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校門を抜けてから彼女の家のある住宅街までは案外すぐに辿り着く。歩き慣れた道だからなのかもしれないけれど、最近は特に早いと感じる。時間がほとんど進んでいないような気がしても太陽の高度は確実に下がってきており、茜色だった空も群青色の占める割合が増えている。
「あ!」
彼女が突然、声を上げて立ち止まった。ちょうど彼女の家が見えてきたところだった。なんだろうと思い彼女の視線の先を追うと、そこにはひとりの女性の姿があった。
「お母さーん!」
前を歩く女性に向けて、彼女は手を振った。向こうも呼ばれたことに気づき、こちらを向いて手を振り返した。それを見た彼女は笑顔で駆け寄っていく。僕も早足で後を追った。
「涼子、おかえりなさい」
女性はニコッと微笑みながら言った。
似ている、と僕は思った。長瀬さんよりも少し目元が鋭く見えるけれど、それ以外は長瀬さんをそのまま大人にしたみたいだった。細身のジーパンとカーディガンを羽織ったラフな格好がショッピングモールへ行ったときの長瀬さんを思い出させる。
「ただいまー。お母さんもおかえりなさい。買い物帰り?」
長瀬さんは視線を下に落とす。お母さんの片手にはスーパーの袋がぶら下がっていた。
「そう。今日はビーフシチューよ」
「ほんと? やったー!」
夕飯のメニューにはしゃぐ彼女を横目にお母さんは僕へと視線を投げた。微笑みをたたえた眼差しと目が合って、思わずドキッとした。お母さんの視線を追って、長瀬さんは僕に手を向ける。
「お母さん、紹介するね。こちら同じクラスの佐伯慎くん」
「初めまして」
彼女に紹介され、僕は会釈する。
「佐伯くん、ね」
お母さんは空いた片手を顎に当てながらじっと僕を見つめてきた。さっきの優しい目とは打って変わって値踏みをするような鋭い視線を向けられ、僕は思わず身をよじった。だけど、お母さんはスイッチを切り替えたみたいにして、数秒後には再び微笑みをたたえていた。
「初めまして。涼子の母です」
言われて僕は再び会釈をした。
「涼子、もう遅いし帰るわよ」
「え? あ、うん」
お母さんは長瀬さんの手を引いて歩き始める。困惑した様子の長瀬さんは振り返りながら僕に手を振った。
「佐伯くん、また明日ね」
僕も手を振り返し、二人がマンションに入って見えなくなってから帰路についた。
帰り道、僕の身体にはずっと違和感が張り付いていた。長瀬さんのお母さんが一瞬見せた、刺すような視線。あれは、どういうことだったのだろう。長瀬さんのお母さんとは初対面のはずで、怪しまれるようなことはないはずだ。強いて言えば、娘の隣に相応しい人間かを見定めていたのかもしれないけれど、なんだか腑に落ちない。
なにより、僕はあの視線に覚えがあった。あれは伯父さんが僕に向ける視線と同じだった。明確な敵意を宿した目。思い出すと、ざわっと背中に悪寒が走った。
家に帰ると、ばあちゃんがカレンダーを見ながら固定電話で電話をしていた。ちょうど別れの挨拶をするところだったらしく、ほとんど会話が聞こえないまま電話は切られた。誰と話していたのだろう。最近のばあちゃんは電話もスマホが多く、固定電話を使うのは珍しい。
「あ、慎。おかえりなさい」
「ただいま、固定電話使ってるの久しぶりに見た」
「たまには出番があるよ。いまだに新聞やら電気やらのセールスでかかってくるからね」
「ああ、なるほどね」
たしかにそういう電話はたまにかかってくる。さっきの電話もその類なのかもしれない。
「それより、来週の土曜日は分かってるわよね?」
ばあちゃんは話題を変えて僕に言った。
来週の土曜日。それは僕にとって特別な日だ。
「もちろん……忘れるわけないよ」
僕は噛み締めるように言った。




