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「だぁから、関わるなって言ったでしょ?」
音もなく水保は川の中を歩き、礼御の正面に来るとそう言った。なおも独特な笑を浮かべている。
「い、いや、水保さん。俺は別に水保さんの言葉を無視したわけじゃ……」
「そうでしょうねぇ。礼御さんってそういう人ですもの。でも結局、棚上げにはしたんでしょ?」
「あ……。えぇ」
そう言われると立つ瀬がない礼御であった。そこで水保は本来の優しい笑顔を彼に見せながら言う。
「礼御さんの手に負えないと、私は言ったはずですよ。でも、だからって見て見ぬ振りは――まぁ、できませんよね」
「……すいません」
「反省しているのならいいのです。いつでも、何度でも、こうして誰かがあなたのピンチに駆けつけてくれるわけではないと、それはわかっているのでしょう?」
「もちろんです。……わかっていても、それでも見過ごせないのはダメですね……」
水保が濡れた礼御の頭をポンポンと叩いた。まるで幼い子供に言い聞かせるようなその仕草に、礼御はむっとしたけれど、それすら幼い子供の反応ではないかと思うと、降参したような苦笑を彼女に見せる。
「ありがとうございます。助かりました」
ようやく礼御が彼女に礼を述べると、水保は「いえいえ」とその言葉を受け取り、そして表情を変えた。目を細め、声色は同じであるのだが、どうにも深みを感じる口調で言う。
「この件、礼御さんの手には負えません。それと同時に、君程度の魔術師の手に負えることでもありませんよ?」
水保は背中で問う。彼女の登場から一転して部外者じみてしまっていた少年魔術師。彼女は彼の表情を覗えないだろうが、礼御からは見える。驚き半分、そして怒り半分の顔だ。
「さぁ。時期に夜も深まります。子供は帰ってはいかが?」
挑発しているのだろうか。礼御は一瞬そう感じたが、そうではないと思い直す。水保にとっては彼も礼御も赤子のようなもの。自然、そういう言い方になってしまうのだ。落ち着き、なだめ、促すように。
しかしそれを鵜呑みにする高校生がいるはずもない。亜草根 世葉は魔術師であるため、なおのことだ。半分の感情の一方が熱せられ、もう一方は静まっていくのがよくわかる。
「……なんだ、次から次へと。勝手に出てきてくだらない! そっちが帰れよ!」
その言葉が引き起こしたモノに礼御は背筋が凍った。彼からは見えないだろう水保の表情。冷たく、刺々しい。普段の彼女からは想像できない――想像したくなかったというべきだ。やはりこのモノもまた、強大な力を持つ異形のモノなのだと突きつけられる。
「……確かに、あなたにとって私たちはいきなり出てきた邪魔者。そう言いたくなる気持ち、わからなくもないですよ」
「そうかよ。だったらさっさとどこかにいっちまえ! 俺に関わるな」
「……詳しい事情はわかりませんが、どうやら礼御さんとあなたはこれが初対面ではない様子。何があったのでしょうね。本当に礼御さんは単なる邪魔者としてあなたに関わったのでしょうかね」
「知るかよ、そんなの。とにかくあんたらは邪魔なんだ。失せろよ!」
礼御は固唾を呑む。亜草根 世葉は依然強気な発言をしているが、礼御はそれが怖かった。一触即発。水保の表情はそうであるからだ。
「……私としては、きちんと始めから説明していただきたいものなのですけどねぇ」
「ふんっ。だったらその男に聞け。二人で仲良く帰ったあとにな」
「……」
水保が一時黙った。目を閉じている。途端に彼女の顔が陰ったように礼御には見えた。そして――。
「……説明してください、魔術師。あなたにはその義務があるように、私は思います」
そう言った。静かな物言いだった。
礼御はそして感じる。これは最終警告なのではないだろうか。
「あるかよ、そんなの。仮にあったとしても、お前なんかに説明――」
するかよ!
彼はきっとそう言いたかったに違いない。が、言えなかった。彼の言葉は、水保が振り返った途端に途切れたのだ。その瞬間魔術師はビクリと緊張したように礼御には見えた。
「礼儀を知れ。だから君は三流なのだよ」
怒気を含めつつ、しかし穏やかな発言をした水保。そして魔術師が後方に吹き飛んだ。
「っく、かはっ!」
水保の足元の水が巨砲となって魔術師にぶつかったのだ。殺傷能力はおそらくないのだろうが、その威力より亜草根 世葉は派手に転がり、土手にぶつかった。
「君はその男に何をしたの? 何をして、今の状況に? 君とあの魔術――桜の魔術の関係は?」
水保は呆けて倒れた男を指さしつつ、魔術師に問いかけ、陸に上がった。
やはりそうだ。俺の身を心配して登場しただけではない。水保さんは水保さんなりに桜の魔術を気にかけているのだ。
「君の立ち位置はどうなっているの?」
問われた魔術師は腹を抑え、立ち上がった。
「……うるせえなぁ。いきなり攻撃したやつに教えるかよ」
苦しそうな声である。それでも屈したりはしないという気概を感じる言い方だった。
そして魔術師はナイフを光らせた。すっと流れるようにナイフで空を撫で、その後あのときと同じように自身の太もも辺りを刺す。
「水保さん! 気をつけてください! そいつの魔術は――」
礼御の忠告が言い終わる前に、魔術師は駆け出した。速い。やはり普段の移動速度と、魔術を行使した後では歴然だ。
再度、川の水が沸き立った。まるで蛇が身体を持ち上げたかのように、流水は二本の太い線となる。そしてこれもまた凄まじいスピードで敵へ向かった。
魔術師は一本目の激流をギリギリで躱した。斜め前方に跳び、くるりと一回転。そしてそのまま目標に向かう。
二本目の激流は彼の真上から襲いかかった。しかも今度は一撃ではない。一本の激流は枝分かれし、まるで複数の鋭い槍のように魔術師に降りかかる。
それでも魔術師は止まらなかった。
「おぉぉらっ!」
その怒号とともにもう一段の加速。亜草根 世葉はナイフの先を水保に向け、突進した。
しかしそんな単調な攻撃をのうのうと受ける彼女でもない。ひらりと躱し、二人は交錯する。
「あらあら」
余裕溢れる彼女に対し、魔術師は首だけ向けてギロと一睨み。大きく地を蹴り、跳ね返るように再度水保に向かった。
魔術師の動きは素早い。例えるなら弾丸のようだ。水保に近づき、ナイフを振るう。風を切る音が何度も繰り返されるのだ。
礼御は思った。やはりこのような戦いになったとき、自分は彼に勝てなかっただろう、仮に本気で彼を攻撃しようと思っていてもだ、と。
動きに無駄がないとは言えないが、常人程度ならそのスピードで圧倒できるはずだ。煙幕に包まれ一時は彼と拮抗できた礼御であったが、それは不意打ちに過ぎず、それ以降の戦闘はもはや戦闘にならないように。
しかし水保は違うのだ。彼女の動きは素早いとは言えない。けれどナイフは届かない。ギリギリのところで避けている。流水のような動き、とよく形容されるがまさにそれだ。無駄がなく最低限、滑らかで掴みようがないのだ。
「くっ!」
幾回もナイフを振るった魔術師がその苛立ちを吐き出した。水保は無表情に近い笑を浮かべている。




