11-輝星
ステラマリスのビームがミカエラを切断。
卵が煙を上げながら砕けた。
(凄まじい力だ、ステラマリス。やったか……いや、まだだ!)
これは煙幕だ。死を偽装し、どこかに逃れようとしているのだとバウルは直感的に理解した。彼の予想通り、煙を突き破って飛び出してくるものがいた。
それは、四メートル大の物体だった。三つの目を備え、耳まで裂ける口のある頭。耳の少し下からマッシブな腕が、顎のあたりから二本の足が生えている。まさに化け物としか言いようのない存在であり、産毛の一本すらないツルツルした体表は胎児のようでもあった。
「どこまでも醜く足掻くな、ミカエラ」
バウルは逃げようとするミカエラの前に降り立った。腰から二本の刀を引き抜き、切っ先をミカエラに向ける。ミカエラは腕を突き立ち上がった。
『許されない、このような……あってはならないことだ!』
「誰に許してもらうつもりもない。お前もまた、誰にも許されないんだ!」
『黙れ! 有機物の集合体如きがこの私を害することなど許されない!』
残っていたランバス・スフィアがミカエラに収束、鎧を形作った。中世騎士が着る重装鎧のようだったが、頭に当たる部分がないので首無し騎士のように見える。ミカエラは構えを取り、脚部のスフィアを炸裂させ突撃して来た。
(スフィアを攻撃だけでなく、防御や移動にも利用しているのか)
殴りかかって来るミカエラ。バウルは刀でそれを受け流そうとした。だが、受けたところから凄まじい衝撃が襲い掛かって来た。接触したスフィアが炸裂したのだ。体勢を崩したバウルの腹に、ミカエラはアッパー気味の一撃を見舞う。
強烈な炸裂音が響き、ステラマリスの巨体が吹っ飛んだ。咄嗟に後ろに跳びダメージを軽減したものの、正面装甲が歪み画面にはいくつもの警告文が表示される。スフィアのエネルギーはやはり侮り難い。
(一撃で正面装甲をまとめて持って行かれなかったのは幸運としか言いようがないな。スフィアで打撃力を強化した拳撃……受けることも流すことも出来ない)
だがこの形態になったことで、ミカエラの天使核をはっきりと感じることが出来ていた。胸の真ん中、心臓部。スフィアに守られているが、その中にあるのは脆弱な肉体だ。それさえ削り切れれば、勝機はある。
(さて問題はどうやってスフィアの装甲を削るかだ。ガトリングは弾薬に乏しく、頼みの綱のビームキャノンは電力不足で長距離砲撃モードを使用出来ず。それどころか稼動限界すら迫っている惨状。まったく、試験機だというのは分かっていたがここまでとはな。一時間も保たないんじゃ話にならないだろ……)
苦笑しながらも考える、生き残るための策を。
やることはすぐに決まった。
「みんなに生かされ続けて来た。俺は、生きる!」
『お前はここで死ぬ。私に殺されて死ぬ!』
対峙するミカエラに脚部ロケットランチャーを発射。ボルトを炸裂させランチャーをパージ。爆発でミカエラの視界を塞いでいるうちにバウルは反転、街を北に進んだ。ミカエラもそれを追い、不細工な体を揺すり走る。
『分かっているぞ、これまでの攻撃でお前は攻撃の手段を失っているということを! そんな状態で私を、完全な生命体をどうやって殺すと!?』
「黙っていろ、寄生虫。貴様如き、完全とは程遠い」
ミカエラはスフィアの一部を分離させバウルの方に撃ち込んだ。誘導能力はほとんど死んでいるが、その代わり弾速はこれまでより速い。左右に機体を振り避けながらも、バウルは探す。反撃のための一手を。
ミカエラは機動力を削るべく足目掛けて攻撃を放った。ほとんど同時に、バウルは反撃の一手を見つけた。それに向けて飛び込みスフィアの一撃をかわし、それを掴む。スラスターを制御し地面スレスレで一回転、着地と同時に追いすがるスフィアを迎撃する。
『……どこから取り出した、その武器を』
「お前がこいつらを放っておいてくれたことが、俺の勝因だな」
バウルが探していたのは、先の戦いで破壊されたバルカー。それが使っていた25mmアサルトライフル。マガジンは目いっぱい、まだ戦える。
『多少武器が増えたところで、貴様に勝機など一つもない!』
ミカエラは攻撃を再開する。バウルは横に跳んで避ける。ミカエラとの命懸けの追いかけっこが再開された。バウルはひたすらに西を目指す。
(バルカーが残っているなら、まだあれも残っているはずだ!)
ビルの壁面を利用した三次元機動で攻撃を凌ぎ、バウルは目的地へと辿り着いた。目抜き通り、十字路へと。バウルは真ん中に立ち、ミカエラを見据えた。
『直線距離ならば――私の方に分がある!』
脚部のスフィアを爆散させ、ミカエラは加速に乗る。バウルはすべての火器をミカエラに向け待ち構える――コックピットで別のことをしながら。
「……隊長、ミーア、ダリル。ありがとう、ここまで残っていてくれて」
アラン・ダクスターから託されたメッセージ。罪の意識に押し潰されそうになりながら、それでも課された罰を全うした男が最後に遺したもの。それは、対天使隊全機に搭載されていた自爆装置の発令コードだった。
「みんなで倒そう、あいつを。俺たちの怒りを見せつけてやろう!」
全機の自爆を承認。
足下で爆裂した機体に、ミカエラがつんのめった。
『なっ――!?』
「受けろ、ミカエラ! これが報いだ! お前のしてきたことの因果だ!」
両手のアサルトライフル、ガトリングガン、ビームキャノン。すべてが一直線に進みミカエラの肉体を貫き、抉った。体表を覆っていた鎧状のスフィアが連鎖的に炸裂し、徐々にミカエラの醜悪な肉体が曝け出される。
「俺たちは生きているだけで殺戮の業を積み重ねている……!
だからこそ、命は大切にしなければならないものなんだ!
奪うことを、蹂躙することを当たり前のことだと思っちゃいけないんだ!
死に至るほど大きな罪を増やしちゃ!」
ランニングギアがバウルを運ぶ。
憎しみの結末へと。
「お前のしていることは、人を殺すよりも罪深いことだ!
人を自分の好き勝手に作り変えて、気に入らなければ捨て去る!
その傲慢な考えで他人を傷つけたって少しも、気にも留めない!
それは生きとし生けるものが絶対にやっちゃいけないことなんだ!」
天使も、人も、変わらない。
その傲慢さを疑問もなく持つことに。
『やめ、ろ……! 死にたく、ない。消えたく、ないんだ……!』
「ああそうだ、俺たちだってそうだ!
死にたくないし消えたくない!
その恐怖を抱いたまま――死ね!
ミカエラ! 己の罪深さを噛み締めろ!」
全弾撃ち尽くし。電力不足の赤いアラート。スフィアの装甲が削り切れるのはほとんど同時だった。バウルは腰の刀を引き抜き、ミカエラの頭に突き立てた。頭骨を砕き脛骨を抉り筋繊維を引き千切り。刀身は天使核を貫いた。
渾身の力を籠め両腕を開く。天使核は真っ二つに切断され、ミカエラは断末魔の叫び声を上げた。何かを願うように手を天に伸ばしたが、その手が掴み取るものも、その手を取るものも何もない。他の天使がそうであったように、ミカエラは石灰質状の物体へと変わった。バウルは剣の柄でミカエラの死骸を叩いた。
「……終わりました、アラン艦長。ラウ隊長。
また、お前たちに助けられてしまったな。
ミーア、ダリル。だが、これで……」
叩かれたミカエラの肉体は粉々に砕けた。やがてすべてが風に流れて行き、ここにいたことすら誰にも知られなくなるだろう。
「終わったよ、全部。何もかも……」
バウルは空を見上げた。
輝く星が一つ、落ちて来るのが見えた。




