隷属魔法
自分が越えようと思っていた山を見て、入念な準備が必要だと強く感じた。山頂付近に積もっている雪と、自分の服装を見比べて、このままでは上っている最中に凍死するというのが容易に想像できた。
装備もそうだし、水、食料、テントなど、必要となるものは多い。これらはこれまで得た魔術の知識で何とかなるものではない。まぁ、水くらいは何とかなるかもしれないが……
金は施設からいただいたものが多少あるが、正直この世界、いや、この国の物価など知りはしないので、必要なものが十分買えるかどうかすら分からないが。
だが、町に入ろうと考えたときに思い出されるのがアンドレの忠告だ。
「大きい町には入るな」
理由は詳しくは分からないが、恐らくこのノーザンバーグという国は情報網がきちんと整備されているのだろう。だから、既に俺はお尋ね者になっている可能性が高い。
もっとも、あの施設にいた人間で俺の顔を知っているのは魔道具工房の労働者達だけだと思うが、彼らがノーザンバーグに再び捕まっていたなら顔は割れているだろう。
この世界には魔法があることを考えると、もしかしたら人の記憶にある映像を絵にするような魔法があってもおかしくない。
ならば、変装でもするか? ということだが、あいにくそんな装備は持ち合わせていない。
「いちかばちか、入ってみるか…… ゴーレムは常に呼び出せるわけだし、いざとなったら…… 」
ゴーレムは異空間収納に入れてあるから、いつでも呼び出せる。だが、町中でいきなりドンパチは避けたいところだ。
そんなことを考えながら町の入り口を眺めた。やはり、というべきか、入り口には門番と思われる兵士が立っており出入りする人間をチェックしている。
つまり、自分が指名手配されていれば、第一に門番で足止めを喰うだろう。
何かいい方法はないか? そう考えながら街道に沿った森の中を歩いているうちに一台の馬車が街道をゆっくり走っているのを見かけた。
商人風の格好をした男が馭者をしており、馬車の中は見えない。
俺はそれを見て一案閃き、ニヤリと笑った。
◆
馭者にばれないよう、馬車の背後からサーチャーを飛ばし、馬車の中を確認する。中には果物や恐らくこむぎこか何かと思われる食料品が乗せられていた。少なくとも人間は馭者一名であり、ちょうどいい。
また、辺りに人気が無いこともサーチャーで確認済みだ。むしろ、人気が無さすぎて、よくこんなところを一人で移動できるな、と感心してしまう。
「この世界には山賊とかいないのか?」
まぁ、襲いやすい状況ならそれを活用しない手はない。
俺は森を突き進み、街道を先回りして馭者の男を先回りした。そして虎の子の漆黒のを異空間収納から取り出す。
やがて、目論み通り馬車がやってくるが、馬車が見えるや否や、ゴーレム2体に命じて退路と進路を阻む。
「暗仁は退路を、黒影は進路を塞げ。」
暗仁 と黒影というのは二体のゴーレムの名前だ。サーチャーなど量産型ではないゴーレムには和名で名前をつけることにした。
この二体のゴーレムは初めて名前を着けるユニークゴーレムというわけだ。
二体のゴーレムの違いが分かりづらかったので、施設からくすねてきた金貨と銀貨を使って、パーツの淵をカラーリングし、違いを設けた。
金の淵が暗仁で銀の淵が黒影。
馬車に向かってガシャンガシャンガシャンガシャンと猛スピードで突っ込む2体を前に、馭者の男は驚き顔が青ざめた。
「ヒッ、ヒィィィィ?? 何者だっ!? 金になるようなものは何も持っていないぞ?」
そこへ、ちょっと遅れて俺が駆けつける。駆けつけるといってもゆっくり歩いていくだけだ。とても走り回ったりできる体じゃあない。施設からかっぱらった食料で多少マシにはなったが、まだまだ健全な肉体に戻るのには時間がかかる。
「別に貴方を殺したいわけでも、荷物を奪いたいわけでもない。ただ、あの町に入るのに協力してもらいたいだけです。」
「町っていうのはイルベンスのことか?」
「はぁ、町の名前はよくわかりませんが、この街道の先にある町の事です。」
「つまり、イルベンスなんだな。」
どうやら、俺が入ろうとしている町の名はイルベンスという町らしい。もっとも、準備を整えたらすぐにおさらばする予定の町だ。町の名前なんて俺にとってはどうでもよかった。
「普通に入ればいいだろう。何かそうできない事情でもあるのか?」
「あるからこんな手段に出ているわけです。ああ、このやり取りは面倒だな。」
恐らく、イルベンスに入る目的から、今こうして盗賊紛いの事をしている事情まで事細かに話していると日が暮れる。それに、こんな街道のど真ん中で暗仁と黒影を出しっぱなしにしておく事も賢明とは言えない。
というわけで、奥の手を使うことにする。
俺は暗仁に命じ、男の首根っこを掴むと、馬車の座席から強引に引き落とす。ゴーレムのあまりの力量に驚いたのか、痛みも忘れて男は地べたでブルブルと震えている。
「細かい話は後だ。生きたければこれを飲め。」
俺が男に渡したのは、隷属魔法で作り上げた液状のマジックオーブ。無色透明で若干とろみがある。匂いはない。味は知らない。
「こっ、これは毒なのかっ!? 俺を殺す気なのかっ!?」
「先ほども言った通り、言うことを聞くのなら殺す気はない。さぁ、飲め。水から飲まないのならゴーレムに命じて無理やりに飲ませるが、それでいいのか?」
「わっ、分かった! 飲むから痛いことはしないでくれ!」
男は震えながらも出されたマジックオーブの液体を一目見ると、覚悟を決めて一気に飲み干した。
ゴクリ、ゴクリ
男の喉がなり、マジックオーブが男の胃袋に収まっていくことを確認し、俺は隷属魔法を発動する。初めて使うので上手く行くのか心配だったが、無事成功したようだ。
「うっ? くっ、苦しいっ!? 一体何を飲ませた?」
「ちょっと黙ってろ。今確認している。」
(術者にしか見えない)ARのウィンドウには、目の前の男が奴隷状態であると示され、主人は俺の名前、つまりグリードとなっている。ほうほう、男の名前はアルバというのか。年齢は35歳。妻子あり、ね。非魔術師であり、ただの善良な商人のようだ。
俺は口元が緩んだ。
なんと簡単に人を隷属できるのか、そして、隷属させた相手の情報もある程度分かる。この魔法はこの世界を生きていくのに実に使い勝手がいい。
「さぁ、アルバよ。まずはイルベンスのことを色々と聞かせてくれるか?」
「分かりました。ご主人様…… へ? なっ、何で??」
どうやらアルバの現在の隷属状態というのは、深層領域で作用するようで、理性がそれに追いつかないようだ。まだまだ色々と実験してみないと分からないことはあるようだ。
混乱するアルバを興味深く見ながら俺は話を進めた。




