08-迷い
翌日。
訓練開始前にブリーフィングが開かれた。
「さて、我々対天使隊の作戦行動も、大詰めを迎えようとしている」
ブリーフィングルームにはバウルたち戦闘班のみならず、整備版の面々やアーカム医師、更に普段はここに来ないアラン艦長までもが同席していた。
「我々の目的地、グラディウス首長国連邦旧首都マティウスまで残すところ約三百キロ。ただし、途中に大裂溝があるため迂回を余儀なくされているがな」
大裂溝とは全体戦時着弾した巨大質量兵器『ヨルムンガンド』によって生じた大穴だ。バウルもその目で見たことはなかったが、湧き出して来た地下水や流入して来た海水のせいで縦長の湖が出来上がっていると聞いてはいた。
「その点も考慮して、最短でもマティウスまで四日はかかるだろう……それまでの間、盗賊を始めとした外敵の襲撃がないとは限らん。また、敵本拠地に近いことから天使の襲撃も予想される。一同、これまで以上に気を引き締めてくれ」
了解、と船員たちの威勢のいい声が響く。
バウルたちも慌てて続いた。
「さて、最後にダクスター艦長から訓示がある。総員、傾注」
そう言って、ラウはアランにマイクを譲る。
彼は大儀そうに壇上に上がった。
「……ここにいるものは、大なり小なり天使に大切なものを奪われてきた」
アランは低い声で言いながら、室内を見渡した。
「一号天使を基地に移送した際、私はアルタイル社で出来た初めての部下を永遠に失った。シズル・アンバス整備員は兄を、フォルカは弟を。その後も天使は各地に登場し、様々な被害をもたらした。対宇宙軍パルチザンを母体とする民間防衛組織。ヨーロッパの地方都市……半年の間に、彼らは多くのものを滅ぼした」
その場にいた全員が頷いた。
誰もが天使に奪われ、恨みを持って戦っている。
(俺のような人間は少数派か……いや、それも当たり前のことだが)
味方をすべて吹き飛ばされて喜ぶ人間など、そうはいないだろう。もし自分以外が生き残ったのだとしたら、彼らと同じように考えていたに違いない。同じ出来事を経験したとしても、そこから何を感じるかは当人次第だ。
(クオイは言っていた。マティウスには『極光天使』がいると)
すべての天使たちの始まり。
クオイはあれを倒せと言った。
しかし。
(近付けてはいけないとはいったいどういうことだ?)
誰も幸せにならない、彼女はそう言った。あの少女がつまらないウソをつくような人間には思えなかった。目が曇っていると言われればそれまでだが。ブリーフィングという名の決起会が終わった後、バウルはラウを呼び止めた。エスピルで一号天使クオイと交戦した時の話は既にしていたが、彼女との会話の部分はダリルたちのために伏せていたのだ。
「天生体をマティウスに近づけるな、彼女は確かにそう言っていたんだな?」
「はい。どういう意味なのか、ずっと考えていたんですが……」
ラウはため息を吐く。
「彼女は天使側の人間だ。会話が通じたのは意外だったがな。だがそれだけに、本拠地へと向かう俺たちを撹乱しているようにも思えるぞ」
クオイが嘘をついているとは思えなかったが、何分心証でしかないため反論に詰まる。だが漠然とした、もやもやとした感情は消せない。
「アーカム先生が天使化抑制のために薬を処方してくれている。まだデータは取り切れていないが、細胞は安定しているそうだ。特に問題はないだろう」
「そうですね。そうだと、いいんですが……」
「お前はこれまで敵と言葉を交わしたことがないのかもしれないな。カルト・テロリストの先兵として戦っていた以上仕方がない。アドバイスだ、バウル」
人差し指一本を立て、バウルの目の前で立てる。
「敵はお前の判断を鈍らせ、私情を優先させようとして来る。冷静な判断力を失わせ、組織を内部から崩壊させようとして来るだろう。そんな敵に対する対応は一つ、聞かないことだ。口から出まかせの戯言など聞き流せ、いいな?」
納得は出来なかったが、取り敢えずバウルは首を縦に振った。
「だが、不安に思うのは分かる。艦長にもこの件は伝えておくし、アーカム先生にもお前たちの変化から目を離さないように言っておく。よくやったな」
ラウはゴツゴツした手でバウルの頭を撫でた。筋肉質だが優しい手がワシャワシャと髪型を崩してくる。されるがままになってしまう。
「さて、それじゃあ俺はやることがあるんでな」
「はい。時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「いいよ、部下からの具申を受けるのが俺みたいな人間の仕事だからな」
ふっと優しい笑みを浮かべ、ラウは手を離した。
「俺たちのやるべきことは一つだけだ。この事件を無事に解決すること。それ以外のことは、いまは考えるな。判断が鈍れば、死ぬのはお前だ」
「了解です、隊長……ありがとうございます」
「分かればいい。それじゃあ、訓練頑張れ」
ラウは踵を返し、艦上層へと続く階段を昇って行った。今回のことを本当にアランに伝えるつもりなのだろう。元寇が一致しているのはありがたかった。
(いままで俺の言葉を、ここまで真摯に聞いてくれた大人がいるだろうか?)
いまの自分は間違いなく幸せだ。そしてその幸せを保つために、天使を倒さなければならない。バウルは気を引き締めろと、自らの頬を打つ。
(そうだ、考えるのは零号天使を倒してからだ……!)
己の内に渦巻く迷いを抑え込み、バウルは格納庫へ歩き出した。




