03-赤き光の中で
怪物は苦し気に鳴き、残った右手に光を収束させた。バウルはランニングギアを作動させ建物の影に隠れ、空中のバトルウェアはスラスターを切り自由落下に身を任せた。ビームが市街を破壊し、空に赤い線を書き消えた。
(『A型変異疾患対策委員会』……何者だ、あいつらは)
バウルは建物の影から身を乗り出し、再生しかかった左腕を銃撃した。頭部はほんの数秒で再生したが、腕のように巨大な部位を再生するには相応の時間がかかるようだ。生えかかっていた筋繊維が寸断され、血の飛沫を辺りに撒き散らす。
「そこの民間機に乗っているのは誰だ! 下がれ、ここは危険だ!」
ビームの雨を避けながら進んでいると、通信が入った。声の主はローゼン中尉。なぜ個別通信を打つことが出来たのか、とバウルは一瞬考えたが、街に入る時すべて登録されていたのだと思い出した。通信を切るべきだった。
「申し訳ないがローゼン中尉、俺に後退する気はない」
「バウルくんか!? AAでは無理だ、ここは俺たちに……」
バウルはローゼンの忠告を無視した。速射砲を展開しつつ急停止、ほんの数十センチ先の道路をビームが焼いた。光の影に隠れながら、バウルはトリガーを引く。35mm弾が怪物の脇腹を抉るが、貫きはしない。あの靄が掛かった部分を攻撃するには正面に回るしかない。バウルは再びギアを作動させた。
その時、怪物が動いた。背負った羽根のようなものが広がり、青い炎を噴き出したのだ。バトルウェアに使われている噴射剤と同じようなものだ、とバウルが判断した時には怪物が飛んでいた。怪物の飛翔軌道は直角に折れ曲がり、真っ直ぐバウルに向かって飛んでくる。圧倒的質量差、回避は不可能。防御は無意味。
(殺られる!?)
主観時間が泥沼に落ちたかの如く鈍化する。両足でバウルを押し潰そうとする怪物。だがそれは、彼の真正面に立つことに他ならない。
「こんな、ところで! 死んでたまるか!」
バウルは銃口を霞に向け、放った。20mm弾は霞に数発着弾、怪物は苦し気に身をよじる。そのせいで体勢を崩し、バウルを押し潰すはずだった足はほんの数センチズレた。死こそ避けたものの、代わりに落下の衝撃で砕かれたアスファルトがバウルの足を絡め取った。瞬間、宙を浮き、バウルは背中から地面に落下した。
「やら、せるかー!」
怪物が笑みを浮かべるかのように、口元を三日月形に歪ませる。それに横合いから飛びつく、10m大の影があった。連邦軍のバトルウェア、ローゼン中尉の搭乗機だ。怪物は弾き飛ばされ、近くにあったビルを押し潰しながら中尉と絡み合った。
(……! しめた、この位置ならあれを……)
バウルは転んだまま35mm砲の砲身を霞に向けた。その瞬間、ローゼン中尉が悲鳴を上げた。見ると、再生しかかっていた左腕が触手めいて蠢き中尉の機体を絡め取っていた。しかも、その触手の先端はコックピットに向いている。
「なんだ、これは! クソ、来るな! うっ……」
怪物は右手でビームのチャージを始めた。このまま撃てば、仕留めることは出来る。だがあの触手が止まるかどうかは分からない。だが触手を止めていたのではビームは止められない。この距離だ、生きていても中尉もろともバウルは死ぬ。
「ッ……中尉!」
与えられた時間は一瞬。その一瞬でバウルは中尉を助けることを選択した。速射砲の照準を触手に合わせ、トリガーを引く。放たれた35mm弾は絡まった触手を破壊し、残った触手はバトルウェアの質量を支えきれずに折れた。
バウルは必死で照準を戻そうとした。だが機械は残酷だ。決して計算された以上のスピードでは動かない。バウルが照準を合わせる一秒前に怪物はビームのチャージを終え、二人を貫く。万事休す、バウルは目を閉じた。
肉を貫く鈍い音が響いた。
光が失せ、怪物が血の混じった咳を吐いた。
いつの間にか、怪物の胸には肉厚の剣が突き刺さっていた。
「これで、終わりだぜ! 化け物!」
いつの間にか、そこにはAAマルテがいた。
白を基調とした配色に、肩には誇らしげな牽牛星の印章。
中から聞こえて来たのは幼い子供の声だった。声変わりもしていないだろう子供は、残酷に刃を捻り胸の傷を抉り広げる。化け物は断末魔の悲鳴を上げながらもがくが、やがてすべての力を失い倒れ伏せた。どす黒い血がコンクリート一面に広がって行く。
異変が起こったのはそこから先だ。広がって行った血が白く変色し、パキパキと音を立てながら固まって行ったのだ。それは段々と体の方まで近付いて行き、やがて化け物の肉体も石灰化して固まった。石膏像めいた体にいくつも蜘蛛の巣状のヒビが走り、砕けた。ほんの数分前まで生きていた怪物は粉末状に分解され、風に消えようとしていた。
「こいつは、何なんだ。いったい、どうして……」
「申し訳ありませんが、中尉殿。それに答える義務はありません」
呆然とするローゼン中尉、そしてバウルに対してバトルウェアに乗った男は言う。武器を下ろしてはいるが、すぐにでも撃てる体勢だとバウルは気付いた。
「おっさん、ピリピリする。もしかして……」
「おっさんじゃない。それで、どっちがそうなんだ?」
太刀を持っていた子供は、無作法に指をバウルの方に向けた。
「あいつからもするよ、天使の感じが」




