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古代に転生、後宮争いなんてお断り! ——女帝として天下に君臨する  作者: 予也木


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杜尋雲

「ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ!」

 うわっ、一体何なのよこれ……。


 杜尋雲(ドゥ・シンユン)は地面から這い上がろうとした。滑らかな絹の長袖に手を滑らせながら、体を起こすのにも一苦労する。

 おかしすぎる。私、病院の階段から落ちたんじゃなかったっけ?

 なんで石畳の上で倒れてるのよ。

 広い通路の両脇には、どこまでも続く朱色の壁。

 ……あらまあ。

 まるで故宮の観光エリアみたいじゃない。


 尋雲は裾の埃を手で払った。どうやら盛大に転げ落ちて、そのまま麻酔を打たれて手術でも受けているらしい。


「蕭(しょう)貴人! ご無事でございますか!?」

 一人の宮女が慌てて駆け寄ってきた。


 まあまあ、ずいぶんと凝った衣装に、時代劇みたいな結い髪までしちゃって……。我ながら演技派すぎるでしょ、こんな夢を見るなんて。尋雲はそんなことを考えながら、差し出された女の手につかまって体を預けた。


 そのまま椅子へと運ばれ、腰を下ろす。

 目の前では、取り乱した太監たちが次々と膝をついていた。清朝風の服を着ているくせに、頭は辮髪ではなく、明代のように綺麗に髷を結い上げている。

 夢の中でまで三流劇団クオリティかよ。自分でも笑えてくる。


 そう呆れてはみたものの、胸のつかえはやけにリアルだった。

 押し寄せる重苦しい違和感。

 荒いままで整わない呼吸。

 転んだときに打った膝も、擦りむいた手のひらも、じんじんと痛む。

 麻酔を打たれているはずなのに、手足が痛む夢を見るなんて。

 この麻酔、ちゃんと効いてるわけ?


 尋雲はたまらず、膝の様子を見ようとスカートの裾をまくり上げようとした。


「主子――っ!!!!」

 別の宮女が転がるように目の前へ飛び込んできて、必死に裾を押さえつけた。


 うわあ!

 あんた、演技うますぎでしょ!

 尋雲はその切迫した表情に見入ってしまった。化粧気のない素顔、涙を浮かべて細かく震える瞳。主を気遣う必死さと、人前で裾を捲られそうになった羞恥。

 そのすべてが。

 100%の熱量で伝わってくる。


 すっご……!!


 心の中で思わず親指を立てた。


「何事だ!」

 黄色い衣をまとった男が、同じく黄色い服を着た子供を連れて姿を現した。

 尋雲は頭の中で計算する。この色を着られるのは身分の高い皇族だけのはずだから、皇子か何かの役回りだろう。

 理解が追いつく間もなく、その場の全員が一斉にその方向へ跪いた。

 目の前の宮女が、震える手で尋雲の裾をくいっと引っ張る。


 ああ、私もやれってことね。

 芝居なら付き合ってあげますよ。


 彼女も見よう見まねで地面に手をつき、平伏した。


「蕭貴人」

 頭上から声が降ってくる。

 尋雲が顔を上げると、男は眉をひそめていた。

「なんたる無様な跪き方か」


 あっ。

 そうだった、私、宦官でも宮女でもないんだった。

 杜尋雲の歴史知識はすでに底をついていたので、テレビドラマで見たような蹲踞の姿勢で跪き直す。

 男の眉間の皺は深いままだ。

 先ほどの宮女は、腕で体を支えきれないほどガタガタと震えながら声を絞り出した。

「お、お取り乱しになられて……転ばれて、お怪我をなさいまして……」

「……相分かった。大事ない。面を上げよ」

 男は顎をしゃくった。

 連れ立っていた子供が、好奇心に満ちた目で尋雲をじっと見つめている。子供の視線を浴びながら、尋雲は立ち上がった。こいつ、結構プライド高そうな演技するじゃない、と思いながら深呼吸をする。


 ……あれ?

 私、なんでこの子供より少し高いだけなの?

 二人の男性を見比べる。子供と大人の間くらいの身長なのはいいとして、それにしても男との体格差がありすぎないか。

 これじゃ私……。

 身長140センチ? それとも150?

 夢にしては設定がやけに具体的すぎるし、足の裏の感覚も妙にしっかりしている。


 そこへ、防具を身につけた少年が駆け込んできた。年はせいぜい十八歳前後といったところか。

 姿を現すなり、恐れおののいた様子で地面に膝をつき、取り乱しながら報告を始めた。

 尋雲はこの茶番劇に飽きてしまい、聞いているフリをしながら遠くを眺めた。ああ、夢の中の紫禁城は、前に故宮を観光したときと瓜二つだ。幾重にも重なる門、朱色の壁に黄色い瓦。前に行ったときは足が棒になりそうだったっけ。また旅行するなら二日に分けた方がいいな。


「刺客だと!?」黄色い衣の男が怒声を上げた。「見失ったと申すか! なんたる不届き者だ!」


 はあ? なによコイツ! 声が大きすぎるでしょ! まだ子供じゃないの。

 尋雲は唇を尖らせた。


 護衛の侍衛は両手を組んだまま、どう申し開きをしてよいかも分からず、唇を小刻みに震わせている。

「わ、私奴めが万死に値します……どうか、どうか大阿哥(だいあご)、処罰をお与えください……」

「引っ立てて首を刎ねよ!」


 居合わせた全員が息を呑んだ。

 尋雲の足元から、空気が氷点下まで冷え込んでいくのが分かった。

 この張り詰めた空気。

 普通のテレビドラマじゃ到底出せない静けさだ。

 大阿哥の背後に控えていた部下たちが瞬時に飛び出し、少年を引きずり出そうとする。


「待ちなさいよ」


 大阿哥が振り返った。不快そうに眉を寄せたままだ。


 ドラマだったら、せいぜい板打ち数十回で済む話でしょ。

 尋雲はその視線を受け止めながら言った。

「この道はこんなに広くて、たくさんの宮殿に挟まれているじゃない。ここには誰も見張りが立っていなかったんだから、駆けつけるのが遅れるのは当然で、罪にはならないはずよ」


 その場の全員が凍りついた。


 なんなのよ……監督もいないのに、どこまで迫真の夢を見てるわけ?


「蕭貴人がそこまで情けを乞うのであれば、死罪は免じてやろう」


 当たり前でしょ、何を偉そうに。尋雲は心の中で悪態をついた。ふと隣の子供と目が合う。その瞳はキラキラと輝き、尊敬の念に満ちていた。尋雲は思わずふっと笑みをこぼす。

 天才子役ね。演技がうますぎる。


 大阿哥は彼女の笑みを見て片眉を跳ね上げた。

「ならば、宮刑に処せ」


 侍衛は腰を抜かし、地面に突っ伏した。

 尋雲は、なんで護衛の兵にそんな刑罰を使うのかと首をかしげつつ、自分の夢のボキャブラリーもこの程度か、もっとマシな夢は見られないものかね、と考えていた。


「蕭貴人、貴殿がこの侍衛に酌量の余地があると言うのなら、内務府に掛け合い、貴殿付きの奴才として仕えさせようではないか」


 うわ、この男めちゃくちゃ器が小さい。嫌味ったらしい喋り方で感じ悪っ。

 尋雲はそう思いながら、どこの時代の作法かも分からないまま適当に両手を組んで一礼した。

「どうも、大阿哥」


 大阿哥は鼻を鳴らし、連れていた子供の背を押して立ち去ろうとした。

「警備を強化せよ。今宵は戒厳令を敷く!」

 付き従う侍衛たちが手際よく伝令を飛ばし、散っていく。

 子供だけは、首がもげそうなほど振り返りながら、じっと尋雲を見つめ続けていた。


「か、感謝いたします、娘娘(ニャンニャン)……」

 地面に平伏していた侍衛が、息を乱しながら涙をボロボロとこぼしていた。

「寛大なお取り計らい……私奴のために、お口添えをいただき……」


 うわあ……。これだけのシーンでここまで泣けるんだ。

 もしかして、私だけが役に入り込めてない? 尋雲も思わず眉をひそめた。

「はいはい、立って立って」


 彼は立ち上がったものの、やはり周囲の者に連行されていった。


 それにしてもこの靴、この服、やけにリアルだな。尋雲は人が散ったのを見計らって袖を揺らしてみた。二の腕のあたりの生地が、ざっくりと裂けている。


「娘娘、先ほど刺客に襲われたばかりでございます。早く宮殿へお戻りになりませ」

 先ほどの宮女が駆け寄ってきて、彼女の体を支えた。


 私???

 私だったの???

 尋雲は頭が真っ白になった。私、そういう役どころだったの!?

 うわ、麻酔から覚める瞬間、口走って「アゴ〜、アゴ〜」なんて叫んでたら録音されて笑い者にされちゃうかも。


「ねえ、あんた名前なんていうの?」


 その言葉が落ちた瞬間、周りにいた宮女や太監たちの動きがピタッと止まった。

 宮女は呆然とした顔で答える。

「若竹(じゃくちく)でございます、娘娘……私は若竹でございますよ」

「ん?」尋雲はぐるりと見回した。「いや、本名のこと」


「……」

「……」


「どうしたの? あんたたちは? 名乗っちゃいけない決まりでもあるの?」

 杜尋雲が七、八人いる下人姿の者たちに問いかけると、一人の太監が金切り声を上げた。


「太医をお呼びしろ――っ!!!」

「太医を呼べ!!」

「太医をお連れ申せ――!!」


 ……はあ?

 尋雲の目の前で、一列に並んだ者たちが伝言ゲームのように大騒ぎで叫び始めた。

 彼女はなだれ込んできた数人に担ぎ上げられ、あっという間に輿(こし)に乗せられてしまう。四人の太監がフーフーと荒い息を吐きながら全力疾走を始めた。


 ちょ、ちょっと!

 揺れすぎなんだけど!!


「蕭貴人様が恐怖のあまり、ご乱心召されたぞ――っ!!」

 道端で見物していた宮女たちが叫びながら走り回る。


「誰が乱心者よクソったれ――!!」

 彼女は輿の中から怒鳴り返した。


「ああ、主子……っ」

 輿に必死で並走していた宮女の若竹が、顔を覆って泣き崩れる。


「泣かないでよ、全部ウソなんだから!」

「うわああああん!!」


 皇宮の中に響く騒がしい足音は、いつまでも静まる気配がなかった。

 杜尋雲の両手は抑えようもなく震えており、それが偽りなどではないことを物語っている。

 指先はまだ震えている。

 彼女はぐっと強く握りしめた。

 それでも止まらない。

 これは麻酔による幻覚ではないのだろうか?

 少なくとも、この痛みだけは本物だった。

後宮の権力闘争から人材登用、農地開拓、そして政治的謀略までを描いた、女性主導の本格政争小説

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