シーラの涙
金や銀、それに鉄の延べ棒を多少売って現金に換えた俺は、その足で宿屋に向かい、3日分の宿代を支払った。
それだけこの村に滞在すれば十分にラックバレーへの旅の準備ができる。
思ったほどラックバレーが遠くなくて俺は安堵した。この村からわずか1日トリスターに乗って飛べば着くほどの距離。もっとも、ラックバレーまでの道は街道が整備されているので、さすがに飛んでいくのはマズイ。
まぁ、徒歩で行くにしても恐らく1週間はかかるまい。
「グリード、もうすぐお前の初恋? だった相手のところに着くからな。」
今は亡きグリードの魂にそう言い聞かせてさぁ寝ようか、というところで部屋のドアをたたく音が聞こえた。
「なんだ、こんな夜に?」
この村に俺の知り合い何てシーラくらいしかいない。あとは、この宿屋の主が何か用事があって尋ねてきたというのは考えられる。
いずれにせよ、応対はしないといけない、と思い、ドアを開けた。
「シーラ……」
ドアの目の前に立っていたのはシーラだった。
シーラはどことなく悲しそうな表情を浮かべていた。仲間たちと何かあったのか?と思ったが、今日感動の再開を果たしたばかりじゃないか、とその考えを打ち消した。
「何かあったのか?」
「……」
「おいおい、何も言ってくれないと何も分からないぞ?」
すると、シーラは急に泣き出し、俺に飛びついてきた。
「うっぐ、えっぐ、グリード!…… グリードォ!」
はて、彼女とは確かに寝食を共にした仲ではあるが、泣き疲れるようなことをした覚えはないのだが? と頭の中に疑問符が何個も浮かぶのだが、とにかく事情を聴かないことには何ともならない。
「何があったんだ? とりあえず落ち着いて、な?」
流石に宿の廊下で泣きつかれては他の客に迷惑だ。そう考えた俺はシーラを部屋の中に入れた。
とりあえず水を飲ませて少し落ち着かせる。
やがて、少し落ち着いたのかシーラは語り始めた。
「あのね…… グリードがいなくなった後、バルバド達に色々と聞かれたの。」
「うん、そりゃ色々と聞かれるだろうな。」
「でね…… ゴブリンに凌辱されたのか、ということもきかれたの。」
「……」
それは本人に聞いちゃいけないことなのでは? と思ったが、他人の俺が思うことでもないのかもしれない。とにかく話を全部聞こうと思った。
「わかったかもしれないけど、私達パーティーの女性は全員バルバドと関係を持っているの。」
「そうなんだ。」
「それでね…… ゴブリンに凌辱されたお前はもう俺の女じゃないって…… それで…… うわぁぁぁぁん!」
「はぁ…… そりゃ、クソ野郎だな……」
シーラがゴブリンに連れ去られたシチュエーションはよくわからないが、それでも結果的にシーラを見捨てた本人が、やっとのことで生還したシーラを切り捨てる……か。
ふと、前世のクソ上司が思い出された。
勿論、男同士だから男女の問題である今回のケースとは違う。ただ、失敗して傷ついた部下をフォローするのではなくさらに罵声を浴びせる。まぁ、その部下の失敗といっても元々は無謀なプランを部下に押し付けた上司の責任がかなりの割合を占めると思うのだが。
「もう私、どこにも行くところがないよ……」
「実家に帰るという選択肢はないのか?」
「実家は貧乏な武家の家だもん。こんな私が返っても煙たがられるだけ。」
「そうか……」
ちなみに、ジルコニアという国では武家と公家という特権階級が存在する。どちらも代々魔術師なのだが、魔力はあるけど魔道具がなければ魔術が使えないのが武家で、固有魔術を有し、魔道具がなくとも魔術が使えるのが公家なのだそうだ。
土地を持たない武家や公家には給金が国から支払われるが、それだけではとても生活が成り立たないらしい。
しかし、この流れはもしかして「私を連れてって」ということなのだろうか。シーラを見ると、俯いてしくしくと泣いている。
正直、バルバドには一発殴りたい気持ちだが、殴ったところで状況は改善されないよな、とも思う。それに、4人とは他人の俺が口をはさむ問題でもないだろうな。
「まぁ、お前がよかったら、だが、一緒に来るか?」
「え?」
「俺は別にお前のことが嫌いじゃないし、それに一人旅というのも寂しいものだからな。これから俺はラックバレーに向かおうと思っているんだが、良かったら一緒に行かないか?」
「……いいの?」
「いや、ていうか、俺がここで断ったらお前死にそうだもんな。せっかく助かった命が失われるとか、俺も寝覚めが悪くなる。死ぬくらいなら俺と一緒に来いよ。」
すると、またシーラが泣き出した。
それはもう、大粒の涙をいくつもいくつも流した。
「うん! うん! ありがとうグリード!」
こうしてシーラは正式に俺の仲間になった。




