11-皆
バウルは屋上を蹴り右のガトリングガンを連射。ミカエラの卵型ボディにいくつもの穴と亀裂が穿たれるが、それらはすぐに再生を始めた。ランバス・スフィアは散開、バウルに迫るもの、ミカエラを護衛するもの、周囲の高層ビルを迂回しバウルを奇襲せんとするものに分かれた。一対一には過剰なほどの物量。
『質量に押し潰されて死ね』
「悪いな、ミカエラ。俺は一人で戦っているわけじゃない」
稜線の彼方で光が瞬いた。高層ビルの影で爆音が響き、ランバス・スフィアの特徴的な崩壊音が辺りに響いた。ミカエラの注意がそちらに向いたのを感じつつ、バウルはスラスターで機動を制御。ほぼ真下に落ちるように動きスフィアの突撃をかわした。
上下反転した状態でガトリングとビームをミカエラに撃ち込む。細かな傷が増えて行くにつれて、ミカエラの再生速度が低下していくのが分かる。いかに天使といえども、その再生能力には限界があるのだ。
(全身が天使核? そんなことがあるはずはない。奴が俺たちを自分と同じ存在に作り変えたというのならば、奴にも一点の核が存在するはず!)
落下中に体勢を立て直し上下を戻し、地表すれすれでブースターを作動させ機体を真横に打ち出す。スフィアは急激に軌道を変更することが出来ない、前列にいたスフィアが地面に激突して砕けた。バウルは脚部スラスターで降下の衝撃を提言しつつ着地、真横に跳び路地に入った。追いかけて来たスフィアの一団が引き離される。
バウルは脚部ロケットランチャーを左右一発ずつ放ち、ギリギリのところで建物を固定していた柱を砕いた。建物の崩落に巻き込まれ、スフィアが砕ける。稜線からの遠隔砲撃とステラマリスの力で、ミカエラが作ったスフィアの多くがすでに失われている。
『おのれ、人間。だが、この程度で私を殺すことなど出来はしない!』
絶え間なく放たれる砲撃は空中のスフィアを削り、その度にミカエラは新たなスフィアを生み出す。スフィアを生み出す度に、ミカエラの再生速度は低下する。体もスフィアも同じ力で作られている以上、それは必定だ。
『お前が私に楯突くことなど、決して許されない』
「子の不始末は親の責任、俺もお前の子だと? ふざけるな。
お前は俺の親なんかじゃないし、子はお前の操り人形なんかじゃない!
例えお前が俺を生み出したものだったとしても、俺の意志は俺のものだ!
俺の殺意は俺のものだ!」
ミカエラの周囲で旋回していた手掌状のスフィアが動いた。いくつものスフィアが密集して出来たものであり、その破壊力はこれまでのものとは比較にならない。左のスフィアが地面に爪を突き立て、バウルの方に突っ込んで来た。右のスフィアは周囲の建物をなぎ払いながらバウルを両断せんと迫る。
左の腕にビームを撃ち込む。着弾点のスフィアは砕けるものの、周辺のスフィアがすぐにその穴を埋める。破壊は不可能か、あるいはかなり面倒だろう。バウルは破壊のプランをすぐ捨て、周囲の状況を観察する。後ろからは通常のスフィアが、正面からは地面を抉る爪が、右からは横薙ぎに迫る爪が襲い来る。
『三点からの攻撃、回避は不能。大人しく死ね、出来損ない』
「いいや、俺は生きる。生きて、お前を殺す!」
バウルは臆することなく正面の爪に向けて走り出した。爪がバウルに接触するまで三秒、二秒、一秒。コンマの時間、バウルは左斜め上方に跳んだ。爪は右足の爪先を小さく傷付けるが、切断には至らない。逆にバウルを背中から追ってきたスフィアと激突し、自滅した。左の爪が再生するまで十秒ほど。
残ったスフィアがバウルを狙う。バウルはビルの壁面を蹴り、機動を右斜め上方に変える。追いすがるスフィアが壁にぶつかり砕けた。
(天使との戦いにマルテを選んだ理由は、これだったのか)
マルテの柔軟な機動性があってこそ、直線的なランバス・スフィアを避けることが出来る。ラウたちはほんの少しでも、自分たちの生存性を上げようとしてくれたのだ。ミカエラと戦わせ、死なせるためにここまで誘ったわけではない。
バウルは次々壁を蹴り軌道を変える。その度にスフィアが砕ける。ダリルの動きをいままで見て来た、それを真似てスフィアの猛攻をかわす。壁を打ち砕き右の爪がバウルを捕えんとする。一秒間ブースターを吹かし爪をかわし、カット。落ちて行く機体は先回りしていたスフィアを紙一重で回避する。ラウがやっていたことを自分なりに再現する。
(みんなの命が、みんなとしてきたことが、いま俺の命を繋いでいる!)
着地と同時にランニングギアを作動させ、ドリフト回転で角を曲がる。目指すはミカエラの足下、引きつけ砕いてきたスフィアの数は無数。故にミカエラの直衛はほぼ存在しなかった。コンパニオンがバウルを妨害しようとする。
「邪魔だ、退けぇっ!」
一瞬も止まることなくコンパニオンの天使核を撃ち抜き、殺す。バウルは温存していたミサイルランチャーを展開。ミカエラの周囲に建つ崩落高層ビルの柱にそれを撃ち込んだ。支えを失ったビルは重力に従い落下する。
『なんだと……!?』
「潰されるのは貴様の方だ!」
数百トンの瓦礫がミカエラの体を打ち据える。バウル迎撃を優先し、防御を解いたミカエラのミスだ。瓦礫の対処に気を取られたミカエラは、ブースターで飛び上がるバウルを止めることが出来ない。彼は見下ろされる立場になった。
残ったミサイルのすべてを発射。卵の頂点で連続して爆発が起こり、蜘蛛の巣状のヒビが広がった。コンテナを固定していたボルトが炸裂、ランチャーが重力に引かれてミカエラに落ちる。卵は既に砕けかかっていた。
「喰ッ……らえぇぇぇぇ!」
バウルは左手を天高く掲げた。欠けた月とステラマリスとが重なり合い、幻想的な光景を作り出す。ビームキャノンのバレルを展開、長距離砲撃モードを形成。もちろんバウルに狙撃の技能などない。ある必要すらもない。
照射時間三秒。バウルは左腕を勢いよく振り下ろした。ステラマリスを飲み込むほど巨大なビームの奔流がその腕から放たれる。ビームの光はミカエラを溶断しながら進んで行く。天使を騙る悪魔を真っ二つに切り裂くために。
『やめろ、よせ、やめろ。お前は何をしているか――』
聞く耳など持たない。
三秒でバウルはミカエラを切断した。




