2. 花壇を見ながら呪文を唱えるお姫様
※ 自分がみにくいと思い込んだデイジー姫。彼女は王女とは思えない、あるまじき奇行を繰り返します。
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とても晴れた昼下がり、おつきのメイドたちがデイジー姫にいいました。
「姫様、たまにはお庭にでて散歩などいたしませんか」
「……そうね、良くってよ」
引きこもりのデイジー姫も珍しく機嫌が良かったのか、メイドたちの誘いでお庭に出ました。
お庭の花壇は赤薔薇や早咲きの白百合、そしてその周りを取り囲むように色とりどりのひな菊たちが見事に咲き誇っていました。
一年の中でも春から夏へと変わるこの季節が一番の見頃でした。
この王宮殿の中庭に面した花園は、王女様たちの住む二階のバルコニーからもよく見えます。
それぞれローズ姫様、リリアン姫様、デイジー姫様が誕生した際に、三姉妹のお名前にちなんだ花の種を植えて見事に開花させた花園でした。
花壇をプレゼントしたのは、父王である王様でした。
王様はそれはそれは、花のように朗らかで美しい三姉妹を心から愛していたのです。
いずれは近隣諸国へお嫁にいってしまう王女たちを、せめて一時でも大切な花を愛でるかのように、とても大切に育てていました。
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久しぶりにデイジー姫は、お供のメイドを連れて部屋から中庭に降りて来ました。
「これはこれはデイジー姫様。ご機嫌麗しゅうございます」
「デイジー姫様、お久しぶりでございます」
庭で働いていた従者たちが、デイジー姫に気づいて深々と帽子を取って挨拶をしました。
この王国では、お城の従者たちは王族がお見えになると、必ず挨拶する習慣になっていました。
「…………」
デイジー姫はこの時、本来ならお決まり文句の『ごきげんよう』と返事をしなくてはならないのに、一切しませんでした。さらに微笑みすらしません。
これは本来の王族の礼儀に反していました。
王女として家来からていねいに挨拶された場合は、挨拶した者に、微笑んで一声かけるのが宮殿内の習わしでした。
しかし、デイジー姫は誰とすれ違っても、その者の顔すら見ようとはしません。
挨拶をしてくれた従者たちを一切無視して、デイジー姫はツンとすました表情で素通りしていきます。
デイジー姫の態度に戸惑う従者たち。
が、突然デイジー姫はピタリと立ち止まりました。
彼女が見つめた矛先は、美しい薔薇や白百合が集中している見事な花壇でした。
「…………」
花を見つめながら、デイジー姫は、急に親指を噛んでブツブツ独り言を呟きました。
デイジー姫のキツイ視線は、まるで無言の怒りに燃えているように、憎しみとも、哀しみともつかない表情でぶつぶつと呟いています。
後ろを歩いているおつきのメイドは、そんな王女の異変に気づきました。
──はてさて、姫様は何をひとりでブツブツいっているのかしら?
メイドはとても気になって一歩、デイジー姫から離れて距離をとっていた足を半歩踏み出して、デイジー姫に近づきそっと耳をそばだてました。
それは、心臓が止まるくらい世にも恐ろしい言葉でした。
「わたしはみにくい、わたしはみにくい、わたしはみにくい、わたしはみにくい、わたしはみにくい、わたしはみにくい、わたしはみにくい、わたしはみにくい!」
まるで恐ろしい呪文を唱えるかのように、デイジー姫の横顔は、血走った眼で延々と『わたしはみにくい!』と繰り返しているのです。
( ひいいいぃぃ──!)
あわやメイドは、その場で悲鳴をあげたくなりましたが、どうにか必死で口を手で押えました。
ゾッとしたメイドは、とても独りでは耐えられないと思ったのか、その場を離れて、もう一人のメイドに耳打ちしました。
「ねえ聞いてちょうだい!姫様が怖いの、どうやらずっと部屋に引きこもってて、とうとう気が触れたに違いないわ!」と先ほどの呪文の話をしました。
「まあ、それはとっても面白いじゃないの!」
その話を聞いたメイドはカラカラと笑い、休憩時間に他のメイドたちに、デイジー姫の呪文を面白おかしくしゃべりました。
すると、いつしか城中のメイドたちはあちこちで、デイジー姫の噂をするようになりました。
『デイジー姫はどうやら魔女に誑かされたらしい。真夜中にひとり抜け出して、花壇の前で恐ろしい呪文を毎晩唱えてるんだと!しかもその呪文ときたら……』
瞬く間に、デイジー姫のあらぬ噂が飛びかっていきました。




