10. ダルタニアンにおんぶされたお姫様
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「ねえダルタニアン様?」
「何ですアンヌ様?」
「私、歩けますから、降ろしてくれませんか?」
「いえいえ、そのおみ足では無理でしょう。アンヌ様は城からだいぶ歩いて踵が赤く擦りむいていましたからね。あ、ほら動かないで……俺の馬までもう少しの辛抱ですから~♪」
「でも──重いでしょう?」
「なんのなんの、失礼ながら貴方は屋敷の畑にいる案山子より軽いくらいですよ」
「は、案山子ですって?」
一瞬、デイジー姫はカッとなりました。
なぜって城内でよくデイジー姫を“ 案山子 ”と馬鹿にされていたのを思い出したからです。
「はい、本当にアンヌ様は軽いですよ~。これなら一里くらい背負ってもどってことないなぁ!」
飄々とダルタニアンはいいます。
おまけに口笛を吹きながら、デイジーをかるがると背負ってズンズン歩いています。
思わずデイジー姫は何か言いかけたけど、黙ってしまいました。
確かにデイジー姫の身体は案山子みたいでした。
以前はふくよかだった手足も、小枝のようにガリガリにやせ細ったと、自分でも自覚していました。
もちろん、このハッとするほど見栄えの良い騎士見習いから、案山子と揶揄されても何も言い変えせません。
ふと、デイジー姫は自分の足元を見ました。
右足首には白い布がまかれています。
先ほど広場で、ダルタニアンがデイジー姫の踵に軟膏を塗った後、ハンカチで丁寧に巻いてくれたのです。それはとても手慣れた手つきでした。
デイジー姫は自分でも気づかずに、靴擦れをおこしていました。
ムリもありません。デイジーはお姫様ですから。
宮殿内でもこんなに長く林道を歩き続けたことなどありません。
長旅でも、履きやすいといわれる平民靴でも、踵の高いハイヒールばかり履いていたデイジー姫には逆にペタペタと凸凹道を蹴って歩く平靴はやっかいでした。
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二人は広場を抜けると王都の市場に出ました。
通りにはたくさんの屋台や小店が並んでます。
沿道を渡ると慌ただしく人々がその通りを行き交っています。
この時間、市場は夕食の買い物客でにぎわっていました。
初夏の風がただよう中で、美味しそうな焼いた肉や甘いお菓子の匂いがぷ~んと漂ってきます。
思わずデイジー姫も鼻の穴を子犬みたいにクンクンと顔をあげました。
すると市場を行く人の中にはジロジロと、ダルタニアンが背負うデイジー姫を見る人もいました。
──あ、嫌だわ。私ったら!
デイジー姫はジロジロ平民たちに見られるのが急に恥ずかしくなって、頭巾を目が隠れるくらいグイッと被りなおしました。
なにせ、靴擦れをしたとはいえ、若い殿方におんぶされるなんて生まれて初めてだとデイジー姫は思ったのです。
ただ──幼い頃は、そうだ! “ おんぶ ” あったわと思い出しました。
乳母に隠れて子供部屋を抜け出して、城の従者たちに見つかるとすぐに抱っこされたり、くいっと空中に高く高く背負わされた事が何度もあったわと。
そのまま彼らに子供部屋まで戻されたと、デイジー姫の記憶が一気に蘇ってきました。
──懐かしい。
あの頃は、誰かれかまわず、ちっちゃかった私は『おんぶに抱っこ!』って下々の言葉を使って皆におねだりしたっけ。
巨人みたいなコック長やお髭のたくさん生えた庭師も、私が両手を広げてお願いすると、すっごい笑顔になって、私をひょいと抱きかかえてくれたり、おんぶしてくれたわ。
──なんだろう、あの頃は毎日がとっても楽しかった。
今みたいに自分の顔がみにくいなんて、これっぽっちも考えなかった。
デイジー姫は、なんだかちょっと切なくなりました。
それにダルタニアンの大きな背中は、とってもホカホカと温かくて心地良かったのです。
いつしかデイジー姫は、ダルタニアンの太い首に自然と自分の両手を巻きつけました。
疲れもあったのか、デイジー姫はウトウト眠ってしまいました。
スゥーとデイジー姫の寝息を耳元で聞きながら、ダルタニアンは気持ちよさげに口笛を優しく吹きます。
それから何時ほど経ったのか──。
ふと気付くと今度はダルタニアンと一緒に、デイジー姫は可愛いらしい白馬の背に乗っていました。
「──あら、私いつのまに……」
「お目覚めですか?」
ダルタニアンはデイジー姫の、寝ぼけ眼の顔をみて白い歯を見せました。
「アンナ様がよく眠ってたのでムーアもゆっくりと歩かせてますよ」
「ムーアて?」片目を擦りながらデイジー姫は聞き返しました。
まだ、ぼぉとして眠そうな顔です。
「ああこの馬です。ムーアって良い名でしょう。俺の愛する天使が付けた名前です。ムーアが生まれた朝、『ダル、今朝あたしね、荒野を走る白馬に乗った夢を見たのよ、これは神の啓示に違いないわ!』って俺の天使がいいました」
「天使って?」デイジー姫は聞き返しました。
「ああ、俺が世界で一番愛する女の子ですよ」
「え! 貴方って恋人がいるの?」
「いますよ。もう愛しくて愛しくて……目に入れても痛くないくらい可愛い娘です」
とダルタニアンは物憂げな表情で、すっごく目を細めて嬉しそうにいいました。
デイジー姫はとたんに身体から血の気が引いていくような、醒めた面持になります。
「そうなの──それはとっても素敵なことね」
そういったデイジー姫は、ダルタニアンに寄り添っていた体も少しだけ固くしました。
パカパカ パカパカと、白馬のムーアは気持ちよさげに歩きます。
王都の街並みはそろそろ夕暮れていきます。
赤レンガの色の屋根の見える坂道を、ダルタニアンとデイジー姫を乗せてムーアはゆっくりと下っていきます。
さっきまで、あれほど眠かったデイジー姫でしたが、すっかり目醒めていました。
※ ダルタニアンには恋人がいるなんて──。デイジー姫、ちょっとがっかりしちゃったのかな?
(ToT)/~~~✧




