開店 鯛めし屋
最近、駅前の商店街の入れ代わりが多くて、いつの間にか店が変わっている。
それも、昔からやってた店が、代替わりできないで、チェーン店やコンビニに場所を明け渡してしまうケースが多いようだ。
昔ながらの豆腐屋さんとか魚屋さんなんて、もうほとんど目につかなくなってしまった。
そんな中でも駅前の乾物屋さんなんて、結構重宝していたのに、やめてしまって、既に違う店が入っていた。
こんど入ってきたのは、鯛めし屋で、一応チェーン店らしい。
牛丼屋や天丼屋なんてのはありきたりで、今更出しても流行らなそうなので、鯛めし屋っていうのは意外といいかもしれない。
ちょっと食事しようと思っても、脂っこいものばっかりで、年寄りが回転寿司っていうのも何だか慌ただしくて、かと言って落ち着いて食べられる日本食なんていうのは、ふところ具合が落ち着かない。
一回行ってみないと分からないが、鯛めし屋のチェーン店というのはいい感じがする。
こういう時はスマホのクーポンが使えそうだが、まずは新聞の折り込み広告を見てみたら、やっぱり大きな広告が入っていた。
でっかいどんぶりに、うっすらと焦げのある大きめに分けられた白身が光って湯気をたてている。
俺の知ってる鯛めしは、鯛とごはんを炊き込んで、だしがごはんにしみ渡ったところで、最後に身をほぐしてのっけるもので、あまり見た目がいいものではないと思っていたが、最近のは大きい身がのっているようだ。
鯛とひらめといえば高級魚の筆頭で、俺なんかは何か理由がないと食べられないイメージがある。
そんな鯛がどんぶりの上にみっしり敷いてあるのだからたまらない。
うちのおばあちゃんも、新聞広告の鯛めしの写真を見て、じっとはしていられないようだ。
「ここのはホントにおいしいのかねえ。
なあ、ちょっと具合を見てきてくれないか。
イクラとかタラコとか余分なもんはのっかってなくていいんだよ。
そうそう、ただ鯛がのっていれば、それで十分。
それが一番おいしいんだ。」
「俺もちょうど行ってみたいと思ってたんだ。
持ち帰りもできるらしいから買ってこよう」
まずは、一番シンプルなやつを2つ買ってきて、お味見といこう。
広告の写真の下には半額券もついていて、持ち帰りでも使えると書いてある。
半額券を切り取って、さっそく駅前の鯛めし屋に向かった。
「おばあちゃん、待っててな。ちょっと行ってくるぜ。」
自転車で鯛めし屋の前まで来た。
予想以上に混雑している。
店の外まで行列がつながっているようだ。
とにかくこの行列に並ばないことには、店の中にも入れない。
自転車を店の前に止めて、行列のしっぽについた。
行列はうずを巻いて、反対方向へ向かっている。
ここは一人分ごとに、それなりの調理があるのだから、かなり時間がかかるのだろう。
列に並んだものの、なかなか前に進まない。
数人前からは、もう1時間以上並んだという声がしてきた。
鯛めしへの道のりはまだ遠いようだ。
あれ、警官がやって来た。
行列に不満でけんかがおきたとか、そういう話だろうか。
しかし警官は行列を通り越して店の前へ向かっていく。
止めてある俺の自転車をじろじろ見始めた。
すると間もなくもう一人の男がやってきて、2人で自転車を運び始めた。
あわてて自転車へ。
「ちょっとなにするんですか。
この店で買い物するのに置いてるんだから、もってかないで下さいよ。」
「いえ、30分以上置いてありましたので、撤去します。」
「それは店が行列して入れないから、しかたないじゃないですか。
好きで30分も並んでる訳じゃないです。今日だけ特別なんですよ。」
「いえ、きまりなので撤去します。」
「ひどい、ここまで並んだけど、じゃあ帰りますから、自転車もってかないで下さい。」
「だめです。」
「お待ち下さい。この店の店主です。
こちらのお客様には、開店当日の混雑でご不便をおかけしまして、自転車もしかたなく置かれている状況です。
自転車置き場をご用意していない店側にすべて責任がございます。
安全には十分配慮いたしますので、今日のところは駐輪させていただけませんか。」
「分かりました。
本日は混雑していて、自転車の撤去などは危険であるため、この店の前での撤去は中止いたします。
店主の方は、十分に注意するようお願いします。」
助かった。
しっかりした店主の方で良かった。
店員がこんなにしっかりしてるのなら、鯛めしもきっとうまいに違いない。
行列も、もうひと頑張りだ。
それから20分以上並んだだろうか。
ついにお店のカウンターまでたどり着いた。
帽子をかぶった男性の店員がにこやかに対応してきた。
「いらっしゃいませ。
ご注文はお決まりですか。」
「いろいろのっているのじゃなくて、一番スタンダードなやつがいいんですが。」
「申し訳ございません。
本日もっともスタンダードなものは、売り切れてしまいまして、その他のものになってしまいます。」
「えーっ、困ったなあ。
余分な具がのっているのはやだって頼まれてるんだよな。
ああ、このお子様用ってのはどうなんだ。
味見できればいいし、これで十分だな。
すいません。お子様用を2つ下さい。
これって半額券使えるの。」
「ご利用できます。
少々、お待ち下さい。」
待っていると、鯛めしのにおいがしてくる。
これだけでお腹はペコペコだ。
「お待たせいたしました。
熱いのでお気をつけ下さい。」
問題のあった自転車にのって、家まで大急ぎだ。
自転車をこいでいるだけでドキドキしてきた。
ようやく家へ到着。もう夕方だ。
「おばあちゃん、お待たせ。」
「随分遅かったね。
大分混んでたのかい。」
「ああ、すごい行列でね。
ようやく買えたよ。
はい、これね。」
「まだ温かいね。
じゃあ、早速いただきましょう。
いっせーのーせ。」
2人で蓋を開けると
「これって、たい焼き?」
おばあちゃんは悲しそうに
「やっぱり安物はダメだね。」