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どうか不在でありますように。
そう思わなかったと言えば嘘になる。
「居たらいいな」と思う反面、どうしても「居なくてもいいな」という思いが礼御の中に呼び起こされるのだ。
コスプレ好きの異形のモノ。彼女は決して嫌な奴ではない。玉藻や紅子と同じだ。憎たらしいところはあるが、それでも憎むに憎めない存在なのだ。
だからこそ、礼御は挨拶できればしたいと思うし、居ないなら居ないで別に良いのだった。
そして結果はどうだったかというと――。
「あら、礼御さん。こんにちは」
居たのである。しかもコスプレ真っ最中であった。良く言えば水着。良く見ればどうみても下着としか思えない、そんな上下の布を肌につけ、しかし腕や足の部分はがっちりとした衣装であった。
胸や腹、股間部分は裸同然なのに、どうして腕とか足回りは防御力が高そうなのか。
その衣装の初見で礼御はそう思ったのだった。
「おぅ。こんにちは。今日も随分な恰好だな」
「そうなんですよ。これ、新作だから着てみたのですけど、どうにも私には……」
そりゃあ、そんな痴女みたいな恰好だもんな。
そう思いながら、礼御は荷物を手近にあった椅子に置き、彼女と会話を続ける。
「水保さんにも無理な衣裳って有るんですね。ちょっと意外ですよ」
と、笑って返した礼御である。
水保。異形の彼女は水保という名である。水保は蛟という妖怪と精霊の合間のような存在なのだそうだ。その蛟の水保はというと、ここら辺の川の主であり、恐らくわりと上位の異形だと思われる。また結構な長い年月生きていもいるだろう。加えて玉藻とも見知った仲だとか。
人の姿を模しているときは、綺麗なお姉さん。気品のある女性。そんな感じの姿だ。しかしこれは見た目であって、中身は裏切り甚だしい。
そして本来の姿はというと、礼御は見たことないのだが、玉藻曰く「ワニの胴体を長くした感じ」なのだそうだ。まったくもって想像に難い。
「そんな下着同然の衣装、さすがに恥ずかしいですよね?」
などと続けた礼御であるが、それに対して、水保は首を捻って答える。
「これ、まだ着替え途中ですよ? これらは自前の、身につけていた物です」
そう指差したのはさきほど礼御が下着にしか見えないと思った布であった。
「……隠してくださいよ。なんでそんな平気なんです」
呆れて目を伏せた礼御はそう呟いた。
「たかだか人の子に下着姿を見られたくらいで恥じらいを持てって、それは中々に難しいのですよ」
「……そういうものなんですか?」
「えぇ。だって私は礼御さんの何倍も生きているのですよ? 私にしてみれば、礼御さんなんてハイハイもできない赤ん坊ですもの。赤ちゃんに裸を見られて恥ずかしがる親なんていませんって」
そういやこの人も、相当な年生きてるんだったな。
そう思った礼御は、だとすると、と思ったことを口にする。
「どっちかというと、親と赤ん坊ではなく、曽祖母と赤ん坊くらいの差――」
「…………」
水保の無言の笑顔に恐怖を感じた礼御は、発言を途中で止めたのだった。そして何食わぬ顔をして、話を逸らす。
「そ、そういや、さっき何を言いかけてたんです? この衣装、私にはどうも――みたいなこと言ってたでしょ?」
「礼御さんこそ、さっき何を言いかけてたんです? 私、すごく小馬鹿にされたように思えたのですけど?」
「……ははっ」
「…………」
笑って誤魔化す礼御を、水保はじっとりとした笑みで眺めていた。
どうにも言いたい事はばれているらしい。そもそもあれだけ言ってばれない方がおかしいか。などと礼御が考えて、苦笑いに徹していると、水保は「まぁ、いいですよ」と言って、いつもの上品な表情に戻った。が、未だに下着姿のままではあるのだ。
「この衣装なんですけどね。クノイチのコスプレなんですって」
「はぁ。クノイチですか」
だから小手やらすね当てなどをつけているのか。と、合点のいった礼御である。
「……服は着ないんですか? そういう小手とか、つけ方知りませんけど先に服を着るものなのでは?」
「えぇ。たぶんその通りですよ」
「? じゃあ、なんでです?」
そう礼御が尋ねたかと思ったら、水保はすでにその理由を掲げていた。和服、と言っていいのだろうか、ともかくそのような前が開けた服だ。やけに裾が短いし、袖もあってないようなものである。
クノイチの衣装がどのようなものか礼御は詳しく知らなかったのだが、さすがにいろいろ見えすぎなのでは、と疑問に思うのだった。
「私、どうにも和服を着るのが苦手でして……」
確かに現代で、和服を着る機会はほとんどない。和服を難なく着れる日本人が一体どれだけいるだろうか。
礼御はそう思う一方で、いろいろとモヤモヤした想いも生まれてしまったので、それを尋ねることにしてみた。
「着物じゃないんですから、なんかそれっぽく着ればいいじゃないですか。それに水保さんって、結構昔から生きているんですよね? なら和服の着方くらい知ってても良さそうなのに」
すると水保はまた先ほどのような、睨むような笑みとなっていた。
何かマズイことでも言ってしまっただろうか。……いや、きっと言ったんだろうな。
「…………あのですね、礼御さん。適当にコスプレとか、それは一番やってはいけないことですよ。コスプレされる方の気持ちにもなってください。嫌でしょ、そんなの?」
そう真顔で言ってくる水保であった。
それに対し、礼御はそんなのわからねえよ、と思うのであったが、その思いが顔に出ていたのだろう。水保は「そうですね。例えるなら――」と呟き言うのである。
「玉藻。お前、男に化けれるのだろ?」
いやに低い声だった。それにどうしていきなり玉藻の名が出たのだろうか。
「それじゃあさ、俺の胸あたりの身長で、瞳くりくり、一見すると女の子なのか男の子なのかがわからない、そんなショタに化けてくれよ。俺はそんなキャラが好みなんだ」
「…………」
「どうです?」
声を戻した水保が礼御に問うた。しかし彼女が何を思い、どうしてそのような発言をしたのか、なぞな礼御である。
「いや、どうです? と聞かれても……」
すると水保は小首をかしげ、にこやかに言う。
「似てたでしょ? 普段の礼御さんの真似ですよ」
「……は?」
「ですから、礼御さんのモノマネですよ!」
そこまで聞いて、礼御は項垂れずにはいられなかった。
モノマネ、なんて言えるほどまったく似ていない。いや、自分のモノマネをされても、自分を客観的に見たことのない本人からしたら、そのモノマネが果たして似ているのかどうかというのは、判断が難しいだろう。しかし、これだけは言えるのである。
「俺は、玉藻にショタ姿を求めたことはない」
「……そんな照れなくてもいいですよ?」
「いや、照れてもないし、隠そうとしてるわけでもなく、俺にそっちの趣味はない!」
「はぁ……? それじゃあやっぱり、幼女趣味ですか?」
どうしてショタ好き、幼女好きと、まともでない性癖扱いをされなければならないのか。礼御は疲弊しつつ思った。
「……幼女趣味に見えますか?」
なので、いっそ尋ねてみることにしたのである。
「だって、礼御さん。私のヌードを見ても興奮してる様子がないんですもの。そうなると……ねぇ?」
だからホモかロリコンだと、そう思われているというのか。礼御は愕然とした。
礼御だって一般的な男である。女性の下着姿を見たら、それはもちろん興奮してしまうだろう。しかし、相手は自分よりいくつ年上なのかもわからない妖怪の類である。そのモノに対して、いくら人の姿をしているからといっても、やはり興奮はしないのである。
と、それをそのまま伝えても良かったので、どうにも癪に思った礼御は、さきほど水保が出した例えをそのまま返すことにした。
「そりゃあ、僕にとって水保さんは曾祖母みたいなものですよ? ばばあの下着姿に興奮するなんて、ありえませ――ぐぅっ!」
水保の膝が、礼御のみぞおちにめり込むこととなってしまった。




