08-蛇身天使
格納庫に入った途端、凄まじい衝撃がバウルたちを襲った。整備員たちは何人かが点灯するが、天生体の身体能力を持ってすればこの程度は容易い。何が起こった、そう考えているとアランから通信が入った。
『現在、バウンズとロナウドは何らかの攻撃を受けている』
「何らかの攻撃って、それが何なのか分からないのか?」
『分からん。だが東方七キロ地点にいる天使はそこから動く様子がない。奴が何らかの攻撃を行っていると見るのが妥当だろうな』
「艦砲なりなんなりで、遠距離にいる奴を攻撃出来ないんですか?」
『初撃でドローンラックをやられた。データリンクなしで艦砲、ミサイル発射するなど、目隠しをしてキャッチボールをするようなものだな……』
そうこうしている間にオペレーターがブリッジに戻って来た。
『だが手はある。一機が先行し天使を目視、そこと船とのリンクを繋ぐ』
「なるほど。正体不明の攻撃を掻い潜って目的地に着ければ可能ですね」
機体に乗り込み、リフトオフ。灼熱の戦場へと降り立つ。斜め後ろを見ると、先ほどは南西五キロと伝えられていた天使がすでに目視出来る距離まで近付いていた。全長五メートルほどの四足獣で、不安定な砂地を蹴り高速で移動している。天使との戦闘に慣れていないロナウドの護衛部隊は、苦戦を強いられているようだ。
「俺が行きます。隊長、ダリル、ミーア。後方の天使をお願いします」
『あン? 何言ってんだよお前、んな美味しい仕事くれてやれるか!』
『黙ってろ、ダリル。確かに正体不明、かつ船の装甲を一撃で貫くような奴を相手にしては、AMでは辛いかもしれんな。出来るか、バウル?』
「一撃は保つでしょう。なあに、なんとかしてみせますよ」
何とかする手はまるで浮かばなかったが、取り敢えず吹かしてみた。
『いいだろう。ミーア、バウルを援護しろ。奴の攻撃を見極めるんだ』
『了解。アンタの背中はこっちに任せなさい……真っ直ぐ進んで行くのよ』
「了解。ご期待に沿えるよう、せいぜい頑張るとしようか……!」
ランニングギアを作動させる。特徴的なモーター音が響き渡り、バウルはジグザグに走行しながら東方の天使目掛けて突撃する。その天使は、四足獣の天使と比べると非常に大きかった。全長は十メートルを超え二十に届くだろう。かつてグラディウスには拠点制圧用の大型バトルウェアが投下されたと聞いたことがあったが、それを取り込んだのか。
地面にどっしりと構えている、というよりまるで根を張っているようだ。足は見えない。広げた両手の先端は銃口のようになっているが、あれで攻撃を行ったのではないだろう。何らかの不可視手段を使いバウンズに傷をつけたのだ、これ以上あの天使を地上に存在させてはならない。天使がバウルのことをじっと見て、両手を彼の方に向けた。
重低音とともに天使の腕が輝いた。圧力か電磁力か、それに類する力で生体弾丸が発射されたのだ。ギアの方向を巧みに変え左右に機体を振り、またある時は加減速を調整し空振らせる。いくつもの土柱が上がった。
(このまま距離を詰めて行けば殺せる――!)
直観的に危機を察知し、屈伸と上体の動きで機体を四十五度傾ける。脇腹あたりが鈍い音を立てたが、そのおかげで巨大天使の攻撃を避けられた。
攻撃の正体は、砂から顔を出して来たコブラめいた物体が放ったものだった。強烈な砲撃、受ければ戦艦の装甲だろうがただでは済まないだろう。しかも、蛇の端末は攻撃をおえるなり首を引っ込めた。あれでは分からないはずだ。
「こちらバウル、敵の攻撃は砂中からだ。独立した端末がいるようだ」
『やれやれ、天使は無茶苦茶だな。対応出来るか、バウル?』
「種が割れていれば、こちらにもやりようというものがある……!」
二挺のアサルトライフルを構え、バウルは地中からの攻撃に意識を集中させた。攻撃のタイミングは分かっている、天使が砲撃を放った直後だ。
(とはいえこいつを避けながら下のを迎え撃つのは辛い!)
左足でブレーキをかけ停止。僅か数メートル前方に砲弾が着弾。右足のギアだけを動かしその場で回転しながらアサルトの弾丸をばら撒く。砲撃に合わせて顔を出して来た、敵の数は七。コブラめいた形の頭部から砲弾が放たれようとするが、その前にすべての頭に二十五ミリ弾が突き刺さる。否、一つだけ漏らした。
(マズいな、船をも沈める攻撃を受けてしまったら……)
だがバウルは恐れない。
誰よりも頼りになる味方がいると知っている。
『撃ち漏らしッ、何やってるの!』
叱責とともに放たれたビームが最後の端末を破壊する。
「お前の分の仕事を遺しておいてやっただけのことだ!」
不敵に笑い速射砲を展開。天使の側面に回りながら銃弾で動きを牽制する。天使はバウルを追うが、しかし至近距離においてはその巨体が仇となり上手く旋回が出来ない。装甲している間に、バルカーとバウンズの間にデータリンクが形成された。
『これより艦砲による支援を行う! 射線上の味方機は退避せよ!』
お決まりの文句をアランが叫び、バウンズの砲門が天使の方を向いた。そして、轟音。天使のそれとは比べ物にならないほど巨大で、大量の火砲が一斉に放たれたのだ。地面と接地した天使はそれを避けることも出来ず、なすがままになる。人間でいうなら肩から上の部位に砲弾が集中し、破壊した。しかし天使は死なない。
「どこへ逃げようと、貴様に生きる道はない!」
バウルは左右のミサイルランチャーを展開。タイミングをずらし、発射する。右のミサイルポットは上から下に向け天使の核を追い立て、左のミサイルポットが腹部に着弾。核の逃げ道を塞ぐ。停止時間は一瞬、それだけで十分だった。
「ナイス・アシスト……と言ってあげるわ。とりあえずはね」
大気を焼きビームが一直線に伸びる。右脇腹のあたりにあった天使核を貫き、破壊した。天使の体が急速に崩壊し、石灰質の物体に変わる。
『手柄を遺してくれてありがとう、バウル。一応礼は言っておくわ』
「キミに礼を言われるとは珍しいな。心に留めておくよ」
『気味の悪いこと言わないでちょうだい。向こうにいる天使は……』
バウルは後方の戦場に視線を向けた。対天使隊とロナウド防衛隊との間にしっかりとした連携が構築されているのが分かる。バトルウェアの十字砲火によって前足を破壊され、砂丘に頭から突っ込む天使。その背にあった天使核を、ダリルの双剣が容赦なく貫いた。あちらの天使も形を失くし崩壊するが、しかし。
「隠していたのが台無しだな……面倒なことになるやも知れん」
フェネクスに天使の存在が漏れた。
これが果たして、どうなるか……




