09-自爆
「そんな、バカな……」
これまで何度も、自爆は見て来た。
AAに搭載出来る限りの爆薬を積み込み、敵陣へ突撃するのだ。
もちろん、そんな目論見が当たるはずもない。
大抵は途中で迎撃され、転倒し、何事も成せずに死ぬ。
バウルは冷めた目で見ていた。
だが今回に限っては、そんな冷徹な目で見ることは出来なかったが。
『呆けているな、お前たち! 艦長が作ってくれた、チャンスなんだぞッ!』
ラウの叱責でバウルは正気に戻る。ガスタービンエンジンの暴発により下半身を構成していた船は破壊され、四肢を失った三十メートル大の兎が地面に伏せているような状態になっている。火器を破壊され、反撃能力を失った天使は赤い目で敵を睨むのみだ。
更に、背中の肉も大きく抉れている。環境に搭載されていたという爆薬の力だ。バウルは感じる、筋肉の層に守られてはいるがあそこが天使核に一番近いと。呆けている時間はない、肉体の再生はもう始まっているのだから。
「天使背面、艦橋部分に攻撃を集中させます! 援護を頼むぞ!」
『分かってらあ、お前のところまで来る攻撃は……全部止めてやる!』
バウルは両手を天に向け、グレネードを発射した。山なりの軌道を取って飛来した砲弾は背中に着弾、爆発。対天使専用に炸薬量を増強したグレネードの爆発が背中の傷を広げる。天使は苦し気に身をよじり、触手をバウルの方に向けて伸ばした。
「っそ、オッサン……カッコつけて、死んでりゃ世話ねえだろうが!」
触手とバウルの間にダリルが割り込み、切り伏せる。本体から切り離された触手は地面に落ち、しばらくの間はもがいたがやがては動きを止め石灰質状の物体へと変わった。バウルは旋回を続け、天使の背後へと回り込もうとした。
その時、天使の体から破壊したはずの銃火器が現れた。
「こいつッ……! 破壊される寸前に火器を体内に避難させたか!」
バウルは砲撃を中断、両手のアサルトを天使のマシンガンへ向けた。旋回しながら発砲、火器を潰す。ミサイルポットも現れ、二人を狙うが、そちらはダリルが撃ち落とした。二人の行軍速度はほんの少しも遅延しない。
「倒すんだ……! そうじゃなきゃ、何のために艦長は死んだ!」
天使の腕が再生し、振り上げられる。ちょこまかと動き回るバウルたちを潰そうとしているのだ。だが関節部にロケット弾が撃ち込まれ、爆破される。再生した腕は即座に撃ち落とされた。ラウが放った攻撃によって。
『艦長、アンタには世話になったな。もうお叱りを受けることも出来んが……』
バウルは天使の背面に回り、ミサイルを放つ。バウンズによる誘導はもうないが、天生体の知覚力と動かない目標とが合わさり狙いを外すことはなかった。十六発のミサイルは一つとして目標を外すことなく背中のクレーターに着弾。大爆発を引き起こし、脛骨と天使核とを露出させた。四方一メートルの大きさがある天使核を。
「隊長! そいつを、壊して! 仇を!」
『言われるまでもッ、なぁぁぁぁぁぁぁい!』
ラウは残ったロケット弾をまとめて発射。全弾を打ち尽くしたキャノンを捨て天使の背中目掛けて降下した。四発のロケット弾は再生しつつあった肉体を再度破壊。ラウは両足で天使核に着地し、二挺のガトリングガンを展開した。
『こいつで、とどめだ!』
そして、ほぼゼロ距離で発砲。毎分数百発にも及ぶ電磁加速弾の直撃を受け、天使核にひびが入り、広がり、やがて砕けた。大気を震わす叫び声を上げながら、天使はもがいた。なおもラウは射撃を止めない。弾が切れると、ガトリングを仕舞い天使核を踏みつけた。何度も、何度も、何度も。核が砕ける瞬間まで。
バウンズを取り込んだ最大級の天使の動きが止まり、その体が急速に萎びて行く。多くの命を奪った怪物は風に流されて行き、数分後にはその輪郭さえも残さずに消滅した。
夜。
バウルたちは脱出した非戦闘員が建てた簡易シェルターの中にいた。エアロックなど汚染対策を完備したテントで、二週間程度の安全が保障されている。すでに救難信号は発信しており、救援はすぐこちらに到着するはずだ。
「まさか、あの子が天使に……だが、そんな、バカな……」
医師、アーカムはバウンズから脱出してから、ずっとあの調子だった。自分が処方した薬がまったく効果を現さなかったことにショックを受けているようだった。もっとも、その不安は対天使隊全員にあるのだが。
「機体の整備と武器弾薬の補給を終えればすぐにでも出発出来る。だが……」
「いつ天使化するか分からない状況で、俺たちを連れて行きますか?」
すでにタイムリミットはいつ訪れてもおかしくない状況に陥っていた。アーカムの抗天使化薬が役に立たない以上、これ以上の進軍は危険。
「……俺が一人で行く。お前たちは、これ以上……」
「天使を殺せるのは俺たち天生体だけですよ。忘れたんですか、隊長?」
「しかし、危険と隣り合わせなのは分かっているだろう!?」
ラウは強く拒絶したが、バウルの心は変わらなかった。
「どこに行こうとも危険と隣り合わせなのは同じです。俺だっていつ天使になるか分からない、どこで天使化するか分からない。それなら、被害は最小限にすべきです。すべてに決着をつける。これ以上被害者を出さないために」
「俺も行くよ、隊長。あいつを見て思ったんだ。人をあんな風にしちまう、天使がいるってんならそいつを倒さねえといけないって。分かるだろ?」
二人の決意は固く、ラウも反論出来なかった。
「……すまん、お前たち。俺たちがもっとしっかりしていれば……」
「悪いのは隊長、あなたたちじゃない。この状況を作った天使なんです」
頭を下げるラウに、バウルは首を横に振って応えた。
「全員で生き残りましょう、隊長。あいつの思い通りにはならないと、俺たちは絶対に諦めないと、そう教えてやりましょう。俺たちの手で」
「……ミーア。お前はどうするんだよ? 残りたいなら、ここで……」
「ううん、私も行く。行かなきゃいけないんだ、私は……」
ミーアは虚ろな目をして言った。結局、彼女はアロアに銃を向けることが出来なかった。彼女だけは残らせた方がいいかもしれない、と思ったが……
「私は大丈夫だから……いまは一人でも戦力が必要なんでしょう?」
「……もしダメなら言ってくれ。いつでも、俺たちは」
それしか言えなかった。彼女の虚ろな目に、何もかもを捨ててしまった目に、バウルはそれ以上言葉を掛けることが出来なかった。
翌朝、対天使隊は出撃した。
もはや何の支援も望めない、悲壮なる行進だった。




