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キズナ  作者: 羽藏ナキ
第一章

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 現代文の教科書が無くなった。

 授業と授業の間の十分休憩の時間に用意しようとしたら引き出しの中から消えていた。朝来たときに鞄から移動させておいたはずなのに。念のため鞄の中も確認してみたけれど、やはりなかった。

 困ったな、と思っている間に予鈴が鳴ってしまい、僕は仕方なく先生に「教科書を忘れました」と伝え、隣の長瀬さんに教科書を見せてもらうことにした。普通だったら他のクラスの友達から借りて乗り切るのだろうけれど、僕には他クラスに友達がいないのでその手は使えない。


「急なお願いで悪いね。うっかり忘れちゃったみたいで」


 席に戻って長瀬さんに言うと、彼女は笑顔で首を横に振った。


「気にしないで。そういうときもあるよ」


 僕らは互いの机を寄せ合い、くっつけた。机を引きずる音が先生の声に混じる。


「なんだか中学校の頃に戻ったみたい」


 彼女はそう言って、楽しそうに笑った。

 たしかにこうして隣同士の机をくっつけるのは中学校までだった。高校に入ってからは、誰かと机を合わせる機会なんてほとんどない。


 互いの机の境目に教科書を置くと、自然と二人の肩が触れそうなほど近い距離になった。少し視線を横に向ければ、すぐそこに彼女の顔があり、息遣いまでもが聞こえてきた。

 どくんどくんと心臓が脈打つ。身体がこわばっていつも通りノートが取れない。先生の声が右から入ってそのまま左へ抜けていく。


 気がつけばチャイムが鳴り、授業が終わっていた。

 内容はほとんど頭に残っていなかった。



 昼休みに改めて引き出しの中を確認してみると、無くなったのは現代文の教科書だけだった。僕は基本的に置き勉というものをしない。ほとんどの教科書やノートは家に持って帰っていて、それは現代文の教科書だって例外じゃない。昨日の夜に家で時間割を確認しながら鞄に詰めた覚えがあるし、今朝学校に着くまで鞄の中身はいじっていない。だから無くなったのは今朝学校に着いてから現代文の授業が始まるまでの間だ。


 誰の仕業だろう。

 自分で移動させた覚えがないのだから、どこかの誰かが持ち出したとしか考えられない。可能性が高いのは、同じクラスの人間だ。時間割を把握しているし、僕の机に近づいても違和感は少ない。

 僕はぐるっとクラス内を見渡す。今は昼休みだからクラスメイトが全員揃っているわけではない。頭の中で席の位置からクラスメイトの顔をひとりずつ浮かべてみる。ただ、どの人物も自分との関係が希薄すぎて、僕に嫌がらせをする理由が見つからない。


「困ったな」


 ため息交じりに呟くと、「どうしたの?」と声をかけられた。驚いて声のした方に顔を向けると、隣に長瀬さんが立っていた。いつのまにか教室に戻ってきていたらしい。壁掛け時計に目をやると、昼休みが終わりに近づいていた。


「なにか困り事?」


 彼女が席に座りながら訊ねてきた。僕は首を振って答える。


「なんでもないよ」

「本当に?」


 彼女が訝し気にじっと見つめてくる。


「本当だよ。それよりさ、長瀬さんに話があるんだけど」


 僕はこれ以上の追求を避けるために話題を変えた。


「え? 話? なになに?」


 彼女は前のめりになった。普段僕から話題を発信することがほとんどないから、珍しがられているのだろう。


「今週の土曜日さ、空いてる?」

「土曜? うん、空いてるけど……」

「一緒に来て欲しいところがあるんだけど、いいかな?」

「大丈夫だけど、どこに行くの?」


 彼女にそう聞かれるのと同時に昼休み終了のチャイムが鳴った。


「時間と場所はあとでラインするよ。あと、今日は放課後に用事あるから悪いけど勉強はひとりでお願い」

「え? うん……わかった」


 僕は半ば強引に会話を切り上げた。

 放課後は、無くなった現代文の教科書を探さないといけない。彼女に無駄な心配をかけないためにも、一人で。



 放課後にいたるところを探した末、現代文の教科書は無事に見つかった。正確に言うと、見つけたのは僕ではないけれど。

 思いつく場所を一通り探したけれど見つからなかったので、もしかしたら落とし物として事務室に届けられているかもしれないと思い寄ってみたのだ。事務員さんに名前と事情を伝えると、奥に置いてある箱からあっさり僕の現代文の教科書が出てきた。裏面の下の方に小さく僕の名前が書いてある。


 どうやら掃除の時間が終わった後に用務員の人が届けてくれたらしい。話によると、燃えるごみの集積所で簡単に中身のチェックをしていたときに袋越しに教科書が見え、汚れや破れがなかったから回収してくれたとのことだった。


 事情を説明している最中、事務員さんは訝し気にこちらを見ていた。

 それもそうだ。持ち主の知らないところで教科書が捨てられていたのだから。それもあと一歩のところで他のごみもろとも燃やされて灰になるところだった。

 いじめ、という単語が事務員さんの頭に浮かんでいるのが表情から見て取れる。


「ありがとうございます」


 僕は教科書を受け取り、そう言った。


「大丈夫?」


 事務員さんは困ったような表情をしながら訊ねてきた。


「大丈夫です」


 僕は即答した。

 無事に教科書が手元に戻ってきたのだから、これ以上騒ぎにはしたくない。「大丈夫じゃない」と言ったら、きっとこの事務員さんから担任の先生に話が伝わり、下手をすればばあちゃんの耳にまで入ってしまう。それだけはなんとしても避けたい。

 それに、この事務員さんだって心の中では「大丈夫」という回答を望んでいるはずだ。余計な仕事を増やしてほしくない、と本音ではそう思っている。実際、僕が「大丈夫です」と答えた瞬間に事務員さんの顔がほころんだように見えた。


 だからこれが、誰も困らない選択だ。

 僕は「ありがとうございました」と伝え、事務室を後にした。


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