25話
少し離れた場所で、父とオルドが並んで話し込んでいた。
その間も、ルドルはひとりで魔力の集中を試みていた。しかし、何度やっても手応えはなく、何の変化も現れない。思わず空を仰ぐと真っ青な空が、どこまでも広がっている。自分の手には届かない、そんな感覚に苛まれながら。
「どうして、できないんだろう……」
呟いたそのとき、背後から声が飛んできた。
「ルドル、これからは剣術を鍛えていくぞ」
父の声だった。
「……えっ」
ルドルは思わず声を漏らす。剣術? 魔法の訓練じゃないのか? リーアもルークも魔法の訓練をしているのに、自分だけ……。
言葉にできない感情が喉元で渦巻いていると、父はルドルの様子に気づき、少し照れくさそうに笑った。
「まあ、気にするな。俺も魔法はあんまり得意じゃないんだ。似ちまったのかもな」
その笑顔は、優しくて、でも少しだけ申し訳なさそうだった。
「……うん」
ルドルは苦笑いしながら立ち上がった。視線の先には、魔法の訓練を続けるリーアとルークの姿がある。
二人とも、こちらの会話に気づいていないのか、ひたすら集中していた。リーアは涼しげな顔のままだが、ルークの額には汗が滲んでいる。
その光景に、ルドルは少し驚いた。
(ルークが、汗……? あのルークが、あんなに頑張ってるんだ……)
リーアだけなら、軽やかにこなしているように見えて、努力の実感は湧かなかっただろう。だが、ルークの汗がそれを補っていた。魔法の特訓が、どれほど集中力を必要とするものなのかが、ようやく肌で感じられた。
その日、夕方まで剣術と魔法の訓練は続けられた。
ルドルは父と共に剣を握り、リーアとルークはひたすら魔力の制御に集中した。気づけば、空は茜色に染まり、影が地面に長く伸びていた。
「ふたりとも、お疲れさま。今日はここまでじゃ。明日の昼からは、しばらくこの訓練を続けるぞ」
オルドの柔らかい声が、空気を優しく割った。
「はーい!」とリーアが元気よく答える。
ルークは黙って頷いた。額の汗が、静かに首筋を伝っている。
「それと、しばらくはこの訓練以外での魔法の使用は禁止だ」
オルドはにこやかにそう告げた。
しかしその笑顔は、リーアの目にはまるで悪魔のように映ったらしい。彼女は一瞬で顔を引きつらせ、絶望の色を浮かべる。
次の日、父の姿は訓練場になく、代わってオルドが朝から三人の前に立っていた。顔つきはいつも通り穏やかだが、その声には芯があり、誰もが自然と背筋を伸ばした。
朝の冷たい空気の中、三人は並んで構えをとった。オルドの指導のもと、木剣を握る手には力がこもり、足元は固く地を踏みしめる。軽い準備運動の後、本格的な剣術の鍛錬が始まった。
「三人で円陣を組むようにして動くのじゃ。互いに間合いを意識して、攻守を切り替えるのじゃ」
オルドの声に従い、ルドル、リーア、ルークは三角形の陣形で向かい合った。最初に動いたのはリーア。軽やかな足運びでルドルに斬りかかる。ルドルは木剣で受け止めつつ、体勢を崩さず次の動きを探った。
その隙を突くように、ルークが横から突きを入れる。ルドルは咄嗟に身をひねり、辛うじてかわすが、次の瞬間にはリーアの追撃が迫っていた。
「なかなかいい連携だな……!」
ルドルは笑みを浮かべながらも必死だった。二人の連携に対し、防戦一方の状況が続く。
リーアはしなやかで速く、動きに迷いがない。ルークは正確で冷静、隙を見逃さない。そのふたりに囲まれてもなお、ルドルは食らいつき、木剣を交錯させる音が何度も響いた。
途中、ルドルが反撃に転じ、リーアに向けて大きく踏み込む。だがその瞬間、ルークが間合いを詰めて打ち込んだ一撃が、ルドルの肩を軽く叩いた。
三人は息を整える。ルドルは悔しそうに息を吐いたが、顔には充実感もあった。
「すごいな、ふたりとも……でも、次は負けない」
そう言って再び木剣を構えるルドルに、リーアとルークが微笑みを返す。 そしてまた、三つ巴の剣が交わる稽古が始まった。
三人はそれぞれが敵であり、味方ではない。誰が誰を狙うのか、一瞬の判断が勝敗を分ける。リーアは素早く斜めに抜けるように動き、まずはルークに斬り込む。ルークは木剣で受け流しながらも、すかさずルドルに意識を向けた。
ルドルはその視線に気づき、逆に先手を取ろうと踏み込む。しかしルークの冷静な読みと硬い構えに阻まれ、逆にカウンターの一撃が飛んでくる。辛うじて受けたルドルの背後からは、すでにリーアの回り込みが迫っていた。
三人が次々に立場を入れ替え、攻守を繰り返す中、誰も気を抜く瞬間はない。木剣がぶつかり合う音が途切れることなく続き、互いの息遣いが混じる。時に同時に二人を相手にする瞬間も訪れる。
ルドルがリーアの打ち込みをいなした直後、ルークの鋭い踏み込みが胸元を狙ってくる。ルドルは体をひねりつつ木剣で払うが、その動きに合わせてリーアの蹴りが脇腹を捉えそうになる。紙一重でかわしたものの、汗が額から滴り落ちた。
三人は無言のまま動き続けた。技の冴えと集中力、それを支える体力。すべてが限界に近づいているのに、誰も止まらない。
それは訓練でありながら、まるで戦場のような緊張感だった。




