?」

「今更やな。初対面で初手がストーカーやぞ。しかも、人の家入ってすぐ姿隠すようなやつがまともなわけないやん。それに……」

 テリーがおれの指をさす。振り返ってみると部屋の端に置いていた燃えるゴミの袋に、カッターで切ったような鋭利な切り傷ができていた。

「な? やばい系やろ」

「そやな……でも、柔軟剤の匂いする危ない幽霊なんておるんやろか?」

「たしかにそれはそうよな……あ、そういや前にお守り買ったやん。あれなんか反応してへんかな?」

「ほんまや! 見てみよ」

 テリーと前に旅行に行った時に厄除けのお守りを買っていた。

 泊まったホテルでのトラブルにより、そのお守りが万能じゃないことはわかっている。でも、気休めにでもなればなあということで受付のお姉さんに返す分と一緒に自分の家用にも買っていたのだ。

 部屋の端に置いた簡素な勉強机。机の上に積み上げたテキストやプリントの束の横にお守りを置いていた。今朝何気なくみた時はいつも通りだったはずだ。

「あ、あかん系や」

 思わず大きな声が出た。

 すぐに隣に来たテリーもお守りを見て「まじか……」と呟く。

 お守りはハサミで切ったんじゃないかと思うぐらい、綺麗に真っ二つになっていた。

 テリーに「数珠は大丈夫か?」と聞かれて腕を見る。数珠にちぎれそうな気配はなく、しっかりと手首に下がっていた。買ったばかりのお守りなのに。思わず「お守り雑魚すぎるやろ……」と言ってしまった。

「罰当たりなこと言うな。お守りが弱いんちゃうねん。相手が悪すぎんねん」

 テリーにたしなめられ、おれは思わずため息をついた。


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