03-怪物の正体
デジャヴを感じながら、バウルは通路を歩いた。配管剥き出し、床面はフェンスという機能性を重視して作られた、飾り気のない船内。ここは戦闘中に乱入して来た機動兵器乗りたちが使っている輸送船だということだ。
(『A型変異疾患対策委員会』……いったい何者なんだ?)
考えるが、答えは出ない。どのみち前を一人に、後ろを二人に囲まれている状況では下手なことは出来ないだろう。後ろの二人は子供だが、奇妙な感覚があった。彼らに手を出すのは、あまり良くはないだろうと直感していた。
「無理について来てもらってすまないな。それも、説明もなしに」
「だったら、ここで説明してくれるのか? なぜ連れて来たのか」
「出来るが、すべて一斉にやった方が手間がなくていいだろう?」
前を歩いていたバッファロー柄コートの男は、バウルをチラリと見ながら言った。体つきはがっしりしており、金網フェンスを歩いているというのに足音はほとんどしなかった。全身からは程よい緊張感が漂っている。例え背中から襲い掛かったとしても簡単に避けられてしまうだろう、そう彼は思った。
一行は『医務室』と書かれた部屋の前で立ち止まった。コートの男は二度扉をノックする、中からは柔らかい『入ってください』の声。
「失礼します。ラウ・ドーレン以下三名、到着しました」
ラウと名乗った男は崩れた敬礼を部屋の主に行う。
「お疲れ様です。それからそれ、止めてくださいよ。僕は軍人ではありませんし、地位で言うならラウさんの方が僕よりも上なんですから」
「こういう時は事務方のが上だと相場が決まっているものでして」
部屋の主は苦笑し、もう何も言わなかった。鍛え上げられたラウと比べれば、彼の体つきは貧相なものだった。ただ手足はスラリと長く伸び、長い髪の間から覗く愁いを帯びた目に惹かれる人もいるだろう。端的に言えば美男子だ、皺もシミもない白衣と合わさって、知的な雰囲気を纏っている。
「初めまして。私はアーカム・ベルゼウス、医師をしている」
「医者先生が何の用だ?」
「少しキミの体を調べさせてほしいんだ。もちろん強制はしない」
何が強制はしないだ、とバウルは内心で笑った。前後を押さえておきながら。どうやら拒否権はないようだと、すぐに悟った。
採血に始まりレントゲンその他諸々、健康診断で試すような項目はすべて行った。採取されたデータを見て、アーカムは興味深げに頷く。
「で、医者先生。どういうことなんだ、これは?」
「長時間拘束してしまってすまないね。ただ必要なことだから」
子供二人はいつの間にかいなくなっており、残っているのは医者とラウだけだ。逃げようと思えば逃げられるだろうが、そうする意味もなかった。
「まあ、かけてくれ。何をしたのかを説明するよ」
促されるまま、バウルは医務室に設けられた応接椅子に腰かけた。その隣にラウが座り、対面にアーカムが腰掛ける。その手には電子カルテがあった。
「キミは自分の体の特異性について、どれだけ理解している?」
「俺の身体能力や感覚が、研ぎ澄まされているってことについてか?」
「自覚はあったみたいだね。結構、話を続けやすい」
アーカムはカルテをバウルに見せた。見方は分からなかったが。
「キミの肉体は同年代の平均どころか、トップアスリートと比べても強靭だ。骨密度も筋肉量も柔軟性も。また視力、聴力は人類の域ではない。皮膚感覚も鋭敏なようだね、いわゆる『虫の知らせ』をはっきり感じられるんじゃないか?」
まくしたてるアーカム。噛み砕きながら一つずつ確認してみるが、アーカムが語っているところに相違はない。走行中のAAから飛び出しても無傷で済んだ。反動の重い銃を苦も無く扱った。ホテルでの件も、ビームの発動を一瞬早く感知出来たからこそ壁を蹴って避けることが出来たのだ。
「一説によれば虫の知らせとは、対象物が発する電磁波を感じ取ることによって生じるそうだ。キミの皮膚は常人よりもはっきりと電磁波を観測することが出来る。ようするに、キミは人類を越えた肉体を持っているんだ」
「なぜ……」
様々な意味を込めた『なぜ』だった。なぜ自分がこんな体になったのか。なぜお前たちはそれほど驚いていないのか。もしかしたら、この体の秘密を知っているのか。だとしたら、それはなぜなのか。
「キミと同じ力を持った人間がここにもいる。ダリルとミーア、キミの後ろに着いて来た子供たちがそうだ」
「なんだって?」
「我々はその力を天生体と呼んでいる」
ここでも天使。奇妙な符合だった。
「彼らに共通しているのは『天使を見た』と証言していることだ。白い羽を背負った女性、キミもそれを見たんじゃないのかな?」
「……そうだ。俺も、あれを探すために」
「そして我々はその『一号天使』と、彼女が生み出した天使を探している」
生み出した。どういうことかと問う前に、アーカムはカルテをスライドさせた。そこに移っていたのは、コンビナートで暴れる石灰色の怪物だった。
「あの化け物が出たのは、この街だけじゃないのか?」
「情報統制が敷かれているから外部には流出しないだけさ。あんな怪物が出たと知れたらパニックになるのは目に見えているからね」
「この化け物は街を荒らし回った末に俺たちに倒された。暴れ出すほんの一時間前まで、コンビナートで普通に働いていたと同僚が証言している」
同僚。つまり、この怪物は。
「元は、人間だったということなのか……!?」
「ただの人間ではない。彼は同僚に天使を見たと言っていたそうだよ。つまり彼は、一時間前までは天生体だったのさ。それが天使に変わったんだ」
目の前にいるのも、さっきまで戦っていたのも、元は人間。
「俺も、そうなるのか? 天使を見て、天生体とやらになった人間は……」
「そうさせないために、『A型変異疾患対策委員会』は存在している」
バウルの不安を打ち消そうとするかのように、アーカムは叫んだ。
「我々はこの変異現象を解決可能な疾患であると考えている。天使との接触によって生じた異常を解消し、キミたちを破滅の縁から救い出せると信じている」
「つまり、いまはまだ解決出来ないということか?」
「そうするために努力しているってことさ。何でもかんでも、願えば叶うわけじゃないからな。研究を重ね、実証し、科学は完成していくものさ」
ラウが静かに補強する。
「それと並行して我々にはある任務が課せられている。もし天使化した場合、それを排除するという任務だ。天使は周辺にある無機物を吸収し、己の力に変えるという性質を持っている。放っておけば都市一つ、国一つが滅ぼされかねないんだ」
「あの子たちも天生体だと言っていたな。お前たちは子供をモルモットにしたうえ、兵士として使っているという理解でいいのか?」
バウルはラウを睨んだ。ラウはそれを真正面から受け止め、頷いた。
「天使に対抗する力を持っているのは、現状では彼らだけなんだよ」
「あんな子供たちがか。冗談にしては笑えないな……」
「本当のことだ。天使を感知するセンサーはないからな、どこにいるかすらも分からないんだ。それが突然天使化して、狂暴化する。爆弾よりも性質が悪い」
「だが、天生体と天生体は相互に存在を感じ取ることが出来るんだよ。天使化した相手であるならば、更にその精度は上がる。バウルくん、キミも感じたんじゃないか? 天使に対して言いようのない感覚を」
それには覚えがあった。あの子供たちに対しても感じたことだ。
「悪人であることは理解しているさ。だが選択肢はこれ以外にないんだ。出来ることならキミにも手伝ってもらいたい、人類を救うためにな」
ラウは手を差し出して来た。どうやら、これが本題だったようだ。
人類はともかく、天使を追う彼らと一緒に行動することは自分にとってもメリットがある。バウルは警戒心を解かないまま、ラウの手を取った。




