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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
1 新たな魔術師
19/41

-16

「馬鹿な話をしていないで話を戻すぞ、紅子」

「うむ。閑話休題じゃな」


 紅子の要望に答えようとするわけではないが、礼御はもう一度指を鳴らしてみた。しかし礼御の手にはまる『手袋』は何の変化も示さない。


「やっぱりダメだな」

「お願いしておいてなんじゃが、やはりまずは火を灯すことから始めてみてはどうじゃ。さきほど主様もそう言っておられたろ?」


 もちろんそうしたい、と礼御は思っており、しかしだからと言って、まずその火を灯す方法がわからないのだ。方法と言うのなら、指を鳴らす動作の方が幾分とそれらしい。指と指との摩擦から火が灯る発想なんてわかりやすいからだ。


 しかしそれで火が灯らないとなると、さてどうしたものかと礼御は悩む。黙ったまま開いた両手を眺めていた。


「主様。イメージが大事じゃぞ」


 紅子からのアドバイスである。礼御は「イメージか」と呟き、想像する。


 開いた掌の中心で小さく燃える炎。玉藻にまとう蒼色の火炎。


 と、わずかな揺らぎのようなものとして礼御は変化を感じ取った。どうにも定まらない。目に見えないその力のようなモノは、『手袋』から沸き立ち、そしてすぅと上昇しては霧散する。


 礼御はその揺らぎを細目で伺っていた。そして気づき、一つのイメージが固まった。


 陽炎みたいだ。


 そう思った途端、その力の揺らぎを通して見ていた紅子の姿がぼんやりと曲がった。何の属性も宿さなかった力ではなくなったのである。


 そう、熱だ。


 礼御は自身の両掌から熱が湧き上がるイメージをしていたのである。火とは異なる、しかし同属性であるそのイメージ。礼御はそこで左手を右手の下にあてがった。まずは一つの火を灯すことに集中したのである。礼御は瞼を閉じて、さらにイメージの具現に努めた。


 それを眺めていた紅子は成功を確信する。ただの『手袋』だったその魔術具からは、すでに力の放出が盛んに行われている。気づけば汗ばんでいる紅子であった。夏らしい部屋の温度とはもう言えないくらい暑いのだ。


 ただ上へ昇る熱がそこでうねり始めたように紅子の瞳に映る。


 熱は昇り、そして手のひらへと下降すると、また昇り渦巻いていた。それを繰り返しているかと思えば、また流れに変化が生じる。その渦がずっと小さく押し込められているのだ。熱を凝縮するように、じりじりとその流路は短く成り、流れは速くなる。


 礼御の額もまたじっとりと汗ばんでいることが、正面の紅子からわかった。


 そして熱が放出し、けれど霧散することなく彼の掌の上で貯められる。そのイメージは球体だった。そこに放出する熱が貯められるのだ。


 球体の温度が上がる。礼御のイメージが次へ進む。熱から、炎への転換。


 礼御は瞼を薄く開いた。その想像を具現する。


 右手に乗った熱の籠った球体。礼御はそれを握りしめた。


 そこで彼は一息つく。この後がとりあえずの終着点だ。そう思った礼御は紅子を見た。彼女が熱に茹だり、上気していることは傍目からもわかる。それでも紅子は苦しそうな表情を見せず、ただワクワクとした、自身の主が前に進むことを喜んだ表情なのだ。


 よし。と礼御が進む意志を紅子に伝える。


 それに紅子もコクリと頷き、見守る。


 そして、礼御が勢いよく右手を開く。


 ボッという音が鳴った。可燃性のガスに火花が散り、燃え上がる音だ。


 小さな炎。


 その掌の上で小さな火炎が燃えているのだ。


「おおぉ!」


 紅子が歓喜の声を上げた。


「やった!」


 それにつられて礼御も成功に喜んだ。


 礼御の右掌には赤い、まるで安物のライターが灯すような火が灯っているのである。それでも魔術で生み出した炎に違いなく、礼御は左手で汗を拭い、紅子と喜びを共有する。


「やったぞ、紅子。見ろよ、火がついた!」

「素晴らしいぞ、主様! これが第一歩じゃ!」

「あぁ! 次はもっと大きな炎だな」

「もちろんじゃ! 主様ならできるぞ、きっと」

「おぉ、やるしかないな!」

「つまり指パッチンじゃな!」

「おぉ! 指パッチ…………いや、違うと思うぞ?」


 いろいろと興奮して会話していたが、どうにもノリでは越えられなかった礼御である。


「えぇ? 今の主様ならできるって!」

「いや、火をつけてるじゃん。いまさら指を鳴らす意味ないだろ」

「違うのじゃ。指パッチンして火をつけたフリをして恰好つけて欲しいのじゃ!」


 恰好つけるという発言に礼御は唸る。先ほど上げ足を取られたところだ。いつもだったら再度デコピンで彼女を大人しくさせるだろうが、どうにもこの高揚した気分がよくない。礼御は冷静さの根幹で猛るような感情に困った。


 紅子は目を輝かせている。何に影響を受けたのか、何に羨望を抱いているのかわからない。そして結局のところ、礼御は可愛くねだる童女のお願いに答えるのだった。


「……恰好悪くても貶すなよ?」

「おーるおっけーじゃ!」


 礼御は一度溜息をつき、また集中する。右手でなおも燃える小さな火。それを眺めながら、礼御は親指と中指をくっつけ、指を弾く準備をした。微妙に丸くなった掌の中で、やはり燃えている。


「……よし」


 その一言を機に礼御は指を弾く―――。


 と、結果から先に言ってしまえば恰好をつけるどころではなかった。先ほどのようなパチンっという響きのある音は鳴っていない。


 その代わりのように鳴った音が「バンッ」という、つまりは爆発音であった。


「わっ!」

「のぉっ!」


 礼御と紅子は同時に音と、そして礼御の生まれたばかりの魔術具から膨れ上がったモノに驚愕した。


 黒煙である。礼御の指がその灯った火にぶつかった途端、黒い煙幕が沸き立ち爆発的に広がったのだ。


「げほっ、なんだよこれ!」

「こほっこほっ……」


 礼御と煽ぐように手を振り、部屋に漂う黒煙を払う。また紅子も同様であった。


「……げほっ。ひどいなこれ」

「こほっ……。あぁあ、最悪じゃあ」

「けほっ、けほっ……」


 礼御と紅子が煙にむせていると、三つ目の咳が聞こえてきた。


「!? 玉藻?」

「およ? 玉藻殿?」

「けほっ……、けほっ……」


 大気を色づけている煙を必死に払い、二人は起きたらしい玉藻の様子を確認しようとする。


「玉藻、起きたのか?」


 礼御は窓に向かいカーテンを開く。もちろん換気のためだ。ようやく透過度を戻しつつある空気の先からよく聞いた声が聞こえてくる。


「けほっ……。当たり前だ……くふっ。こんだけ煩く、しかもこんな煙をたかれれば、起きない方がおかしいだろ」

「……そうだな」


 礼御は苦笑いしつつ、玉藻に近寄った。そんな中、紅子は駆けて玄関へ向かったらしい。トットッという音が遠のき、玄関の扉が開く音がした。すぅっとハッキリとした空気の流れが生まれ、窓の方から薄まった煙が逃げて行く。


「おめおめと寝てたらスモーク狐になっちまうな、こりゃ。なんとなくの経緯は予想できるけど、詳しく――」


 そう言って顔を上げた、狐姿の玉藻の言葉が止まった。煙は薄まり、玉藻は礼御の顔を見ていたのだ。そして訝しげな顔となる彼女。次に発せられた言葉は先ほどの呆れたものではなく、低く警戒したものだった。


「礼御。お前、魔術師に会ったか?」


 そんな玉藻の声と表情に礼御は困惑する。どうしてそんな顔をするのかと少々怯む。


「どうしたんだよ、玉藻。……まぁ、葵さんには会ったけど、それがどうしたって――」


 と、玉藻が遮る。


「あいつ? いや、あいつは確かに優秀だが、そっちの才までも持ち合わせていないだろ」


 じっと玉藻が礼御の顔を睨む。それを朧に隠していた煙が、まるで逃避するように窓から抜けた。


「なんだよ。どうしたんだ、玉藻……?」

「礼御。ちょっと、こっちに来い」


 厳しい口調で玉藻が礼御に命じた。礼御は少々たじろぎながらも、これは逆らうべきではない、そんな直感に縛られ、彼女に従う。


「……どうしたっていうんだ?」


 礼御は玉藻が寝ていたベッドに腰掛け、彼女と対面する。なおも変わらない玉藻の表情。


 そこで紅子が玄関から戻ってきた。大方抜けた煙を確認し、玄関の扉を閉めた後のことである。その雰囲気から紅子は何を察したのか、口を開こうとしない。


「礼御。もう一度聞くが、葵以外の魔術師と出会ったんじゃないのか?」

「いや、そんなことはないぞ。……なんでそんなことを聞くんだよ?」

「……なるほどね。少なくともその術に置いて、半端な術師ではないことは確かなようだ。そもそも魔術師の家系に生まれていたとは言え、どうしていきなり魔術師の例外みたいな奴と出会っちまうのかね」


 玉藻は一人得心した様子であった。礼御の疑問に答えることなく、面倒くさそうに呟いている。


「紅子。お前は何も感じないか?」

「えっと……。よくわからんのじゃ」

「ふん。赤しゃぐまの弱点だな。しかしそれを潜り抜けている時点で中々のモノだ」

「玉藻殿。もしかして……」

「あぁ、そうだろうな。そういや礼御は素人同然だろうから話していないだろう? こいつを以前守っていた術は、今効力を失っている。礼御は現在、異能に大して丸裸当然だ」


 礼御を守っていた術。それは母が礼御にかけた魔術の一つであった。術名を「魔を消す有限の祈り」と言い、あらゆる――と言ってしまうと重大な語弊があるが――魔術、異能の力を打ち消し礼御を守っていた魔術である。『とある一件』でその効力を失ってしまっているのは、確かに事実であった。


 何も状況を理解しないまま置いて行かれているのは礼御だけのようだ。紅子はこれだけの情報を玉藻から聞かされただけで何か察しがついたらしい。申し訳なさそうな表情で礼御を窺っている。


「なぁ、玉藻。紅子。何なんだよ、一体? さっぱりお前らが何を感じているのか分からないんだが」

「説明するより、思い出してもらった方が早いし楽か」


 そう言って玉藻が礼御の膝に飛び乗った。何をするのか、と一瞬礼御が疑問に思ったところで、玉藻は本人に何も告げぬまま始めるのである。


「―――いてっ!」


 反射的に痛みによる声を挙げた礼御。それは頭突きであった。膝に乗り礼御を下から覗きこんでいた玉藻はそこで跳び上がり、礼御の頭を目がけて頭突きをしてきたのである。


 そして本来なら、いきなりの暴力に怒り拳を振り下ろす礼御のはずだったが、今回ばかりは彼にそんな余裕はない。


「はっ?」


 流れ出てくる覚えのない記憶に驚き、混乱する礼御。頭痛のような、発熱のような、そんな感覚と共に何かが焼かれるイメージが礼御の脳内に生まれた。


「――うぅ」


 小さく呻き、礼御は頭を抱えた。体感したことのない不気味な感覚を嫌い、目を閉じる。その前に移りこんできた一匹の妖孤と童女の姿。玉藻は自分でなく別の何かを睨んでいる、礼御にはそう思えた。紅子は心配に堪えない顔をしている。


 礼御がぎゅっと瞼を閉じ、また低い呻き声だけが彼女たちの耳に入る。


 そして、礼御が思い出したのはあの日――あの深夜アルバイトで起きた、一連の真実であった。


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