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10-光臨、極光天使

「ミカ、エラ。お前が……お前が俺たちをこんな生き物に変えた……」

『左様。私はお前たち天生体と呼ばれるものたちを生み出した』


 浮遊する卵型の物体、極光天使(ミカエラ)は厳かに答えた。周囲では絶えず青白い電光が迸っている、電磁的な力で浮遊しているのだろう。明滅に合わせて上下する菱形の物体群が、如何なる理屈で浮遊しているのかは理解出来なかったが。


「お前は、いったい何者だ! 何故、なぜこんなことをした!」


 バウルはアサルトの銃口を向けた。ミカエラはバウルの殺意に即座に反応、攻撃を開始した。浮遊していた物体の先端がバウルの方を向き、一斉に飛んで来たのだ。バウルはもっとも近い何個かに照準を合わせ発砲。青い宝石めいた物体は銃弾に当たり砕けるが、視界を埋め尽くすほどある菱形物体をすべて撃ち落とすのは不可能だ。

 ランニングギアを作動させ、ジグザグに標的を揺さぶりながらビルの隙間に飛び込む。止まり切れなかった菱形の宝石のいくつかはビルに着弾し、砕ける。だがほとんどは曲がり角で方向を九十度変えバウルを狙う。


守護星(ランバス・スフィア)は私の思念に従い、決して逃がすことなくお前を追跡し続ける。抵抗は無意味だ、お前はここで死ぬ。それで第一の試行は終わりだ』

「第一の試行だと……!?」


 ランバス・スフィアから逃れようと必死で抵抗を続けるバウル。だが前方からも菱形物体が回り込んで来る。舌打ちし機体を九十度展開、崩れかかったビルの中に体を丸めて入り込んだ。背の高いバルカーではギリギリで、頭を擦りそうになる。だがそうなれば高速走行中の機体は転倒。スフィアに追いつかれずたずたに引き裂かれ爆発四散する。


『私がこの星に降り立ったのは、私の子孫を増やすためだ』


 屋内、しかも崩落により入り組んだ場所では軌道を制御するのが困難なのだろう。ランバス・スフィアは壁や柱に当たり砕ける。その度にビルが不満げに身を揺らす、このまま進むのは危険だ。そう考えた時、瓦礫に塞がれた出口が見えた。他に道は、ない。


『お前たちが天使と呼んでいる私、アルタイル星系――人は子を成し辛い。我々の持つ非常に死ににくい性質がその理由だ。この世界の生物でもそうだろう、お前たち人間は極めて死にやすい。だから子を成す力だけは強い』


 ミカエラは聞き取れない言語を使いバウルに呼びかけた。物理的な音波ではない、直接脳に情報をねじ込まれているような不快感があった。

 脚部ロケットランチャーを展開、それぞれ一発ずつ発射。爆風で瓦礫が吹き飛ばされ、道が開ける。脱出した直後に機体を百八十度回転させ、崩れかかった柱にロケット弾を放った。最後の支えを失ったビルは瓦礫を撒き散らしながら崩壊。ランバス・スフィアを巻き込みながら消えた。ギリギリのところで脱出。


『そこで我々は他種を改造し、同種とすることにした。それがお前たちだ』

「俺たちは、お前によって人でないものに作り替えられたということか……!」

『最初の一回は成功した。だが、被検体一号もまた完全ではなかった。子を成すことがやはり出来なかったのだ。だから私はそれに私と同じ力を……人を天使に改造する力を与え、放った。奴の方が人の世界のことをよく知っていたから』


 ビルから脱出したバウルは再びミカエラを正面モニターに捉えた。ミサイルランチャーを展開、弾倉の上半分を発射した。ミカエラは再生成したランバス・スフィアを使いそれを迎撃。バウルとミカエラの間を黒煙が塞いだ。


『私は待っていた。私の呼びかけに答え、ここまで辿り着く子供を。私の作り出した細胞に完全に適応した子供は、私よりも天使らしくなるはずだった。だが、それももういない。二人で一人の天使になるという、私の予想すら超えた天使が生まれたのに。新たな進化の形が見えたのに。お前たちが殺してしまった』


 煙を抉りランバス・スフィアがバウル目掛けて飛んでくる。なぜこれほどまで高精度の攻撃を繰り出すことが出来るのか、と思ったが合点がいった。いままで自分が感じることが出来なかったから、考えの外にあったのだ。


(天生体は天使の存在を感知することが出来る。ならば逆もまた然り、天使は天生体を感知することが出来る! なぜこんなことが分からなかった……!)


 自分の位置が分かる以上、煙幕も何もかも無意味だ。ランバス・スフィアは無慈悲なほど正確さでバウルを追い、殺そうとする。バックギアを入れスフィアを正面に捉え、迎撃を行うので精一杯だ。しかも敵の数は徐々にバルカーの対応力を越えつつある。


『私は天使の細胞を活性化させ、天使として人間を覚醒させることが出来る。それなのに、なぜ……なぜお前は(・・・・・)天使にならないのだ(・・・・・・・・・)?』

「あっ……?」


 ダリルとミーアがいきなり天使化したのは、ミカエラの干渉によるものだった。少なくともミカエラの認識の上では。しかし、それならばバウルも即座に天使になってもおかしくはなかっただろう。それなのに、なぜ。


『お前は天使の子だ。それは間違いない。だが私はお前から天使の力を感じない。お前は目覚めの兆候すら見せない。なぜだ? お前というエラーはいったいなぜ発生した? お前という許されざる存在はなぜ誕生してしまった?』


 アサルトがカチリと無慈悲な音を立てる。舌打ちし速射砲を展開、発砲。左右の弾倉を込め直しコッキングボルトを引くが、間に合わなかった。

 ランバス・スフィアの一つがバルカーの右肩に着弾。衝撃で右肩が根元からもげた。慣性に従いグルグルと腕が回転しながら吹っ飛んで行く。

 何とか体勢を崩すまいと、転倒しまいとするが、その分スピードが殺される。殺到する宝石を撃ち落とし切れず、受け止めたシールドが、砲が、左足が、頭部が破壊される。バルカーは尻もちをつくように倒れ、慣性に従いふっ飛ばされた。崩落したビルの瓦礫にぶち当たり、ようやく止まる。クラッシュの衝撃で内臓が潰れ、バウルはどす黒い血を吐いた。


『エラーは修正されなければならない。原子にまで分解し貴様を消去する』


 天生体は生半可なダメージでは死なない。そのことを作り手であるミカエラはよく知っているのだろう。ランバス・スフィアは一斉に停止、切っ先をコックピットのバウルに向けた。確実に、逃げ場なく、彼を殺害するために。


 絶体絶命。もはやどうしようもない。

 そう考えると少し楽になった。


(全力で生き抜いて、抵抗して、死んだんだ。これで、許してくれますよね……ここまで、苦しんだんだ。もう責めないでくれるよな……?)


 諦めは甘美だった。

 バウルは目を閉じ――空気を裂く音を聞いた。


『これは、なるほど。あなたの役目はこういうものだったんですね』


 ミカエラは納得したようにつぶやいた。

 直後、何かが爆裂した。

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