アルバ
「まったく、勘弁してくださいよ。私はただの平凡な商人ですよ? それが何でこんな面倒なことに巻き込まれなきゃならないのか……」
グリードに奴隷にされた通りがかりの商人、アルバは頭を抱えた。
「私には妻と子供がいるというのに、奴隷になっただなんてどんな顔で言えばいいんですか…… あ…… いくら何でも妻と娘に手を出すのは止めてくださいよ!?」
ほぅ、子供は娘だったのか。
だが、アルバが35歳という年齢を考えると、まだ10歳とかその辺りだろう。俺は幼女趣味ではない。
「安心しろ。流石に人の嫁に手を出すような外道ではないし、幼女趣味でもない。」
「……」
「…… なんだ? 言いたいことがあればはっきり言え。」
「はぁ…… 娘はもう17歳なんですがね。」
「なんだと? お前いったい何歳で結婚したんだよ?」
「何歳って、17歳ですよ。17歳で結婚って、割と普通だと思うんですがね。」
「17歳で結婚……」
軽くカルチャーショックを覚えつつも、そういえば昔の日本(といっても、相当昔だが)はそんな感じだったな、と納得はできてしまう。
しかし、前世? で30歳童貞のまま死亡し、こちらの世界に来ても未だ童貞な自分にしては、目の前にいるアルバがやけに大人に見えてしまった。実際前世の自分と比べても、今のグリードと比べても大人なのだが。
「お前、大した奴だったんだな。」
「いや、何を褒められてるのかサッパリなんですけどね? まぁ、こちらとしては嫁と娘には手出ししないでもらえればいいですよ、って話です。」
「承知した。」
グリードからすれば、できるだけ早くこの国からおさらばしたいのだから、どんなにアルバの妻と娘が美しかろうが、女性に現を抜かす暇などない。
そんな話をしながら馬車は街道を進んでいく。そして、目的地であるイルベンスの町が見えてきた。
◆
アルバの話によると、イルベンスの町の人口は1万人。「なんだ、小さな町じゃないか」と思ったが、タラス山地の麓にある町としては最大クラス。主要産業は農業だが、タラス山地に生息する魔物を狩るためにハンターと呼ばれるプロの猟師がこの町を訪れ、彼らを相手にした観光業(宿泊・飲食)もそれなりのウェイトを占めているのだとか。
ハンターの出入りが多いため、門番の警備もあまり厳重ではないようだ。厳重にしすぎると、それだけで町への出入りが面倒になり、ハンターが他の町を拠点にするかもしれない。そうなれば町の産業は大ダメージだ。
従って、門番は中央政府から送られてきた紙の指名手配書に描かれた似顔絵との照合のみを行っている、ということだった。
問題は、その指名手配書に自分が載っているかどうか。それは分からないので、やはりアルバを味方、もとい、部下にすることができて幸運だったというべきだろう。
「いいですかい? この樽の中に入っておいてください。基本的に荷物までチェックはされないはずですから。」
「分かった。くれぐれも裏切るんじゃないぞ?」
「それが出来たら苦労しないんですがねぇ…… どうも、旦那に害意を向けるだけで体にダメージがあるようなんですわ。裏切ったりしたらどうなってしまうのか、そっちのほうが恐ろしいですよ。」
なるほど、これが隷属魔法の効果か。確かに、隷属魔法の発動条件として、主人に害意を向けること、という条件を追加していた。ちなみに、裏切り行為、殺傷は即死亡するようにしてある。
「…… ということは、害意を向けたことはあるんだな?」
「ちょっ、ちょっとした出来心ってやつですよ! 考えてみてくださいよ。いきなり街道で襲われて奴隷にされたんですよ? 害意を向けないほうが可笑しいでしょう。 今だって大人しくしているのは用が済んだら奴隷から解放してくれる、という言葉を信じての事ですからね?」
「まぁ、確かに、そういわれれば仕方ないかもな。」
「とにかく、そういうわけなので、私を信じて樽の中に入っておいてください。逆に見つかったら私も危ういんですから、絶対に出ないでくださいね?」
「了解だ。」
アルバはため息をつく。
もしも、グリードがお尋ね者だったとして、門番にそれが知れたら自分も同罪。下手すると死刑だ。仮にグリードがお尋ね者ではなかったとしても、隠し通そうとしたことがばれたらそれだけで何か後ろめたいものがあると疑われてしまう。
どちらにせよ、グリードが門番に見つかるわけにはいかないのだ。
平常心、平常心! 挙動が怪しいとそれだけで疑われてしまう。
アルバは自分に言い聞かせてイルベンスの城門に向かっていった。




