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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
2 季節外れの満開
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-16

 水保がすぅと後方に跳んだ。いや、流れたと表現した方が的確か。

 一人水没した礼御は二人の戦闘を眺める。


「あなたでは私に届きませんよ。いい加減、諦めてください」


 普段のおっとりとした言い方だった。


「……あんた、一体何モノだ」


 荒い息使いで魔術師が尋ねた。しかしそれは諦めから出た言葉でないことは彼の立ち姿を見れば瞭然だ。未だナイフを構え、どうにか彼女に一撃くれるつもりなのだろう。


「さてね。そこで水遊びをしている彼にでも聞いてみたらどうです? 礼御さんは優しいから教えてくれますよ、きっと」


 水に引き込んだのは水保さんじゃないか。

 礼御は窮地を救ってくれた彼女の行動に、しかし複雑な気分だった。


「……はんっ。別にいいさ。本気で知りたいわけじゃない」

「そうでしょうね。どうせこの会話も一時の休憩なのでしょう? ……それだけ無理に身体を動かしていたのでは、到底長時間はもたないでしょうし」

「……」


 少年は答えない。ただ苦しそうな呼吸を続けている。


「所詮はドーピング。もう少し鍛錬すれば、一端の魔術師ならその程度の動いには耐えられますよ」

「…………」

「でも君は違う。運動不足、って言い方が正しいかはわかりませんが、まさにそれ。普段使わない、慣れていない力を使いすぎです」


 礼御にその判断はできないが、水保から見れば少年のあの動きはそのように映っているのだ。経験が違うし、知識の量も違う。礼御とは根本的に、存在の本物さの格が違う。


 と、少年は苦しそうな表情のまま、小さな笑を浮かべた。礼御にはそれが降参の合図に見えたのだが、どうにも水保は訝しむ。


「……どうかしましたか?」

「…………」


 少年は答えない。いや、違う。ここで初めて優位的な表情を浮かべた。礼御の脳裏にこれまで出会った数少ない一流の魔術師の姿がよぎる。

 魔術師の奥深さ。もっと簡単な言葉で表現するなら、とっておき。少なからず少年は魔術師を自称したのだ。これだけではない。礼御は直感する。


「水保さん!」


 礼御でも感じ取ったことだ。水保だってそれはわかっているだろう。それでも注意を促すよう、彼は水保の名を叫んだ。水保は小さく片手を挙げ、礼御に合図を送る。わかってる。私だって魔術師というモノをわかってる。そう礼御は受け取った。


「……そうさ」


 少年魔術師は表情素のままに、ボトボトと地面に落ちてしまうような声で言う。


「俺は今、限界に近い速さで動いている。無理矢理にな。正直辛い。明日はきっと筋肉痛さ」

「……」


 今度は水保が黙って少年の言葉を聞いている。


「人間の――俺という人間の運動能力の限界。それがあの速度さ」

「……」

「でもよ、あんた、わかってるだろ? 魔術師が己の運動能力を上昇させるのは常套手段だ。そうじゃなきゃ、戦闘にならない場合も多いからな」


 ひと呼吸置く魔術師。大きく息を吸い、ナイフをだらりと構えた。


「ある程度戦闘を可能にするための魔術。それを俺の本気と――」


 自然と水保の立ち姿に構えのようなものを見た礼御。そして今まで目標を捉えんと振り回されていた刃は、持ち主の身体を刺す。


「思っちゃいけないだろ!」


 戦闘が再開された。

 次に二人が停止するまで、ほぼ一瞬だった。礼御は傍から見ていて、どうにかその一瞬を理解した。


 魔術師がこれまでにない速度で水保に向かう。弾丸のようだ、なんて生ぬるい表現では足りない。閃光のように、それが正しい。

 しかし結局は直線の動きだ。水保は苦し紛れではあるが、それを躱した。これまで以上に寸前だった。


 再度、交錯する二人。


 また先ほどのように攻撃と回避が繰り返されるのかといえばそれはなく、次の一手で状況は変わったのだ。

 魔術師は振り向きざま、ナイフを振るった。しかしそれすら見越したように水保は身体を後方に逃がす。が、その瞬間、ナイフの刃が伸びたのである。さすがの水保もそれは避けきれず、少年の刃は水保の胸部を切り裂いた。

 そのナイフの刃は一撃必殺。受ければその時点で負けが決まる。自由を奪われ、洗脳される。


 しかしどういうわけか水保は動きを鈍らせただけであった。重そうにまた後方に滑る。それを追撃する魔術師。手に持ったナイフの刃は縮んでいた。

 そして一つの決着へと辿り着く。魔術師は水保の懐に入り、刃を彼女の身体に深々と突き刺したのだ。


「どうだ!」


 一層の荒々しさで魔術師が勝利を喚く。水保は完全に動きを止め、表情すら固まっていまっていた。


「これだけだ。これだけで俺は勝てる! これが俺の戦い方だ!」


 亜草根 世葉はそう言い放つと彼女に突き立てていたナイフを抜いた。肩で呼吸をしている。ひどく苦しそうだ。

 そしてゆったりと礼御の方へ振り向いた。未だ流水を身体で受けていた礼御は、しかし立ち上がることができなかった。


「……お前、何をしたんだ」


 小さく問う。何をしたかなんてわかっているが、礼御の口からはその程度の言葉しか発せられなかった。


「…………はっ。兄さん、あんた今、すげぇ情けない顔してんぜ」


 疲労と汗にまみれた顔が、それでも楽しげにそう言った。


「それにあんた、その質問ばかりだな。初めて会ったときも、そんなこといってたじゃねぇか」


 見下した言い方に礼御は悔しく思うものの、反論などなかった。

 窮地に現れた強大な味方。助かったと安堵しつつ、逆王手だと内々に核心を持ってもいた。


 それが覆されたのだ。礼御はまた、自分の身を自分で守らなければならない。いや、この状況はそれより厳しい。今までは単に逃走するだけで許されていたのだ。しかし今度は水保がいる。相手の魔術で捕らえられた、自分の友人がそこにいる。自分を助けようと戦ってくれた友がいる。ここで逃げることは、彼女を見捨てることであり、そんな選択を礼御が出来るはずもなかった。


 しかしこのまま再戦しても礼御が勝てる見込みはないだろう。それは礼御自身嫌というほどわかっていた。


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