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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
2 季節外れの満開
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-14

「なっ!」


 礼御はぐいと右手をさらに突き出し、そして無謀にも自分に突っ込んでくる少年に向かって魔術を発動する――ことができなかった。


 打てば当たる。だからこそ打てなかった。自分の放つ魔術が直撃すればどのような被害になるか想像できない。それが彼の引き金にロックをかけたのである。


 そして突き出した腕は少年に掴まれ、捻られ、その掌は上を向けられた。


「くっ」


 ギラリと白刃のナイフが光り、それが礼御の喉元に突きつけられた。完全な形勢逆転である。


「もう少し、攻撃する気を見せるべきだよ、あんた」

「お前!」


 礼御は歯ぎしりし、どうにか身体の自由を取り戻そうと無茶苦茶に暴れる。しかしその刹那、肩にナイフが突き立てられた。


「ぅぐ!」


 強烈な痛みがあるわけではない。むしろわずかな違和感に襲われた程度だ。それでも魔術を使用された実状から、呻きに近い声を上げた礼御である。


 どうなる! また頭の中をいじられるのか!


 その不安はしかし、とりあえず杞憂であった。意識はしっかりとある。どうやら奪われたのは身体の自由だけのようだった。


「兄さんさ、放っておいてくれないかな?」


 穏やかな声で少年が自身の頼みを口にした。


「あんたは今のこの状況に関わるべきじゃないんだよ。あんた程度じゃ何もできない。邪魔なんだ」

「……」


 身体は硬直し動かない礼御であったが、言葉を発することはできたのだ。しかし彼は何も言わず、少年魔術師の意見が出尽くするのを待った。


「俺はあんたをどうこうしたいわけじゃない。あんたは魔術師とは呼べないし、良心的な兄さんさ。だからただ、邪魔をされたくないだけない。どういうつもりで、どう思って俺の前に立っているのかは知らないし……いや、なんとなくわかる気もするけど、それは間違いだと思う。勘違いさ、あんたの」


 勘違い?


 その言葉に礼御は一瞬戸惑った。確かに自身の憶測でここまで動いたことに違いはない。けれど状況証拠から、その憶測が間違っているとも思いづらい。

 勘違いだと諭されて、それを鵜呑みにできるわけないじゃないか。


「俺の魔術を解けるやつが身近にいつっていうことだから、無駄にあんたを洗脳なんてしたくない。無駄だからね。……あんたがこのまま素直に引き下がってくれるなら、引き下がって今後関わらないでくれるなら、身体の自由を返す」

「……それを拒否したらどうする?」

「……」


 礼御の額には汗の雫がいくつも乗っていた。危険な状況による緊張と、彼の言い分の真意を必死に考えた結果だ。


 さぁ、どうなる。俺はまだわからない。はい、そうですか、とおずおず引き下がれる状況じゃないんだ。


 すると少年魔術師はすっと刃を引いた。一歩、二歩と後退し、目を伏せたかと思うと、


「あんたを洗脳する。師匠のところにも帰らせない。ただずっと遠くを目指して歩き続けるよう、操る」


 そう言い放った。


 殺しはしないのだな。


 礼御は魔術師の次の一手を聞いて安堵した。安堵すべきことではないと理解しつつも、想像内の最悪をくだされなかっただけマシであった。


「もう一度聞く。……いや、いいや。どうせあんたは引かないんだろ? 悪いけど、しばらく頭空っぽにして散歩しててよ」


 そう思ってももう一度聞けよ。引くに引けないじゃないか。


 亜草根 世葉がナイフを構えた。礼御に突き刺さんと、刃をまっすぐ礼御の腹部辺りに向けている。


 どうにかしないと――。


 そう礼御は思いもした。必死に動かない魔術具を動かそうとも試みた。しかし動かない。魔術を発動できるほど、落ち着いている場合もない。

 どうにかしないと、とは思ったものの、礼御は半ば諦めていた。諦めたくないものの、打開策が思いつかない。


「それじゃあ、バイバイ」


 最後は実に少年らしい言葉であった。いや、少々彼の年齢にしては幼すぎる発言であるかもしれない。


 そんな可愛げを持たせてやることかよ。


 礼御は苦笑いしつつ、目を閉じた。

 亜草根 世葉が大きく一歩踏み出す。刃を礼御の胸に突き立て――。


「うおっ!」


 突如、思いがけない声が礼御の口から飛び出した。驚き彼が目を見開くと、先程まで手の届く位置にいた魔術師が、なぜか離れている。刃などとっくに届かない。


「なっ!」


 それは少年も同じだったようで、驚愕の声を上げている。


「って、うわぁっ!」


 そして礼御はそばの川に落ちたのである。水が大きく跳ね、そしてまた水面にぼたぼたと落ちる音が鳴った。

 何が起きたのか。要するに、いきなり身体が後ろに引っ張られ、川まで引きずりこまれただけである。


「……」


 それでもどうしてそんなことになったのだ、と礼御が混乱している最中、少年魔術師はその答えを見つけているようだった。礼御ではない、彼の背後を睨んでいる。


「お前は……なんだ!?」


 少年の顔に明らかな焦りが見える。いや、焦りだけではない。ほのかに恐怖も混じっているのではないか。礼御にはそう見えた。

 慌てて礼御も振り返り、何が自分を引っ張ったのかを確認する。


「はろー、礼御さん。私の忠告も聞かずに、随分と楽しそうですね」


 ニッコリと笑い、しかし礼御は単純に感じた。怖い!

 そこにいたのはこの川の主であり、神である存在。先程まで礼御とくだらない話や真面目な話をしていたモノ。


 蛟の水保が立っていた。


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