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狐の嫁入り

 酷い天気だ。


 滝のように降り注ぐ雨粒は、顔や手に痛みを覚えるほど鋭く、衣服はたちまち水を吸って重くなる。唸りを上げる風が横殴りの雨を容赦なく浴びせ、無慈悲に体温を奪っていった。折り畳み傘を持っていなかったことを悔やむが、この風では傘など一瞬で裏返り、骨組みもあっけなく折れてしまっただろう。まるで台風に直撃されたかのようだ——三月に台風などあり得ないというのに。

 それに、この悪天候がただの異常気象ではないことは、素人目にも明らかだった。思い返すだけで背筋が凍る。それでも見間違いだという最後の望みにすがり、僕は雨で目を細めながら空を見上げた。


 希望はあっけなく裏切られた。やはり見間違いではない。大雨の中だというのに、空は深く晴れ渡り、その青さはむしろ痛いほど鮮やかだった。

 状況を理解できぬまま、僕はこの場から逃れるために、がむしゃらに家へ向かった。一人でいることが心細くなり、辺りを見渡すが、人影はおろか車すら見当たらない。耳を澄ませても、地面に雨がぶつかる音しか聞こえてこなかった。

 緊張で心臓は張り裂けそうなほど脈打ち、体には疲労が溜まり、節々に痛みが走る。それでもただひたすらに、速く、速く——


 その瞬間、ぴたりと雨が止んだ。


 あまりに唐突で、どこか屋根のある場所に入り込んだのかと思ったが、しかし現実はそれよりもはるかに奇妙だった。雨が、何もない空間に弾かれている。よく目を凝らすと、そこにはドーム状の境界があり、雨の侵入を拒んでいるようだった。


 常識を超えた出来事が続き、僕はその場に立ち尽くした。異常気象という言葉では足りないほどの異常。人影のない真昼。雨を遮る謎のドーム。事態はすでに、僕の理解をとうに超えていた。これは夢なのかもしれない——そう思いかけるが、濡れた服が肌に張り付く不快な感触が、否応なくこれが現実だと突きつけてきた。

 

 どうすればいいのか分からずに辺りを見回していると、足元からか細い鳴き声が聞こえた。はっとして視線を落とすと、そこには一匹の狐が横たわっていた。

 カラスの濡れ羽を思わせる艶やかな黒毛に包まれた狐だ。先ほどまでいなかったはずの存在に警戒心がよぎる。それでも、その弱々しい様子が気にかかり、僕はしゃがみ込んでそっと声をかけた。


「大丈夫か……?」


 肩を揺すりながら呼びかけるが、狐は目を覚まさない。鳴き声も最初の一度きりだった。あれが最後の声だったのかもしれない——嫌な予感が胸をかすめる。揺さぶる腕に、自然と力がこもっていた。


「おい、生きてるか?……呼吸はしているな。今すぐ動物病院に……あぁ、でも」


 今の僕たちは謎のドームに囲まれているのだった。試していないので確かではないが、こう言う怪奇現象って一度入ったら閉じ込められるのではないだろうか?雨が入るのを拒まれるように、僕が外に出るのを拒むかもしれない。もしかしたら狐を置き去りにするかも……。

 そうして悩んでいる間にも、手のひらから伝わる狐の体温が下がっていく。もう時間は残されていない。


「……なんとしてでも助けてやるからな」


 ここで悩んでいても仕方がない。覚悟を決めて狐を持ち上げようとした、その時だった。強く閉ざされていた狐の瞼が、ぱちりと開いた。

 

 いや、次の瞬間、それはもう“狐”ではなかった。

 黒い毛並みが煙のようにほどけ、そこに立っていたのは、綺麗な黒髪と眩しいほど白い肌をした幼い少女だった。

 狐が突如として人間になる。そんな光景を前に、まさしく狐につままれたような顔をしていたであろう僕の頬を、彼女はその小さい手で包み込み——


 自身の唇を、僕の唇にそっと押し当てた。


「よくやった。褒めて遣わすぞ」


 狐から化けた少女はそう言って、妖しく口元を吊り上げて微笑んだ。

 初めましての方は初めまして……と言っても、ほとんどの方が初めましてじゃないでしょうか?蛇足売りです。

 作品を読んでくださりありがとうございました。いかがだったでしょうか?感想やリアクションで教えれくれると嬉しいです。

 初めての連載で悪戦苦闘中ですが、のんびりやっていけたらな〜と思います。どうかお付き合いください。

 取り敢えず『ストックが尽きるまで毎日三話ずつ投稿』します。それ以降はまだ考え中ですが、毎日一話投稿になると思います。変わる時は後書きに書いておきますね。

 これからも私とこの作品をよろすくお願いします。

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