07-生きる糧
夜が来た。バウルたちが搭乗する輸送船は太陽光発電とガスタービンエンジンによって駆動しており、夜間は動かないのが普通だ。
それでも船員たちが動きを止めるわけではない。いわばアリ塚の中を這いまわる働きアリたち、やるべきことは山ほどある。バウルにとってもそれは同様だ。自由時間ではあるものの、彼は訓練を続けることを選んだ。
船の中層に備えられた射撃訓練場。実弾は使用しないが、ガス圧によって実銃と同程度の反動を体感することが出来る。生身の身体能力はAAを操縦するうえで特に関係はないが、それでも感覚を培っておくことで糧にはなる。
(あいつになす術なく倒された……未熟過ぎた)
稚拙な追跡。思わぬ反撃。囚われ、手も足も出せなくなった。あの時イリーナが助けに入らなければ、あの場でバウルは死んでいただろう。もし次にムスタファと出会うことがあったとして、もう一度助けが来るとはとても思えない。
(あの男はこの地でいったい何をしようとしている? 戦争は終わったのに)
トリガーを引きながらも、考える。
雑念が照準を不正確なものに変える。
(忘れろ、あいつのことは。もう俺には関係のないことなんだ……)
既定の時間が過ぎ、スコアが表示される。
結果は散々なものだった。
(ムスタファ・クガニエル。仮にもう一度会うことが出来たとして、そこから先はもう俺のやるべきことじゃない。俺のすべきことはたった一つ……)
そう考えても、燻る憎悪の炎を消せそうもなかった。
「頑張ってるみたいだね、バウルくん。でも、もういい時間じゃないかな」
「えっ……イリーナ? どうしてこっちに……」
思いがけない声を掛けられ、バウルは驚いた。仮に実銃を持っていたなら、反射的に発砲してしまったかもしれない。隣の船にいるはずのイリーナがいた。
「補給計画について、もう一度話し合っていたところ。何度かイレギュラーがあるのは想定していたけど、今回は思っていたよりも消費が激しかったからね」
「……考えもなくバカスカ撃ちまくった、俺のせいだってことか?」
「バカスカ撃つのはみんなも同じ。人が死ぬよりはよっぽどいいよ」
あれしか方法がなかったとはいえ、あまりにも弾を使い過ぎたかと反省した。イリーナはそんなことを気にしなくてもいいと言ったが、もっと経済的な方法があったはずだ。少なくとも、このチームがもう少しまとまっていたなら。
「一度紅海の方まで抜けることにした。進路変更だね。真っ直ぐは行けない」
それは、対天使隊にとっては苦渋の選択だっただろう。なにせ、天生体である自分たちが天使になるまでの時間はそれほど長くはないのだから。
「そうか、少しだけでも休む時間が出来るのはいいかもしれないな」
バウルはそんな態度をおくびにも出さなかった。イリーナは持ってきたスポーツドリンクのボトルを彼に差し出す。ありがたく受け取り、飲む。
「ねえ、バウルくん。キミはどうしてあんなところにいたんだろう、あの時」
「それは……エスピルでのことを言っているのか?」
「うん、両手足拘束されて外に飛び出すなんて普通じゃない」
言うべきか、言わないべきか、迷った。ムスタファとの因縁はあくまで彼自身のもので、イリーナに言う必要などない。それでも。
「あの部屋には、俺の仇がいたんだよ」
「仇?」
「ムスタファ・クガニエル。最近じゃグラディウス内乱って言われているらしいな、ようするに国家規模のテロを画策した犯罪者ってことだ」
ポツポツと、バウルは語り出した。自分のことを。ムスタファによって拉致され、殺人兵器として仕立て上げられた経緯を。イリーナはそれを黙って聞く。
「ずっと死んだと思っていた。因縁なんて終わったんだと思っていた。でも、それは間違いで、あの男はずっとこの国にいた。そして俺の前に現れたんだ」
「それで、ムスタファを追いかけてあの部屋まで行ったんだ?」
「返り討ちに遭ってしまったがな。本当に助かったんだ、イリーナ」
バウルは改めて頭を下げた。イリーナは『そんなのはいいよ』と首を横に振るが、バウルにとっては感謝してもしきれないほどの大恩だった。
「ねえ、バウルくん。キミは天使っていうのに会いたいんだよね?」
「そういえば、そんなことをノーデンから発つときに言ってしまったな……」
「他の人には黙ってるから安心して。キミはそのために旅を続けている」
そこで一旦言葉を切り、イリーナはバウルの目を真っ直ぐ見た。
「それだけなのかな? 天使と会ったら、キミはそれでおしまいなのかな」
「それは……」
「そうじゃないよね。例え天使と会うことが出来たとしても、キミの人生はそれから先も続いて行く。だったら、目標を一つに絞ることはないんじゃないかな」
「もっといろいろなことを考えろと……そう言いたいのか、イリーナは」
「そこまで偉そうなことは言えないよ。ただ、たった一つだけしか生きる意味がないのは寂しいと思うんだ。何かを極めるのはカッコいいけど、そうじゃないでしょう? だったら生きる目標はいくつだってあっていいと思うんだ」
そう言ってイリーナは朗らかに笑った。
「どうして、そんなことを?」
「うーん、大した理由はないんだ。でも、天使と会うために生きているってことは会った後はまるで生きている意味がないみたいだから。キミがこの世界から跡形もなく消えてしまいそうな、そんな気がしちゃってね……」
そんなことは、考えたこともなかった。だが考えていないということは、そこから消え去るのと同義なのかもしれない。そこで何も成さないなら。
「私の仲間はみんな死んじゃったから……だからこれは、私の我がままだね。誰にも消えて欲しくないって言う、私のわがまま。それだけだよ、また明日!」
イリーナは恥ずかし気に目を伏せ、踵を返して訓練室から走り去っていった。バウルはその背中をただ見送る。銃をラックに戻し、自分の手を見て考える。
「……これから先、何をしたいんだろうな。俺は」
自分自身に問いかけてみても、一向に答えは返って来なかった。




