昼ドラは所詮ドラマ
シーラは不機嫌そうに町を歩いていた。
「なぁ、頼むからちょっとは機嫌直せって。」
「……」
俺の言葉なんて無視してひたすら歩く。
「ああもう! わかった、俺が悪かったから!」
「じゃあ、解除してくれる?」
「それは無理」
「あなたねぇ」
シーラの顔に青筋が浮かぶのが分かるが、これだけは譲れない。
「仕方ないだろ? お前には俺の劣化版とはいえ、空間収納にヴァルモンテ、それに『パワード・ブレスト』までやってるんだぞ? それでお前から裏切られてみろ。俺は大損失だ。」
ちなみに、『パワード・ブレスト』というのはゴーレム機能を取り込んだ胸当ての防具だ。金属製で、小型のマジックオーブとパワーポットが組み込まれており、装着者の状態を常にチェックし、装着者がダメージを負えば治癒魔法を発動するというのが最大のウリだ。
他にも、装着者の身体能力を高める肉体強化の魔法が付与されているうえに、防具としての防御力も一級だ。防具が破損してもゴーレムと同様修復機能が働く。
これ、防具屋に出したらいくらで売れるんだろう……ともおもったが、先ほど訪れた防具屋の品を見れば、こんな防具をみたらひと騒動起きそうなのでそんなことはしない。
ちなみに、空間収納はシーラにペンダントとして渡しておいた。
まさに至れり尽くせり。
なぜ、こんなことをしたかというと、シーラが俺についてくるといっても、戦力的に足手まといになってしまうのは良くないと考えたわけで、かといってスパルタ的な強化をシーラにしてみたところで短期間でゴーレムほどの強さになるはずがない。だったら魔道具でガツガツ強化していこう、という話になった。
『パワード・ブレスト』もその一つ。魔道具というより、これはゴーレムだ。
ゴーレムのオペレーティングシステムから不要な機能をごっそり落とし、治癒魔法や肉体強化魔法を付け加えただけというお手軽なものだが、悪くない。
ついでだから俺も分も作って装着中だ。
「だからって、朝起きたら「お前をもう一度隷属化したから」はないでしょ?」
これがシーラが怒っている理由。
一度解除した隷属魔法を再びかける。確かに良い手とは言えないかもしれないが、長年の親友ですら時と場合によっては手のひら返して裏切るのが人間だ。用心に越したことはない。
「お前と過ごした10日間だって、お前ずっと隷属状態だっただろ。今更だろ?」
「あの時は助けてもらった関係で仕方なかったけど、今は仲間なのよ? はぁ、もういいわ。いい加減疲れてきた。」
「よしよし、分かってくれればいいよ。」
「調子に乗るな! ……昨日聞いたことを思えば、その…… まぁ、仕方ないのかな? って思っただけなんだからね。」
「ああ、あの話か。」
昨日、シーラを連れて行こうと決めたとき、シーラは俺に何故ラックバレーに行くのか?という理由を問われた。そこで俺はこれまでの出来事を全てシーラに話した。
グリードという男の体に転生したこと。
ノーザンバーグという国でゴーレム整備工場で過酷な労働をしていたこと。
そこから人を殺してまで逃げ出し、ここまで来たこと。
グリードの思い人?と思われる人がラックバレーにいること。
半信半疑で聞いていたシーラだったが、今でもどこまで信じてくれているかは分からない。
「それで、そのアズキという女の子だっけ? その子と会えたらあなたはなんて言うの?」
「うーん…… ノープランだ。」
正直自分でもまだはっきりしていない。シーラに伝えたような話をアズキにするか? それともただ、遠くから一目するだけで終わらせるか? などなど、色んなケースが考えられるが、正直そこまでまだ考えがまとまっていない。
まぁ、出たとこ勝負かもしれないな。
さて、俺達はといと、今日と明日でラックバレーに向かうための旅の準備だ。特にシーラは装備丸ごとゴブリン達に奪われちゃったわけで、さらにゴブリン達に捕まっている間、宿屋に置いてあったシーラの私物は全て処分されちゃっていたそうだ。
従って、服のストックもなにもない。だから、ほとんどはシーラの買い物に費やされそうだ。
俺は俺で非常食やらテントの新調、それ以外にも燃料に飲み水、そういった旅の必需品を買い集めなければならない。
あとは金に余剰があれば金属類を買い込んでおくのもいいかもしれないな。ゴーレムの製造・修理に欠かせない。錬金術で作るのもいいが、あれは時間がかかる。それに大量ともなればパワーポットの魔力も結構食うのだ。金で解決できるんだったら買っておいたほうがベターだった。
そうして二人で村のお店を回っているときだった。
「シーラ」
シーラに声をかけたのはバルバドだった。それも1人。神妙な顔をしてシーラの前に立った。
「バルバド……」
何かを悟ったのか、シーラもまた慎重な構えだ。
「シーラ、昨日は済まなかった。アリス、マロンの前だったこともあって、あんな冷たいことを言ってしまったが、あれは俺の本心じゃないんだ。俺の本心は今でも俺はお前を愛している。だから……」
「だから?」
「だから、また俺の元に戻ってきてほしい。」
まるで昼ドラのような展開に俺はため息をつく。一応、心配になってシーラの表情をうかがうが、特に動じた様子がないのを見て安堵した。
これで、「私も愛しているわ!バルバド!」なんてセリフが出てきた日には奴隷契約の裏切り行為とみなしてペナルティー与えてやるところだわ。
俺と行動を供にすると誓ったシーラには既に数多くの投資と機密情報の共有を行っている。もう後戻りは不可能だ。
というわけで、既に部外者ではなくなった俺としては口を挟まざるを得ない。
「バルバドさん。横から失礼しますが、彼女は既に俺のパーティーの一員です。勝手に引き抜こうとしないでいただきたい。」
その言葉にバルバドが般若のごとき怒りの表情を俺に向けてくるが俺はどこ吹く風だ。
「部外者は黙っていろ! これは俺とシーラの問題だ!」
「違いますね。彼女と俺は既にとある契約を結んでいる。この契約がある以上、彼女が勝手にあなたの元に戻ることはない。従って、私も関係者ですよ。」
まさか奴隷契約を結んでいます、とは言えないので、そこはごまかすにせよ、こちらの意図は伝わったようだ。
バルバドは確認の矛先をシーラに向けるが、シーラはコクリとうなづくだけ。つまり、俺の言うことを肯定した。
「バルバドさん、あなたにはチャンスがあった。それも成功確率100%のね。傷ついた彼女を優しく受け止め、「再び一緒のパーティーを続けよう」という話だけでそれは叶ったはずなんですよ。でも、あなたなそのチャンスを自ら投げ捨てた。」
「うっ」
「一度手放したものがまた戻ってくるなんて虫のいい話は普通ないですよ。それでは。」
膝から崩れ落ち、その場に茫然とするバルバドをしり目に俺とシーラはその場を後にした。