13話
白銀の髪が、玉座からゆっくりと立ち上がる影と共に揺れた。
長く流れるような髪は、月光を糸に編んだような神秘の輝きを放ち、まるでその存在だけで空気を凍らせるかのようだった。赤い瞳が静かにこちらを見据える。その双眸には怒りも悲しみも飲み込んだ深淵が宿っていた。
「……ようやく来たか、忌々しき“勇者”よ」
低く、響く声。それは男とも女ともつかぬ妖艶な響きで、だが確かに威厳と冷たさを併せ持っていた。その声を発したのは、均整の取れた長身にしなやかな筋肉を纏い、まるで一枚の絵画のように美しい容姿を持つ魔王だった。
「貴様ら人間の血の欲が、またしても我の静寂を乱した」
魔王は立ち上がる。玉座の間の空気が、熱を帯びるように震える。
「あの忌まわしい夜を、我は忘れぬ。人間どもが自らの都合と欲望で我らを蹂躙したあの日……あの時、我のすべては潰えた」
赤き瞳に宿る怒りが燃え上がる。
「正義? 嗤わせるな。貴様らの“正義”とやらがどれほど多くの命を焼き捨てたか……。我が民も、我が家族も……すべて、人間どもの都合で滅びた。我はただ、静かに在ろうとしていただけだ」
「……言いたいことはそれだけか?」
ニクスの声は静かだった。だが、その瞳には揺るがぬ決意があった。
「過去がどうであれ……お前がこの世界を脅かすのなら、俺は止める。それだけだ」
「止める、だと? 随分と都合のいい正義だな」
魔王が片手を掲げる。その瞬間、黒い炎が広間全体に広がり、空間そのものが異界と化す。
「ならば、見せてみろ。貴様のその“正義”とやらを!」
魔王の足元から闇の波動が奔り、それが咆哮のごとく爆発した。ニクスは即座に反応し、剣を抜いて前へと跳んだ。
「はああああっ!!」
咆哮とともに振り下ろされる剣。だが魔王はそれを右手一本で受け止める。剣がぶつかった瞬間、衝撃波が玉座の間を吹き荒らし、壁が砕け、床が割れた。
「その力……まさか、女神の加護か?」
ニクスは剣を引き、回転しながら斬りかかる。魔王もまた拳を振るい、黒雷を纏った爪が空を裂いた。
剣と拳が交錯し、火花が弾ける。そのたびに広間の空間が歪み、魔力と魔力がせめぎ合った。ニクスの剣が斬り裂くたび、魔王の魔力がそれを受け止め、そして打ち返す。
「小癪な!」
魔王が軽く指を鳴らすと、空間に突如として無数の魔法陣が浮かび上がった。その動作に詠唱の気配はない。
次の瞬間、闇の剣が四方八方から出現し、嵐のようにニクスへと殺到する。その一撃一撃が精密に制御され、まるで意志を持っているかのように襲いかかる。
「くっ……アニマ、今だ!」
瞬間、背後から轟音と共に炎の壁が現れ、闇の剣を焼き払った。
「遅れたな、勇者様!」
「もう少し遅れてたら、派手にやられてたところだぞ!」
二人の口元に、わずかに笑みが浮かんだ。互いに背を預け、次の瞬間を計る。
ニクスが剣を振りかぶり、再び突進した。その隙を縫って、斜め後方からアニクトが疾走し、巨大な斧を両手で振りかざす。
アニマの魔力が全開で放たれ、支援が加わる。同時にアニクトが飛び込み、魔王の後方へ斧を振るった。
だが——
「ふん、雑魚共が!」
魔王の指が一閃すると、黒い衝撃波が放たれ、アニクトとアニマが吹き飛ばされた。
「やめろおおおおおッ!!」
ニクスの叫びと共に、剣が閃光を放つ。
それは、全ての加護と想いを乗せた一撃だった。
「喰らええええッ!!!」
魔王の胸元に剣が到達する。
が——
「浅いな」
返された一言と共に、魔王の赤い瞳が妖しく光る。
凄まじい気配に全員が一斉に後方へ跳び退く。すぐさま、ステラの立つ位置へと集まり、身構えた。
その瞬間、魔王の全身から黒い瘴気が噴き出し、玉座の間を覆い尽くすように広がっていく。
ステラは強く聖印を握りしめ、祈りを込めて詠唱する。彼女の足元から清浄な光が湧き上がり、黒き瘴気に立ち向かう。
しかしその光は押し返され、重圧に押し潰されかけていた。ステラの額には汗が浮かび、唇が震える。
「バインド!!」
仲間を守りたいという一心が、ニクスの叫びと共に魔法へと姿を変えた。足元に展開された魔法陣が、蒼白い閃光を放って爆ぜる。その光はまるで盾のように広がり、侵蝕する瘴気を切り裂いていく。
それは攻撃ではなく、“守る”ための魔法だった。ニクスの胸にある祈りのような想いが、魔法を動かす力となり、仲間の背を護る堅牢な障壁へと昇華した。
光の波が魔王の瘴気を押し返し、空間のひずみが僅かに収束していく。その眩しさの中で、ニクスの意識がふと揺らいだ。
次の瞬間、視界が白く染まり——そして、音が消えた。




