10-融合天使
外見はマルテに似ていた。空気抵抗の少ない流線型を多用した装甲、すらりとした四肢、丸みを帯びた頭と赤い目。両手はダリルが使用していた刀剣のように鋭く、胸には砲口のようなものが開いていた。新たな、融合天使が現れた。
『バウル、何をしている! ぼさっと突っ立っているな、死にたいのか!』
反射的に機体を傾ける。砲口に収束した光がビームとなり彼を襲ったのだ。ビームは右肩の少し横を逸れ、後方に着弾。ビルを爆発させた。ミーアが使っていたものよりも明らかに出力が高い、これも天使の力の恩恵だろう。
銃口を向けると、力が萎える。
天使と化し、化け物となっても彼らはダリルであり、ミーアだ。
こんな気持ちになったことは、バウルにはなかった。
『撃てッ、撃たなければお前が殺されるんだぞ!』
「ここで生き残っても、俺はいずれ天使になって死ぬ……」
天使を目の前にして――二人には本当に申し訳ないと思うが――ああはなりたくないとバウルは思った。自分の意志を失い、ただ人を殺すためだけに暴れ回る怪物。ああなってしまえば、例え生きていたとしてもおしまいだと。
(終わらせてしまえばいいんだ。俺が、俺であるうちに……)
機体を止め、ホルスターから銃を引き抜く。
顎の下に銃口を持って行った。
(ただ頭を撃ったのでは頭蓋骨で弾が滑る。撃つ場所は吟味しろ)
ムスタファ・クガニエルの言葉が今更蘇る。彼に感謝しておかなければいけないことが、もう一つあった。死損なわない死に方を教えてくれたことだ。
(どうせ終われと望まれているんだ。だったら、いま終わっていいだろう?)
トリガーを握る指に力を籠める。
だが彼の決意を、ラウの叫びが邪魔した。
『生きろッ、生き抜け! こんなところで、死ぬなんて許さんぞ!』
リボルビングランチャーの砲声が響く。放たれたロケット弾は融合天使に着弾、派手な爆音と爆炎を上げた。ラウは幅跳びの要領でバウルを飛び越え、天使にショルダータックルを仕掛ける。凄まじい質量差に圧され、天使の体が宙を舞った。ラウは追撃を行おうとするが、吹き飛びながら天使が放ったビームがハンドキャノンを真っ二つに切断した。
「なぜ、死んじゃいけないんですか。そのために来たんでしょう?」
天使は空中でクルリと身を翻し、着地と同時に地面を蹴り突進。両手を大上段に振り上げ同時に斬撃を放つ。十字を描く剣撃をラウは危ういところで身を引き交わすが、左のハンドキャノンを切り裂く小刻みな一撃は避けられなかった。
「俺がここで死ぬことを多くの人が望んでいるんでしょう? だったらその通りになって何がいけない! 世界は平和になって俺は絶望から解放されて幸せだ! 誰も損をしない、それの何がいけないっていうんですか!」
『そうだな、この世界はお前たちに厳しい。顔も知らないクソ野郎どもが、書面も見ずにハンコを押した計画に乗っている。ああそうだ、世界はお前の死を望んでいるし、お前たちを助けようなんて人間は誰もいやしない』
融合天使が振るった袈裟切りがラウの乗機、ゼブルスの右膝の半ばまで突き刺さった。伝送系を切断され、右足がピクリとも動かなくなる。
『それでも俺は、お前が死ぬところなんて見たくはないがな!』
ラウは左足を振り上げ天使を蹴る。剣を戻せなかった天使はその一撃を甘んじて受けざるを得なかった。再び吹き飛び、距離を取る天使。十字路の真ん中でラウはガトリングガンを両方展開し、足を止めて撃ち始めた。
『例え世界の誰から望まれなくたって、生きていくことは出来るだろう……!?
俺だってそうだ、誰一人として俺のしたことを認めやしないだろう!
稀代の殺人の片棒を担ぎ、いまは子供を死地に追いやりのうのうと生きている!
それでも……それでも!』
電磁加速された弾丸が突進してくる天使の体を端から抉る。肉体の損壊を持ってしても、天使は止まらない。どちらに分があるかは明白。
『生きたいと、それでも俺は生きたいと願っているんだ』
天使の突進は止まらない。
間合いは既に彼のものだった。
『この世界に命を懸けてまで守るだけの価値があるかなど、俺には分からん。
それはお前が決めろ、バウル。生きて生きて、生き抜いて最後に分かるものだ。
だから生きることを、その価値を見極めずに死なないでくれよ』
天使の剣がコックピットを貫く。
それで通信は終わった。永遠に。
(俺が、トリガーを引けなかったから。また、人が、死んだ……)
バウンズでアロアを撃てなかった。
融合するダリルとミーアを撃てなかった。
天使と化してなお、撃てなかった。
決断の代償を背負うのは、いつも自分ではない。
フォルカが、ダリルが、ミーアが。そしてラウが。
みんな死んだ。
「クソッ……クソ! クソ! クソ! なんで、俺はッ……」
追い込まれて、追い詰められて、手遅れになってから出ないと、決断出来ない。バウルは再生を始めた融合天使に銃口を向けた。
「ダリル。ミーア。隊長……! 俺を、許してくれッ……!」
涙で霞んだ視界。それでもはっきりと感じ取れた、二つの天使核を。
銃弾が天使核を撃ち抜いた。核を失った天使は膝から倒れ、石灰質状の物体へと変わった。後に残ったのは、乗り手を失った鉄の棺桶二つ。
「なぜだ……どうして! どうしてこんなことになった!?」
返答するものなど誰もいない。
だが感情は押さえ切れなかった。
「極光天使! 聞こえているんだろう、だったら答えろ!
なぜこんな事をする、なぜ平穏に過ごさせてくれない!
どうしてお前は、俺たちを天使になどした!
お前の望みはいったいなんだ! 答えろォッ!」
バウルの慟哭。大地が振動し、ギリギリのところで均衡を保っていた廃墟が次々と崩落する。アスファルトが砕け、盛り上がる。
『答えよう。私はお前たちを待っていたのだ』
「なっ……」
返答があるなどと夢にも思っていなかったバウルは狼狽えた。盛り上がったアスファルトが砕け、そこから卵型の物体が徐々にせり上がって来る。体を中心にひし形の物体がいくつも浮遊しており、左右にはそれが集まって出来た腕のようなものがある。淡い光を発しながら飛行する不可思議な物体を、バウルは呆然と見ることしか出来なかった。
『私は私の子を待っていたのだ、人の子よ。我が名は――』
聞き取れなかった。
あるいは、理解することが出来なかったのか。
『お前たちの言葉で極光天使と呼ばれるものだ』




