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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
傲慢なリリム

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不正の器


 マルアハ『ベトール』ことスカイ・ハイの住処(すみか)であった“輝く森”は灰燼(かいじん)に帰した。

 月の光に照らされて幻想的な輝きを放っていた枯れ木の森は、今や地獄の烈風吹き荒れる火炎の森に変ってしまった。 真っ赤な炎を闇夜の月まで立ち上らせている禍々(まがまが)しい輝きは、まるで『ファレグ』が棲んでいる“スネーの森”のようであった。


 ゼルナー達が放つ火炎放射器の威力は凄まじかった。 あっという間に“輝く森”を燃やし尽くし、スカイ・ハイを炎の中へ閉じ込めた。

 初めて見る炎の勢いにさすがのスカイ・ハイも動揺した。

 奇襲部隊が装備している火炎放射器は、ただの火炎放射器ではなかった。 マルアハとの戦いの為にシビュラとラヴィが共同開発した最新兵器であり、エネルギー砲に近い兵器であった。

 火炎放射器のトリガーは二段式であった。 内部に貯蔵したマナスを加速させ、トリガーと一段引くと同時に暗黒子(あんこくし)を放ってマナスと結合させる。 マナスが結合し『ズンッ』という凄まじい質量が生まれる。 その瞬間にもう一段トリガーを引くと、光の速度に近いマナスの粒子が再び発射される。 光速のマナスは先に発射した暗黒子と結合したマナスと衝突し、直線的な熱エネルギーを発生させるのである。


 そんな恐るべき火炎放射器で一斉に攻撃されたスカイ・ハイは堪らず空へ逃げようとしたが、空にはイナ・フォグが待機していた。


 「ヴォーチェ・マギカ『バット・コル』!」

 

 美しい鐘の音がスカイ・ハイの耳に響いた刹那(せつな)、スカイ・ハイは再び地上へ叩き落された。

 

 「ガハッ――! ク……クソ……!」


 鐘の音が聞えている間はどうしてもイナ・フォグより先に攻撃することが出来ない。 逃げようにも一瞬でイナ・フォグに回り込まれ、地上へ叩き落とされる。

 “バット・コル”を使われるとまるでイナ・フォグが時間を止めているような錯覚に陥った。 しかし、実際にはイナ・フォグが時間を止めている訳では無い。 鐘の音がスカイ・ハイの認知機能を麻痺させ、時間感覚を狂わせるのである。


 スカイ・ハイは“輝く森”からハーブリムの方角へ逃走し、イナ・フォグの追跡から逃れようとした。

 極彩色(ごくさいしき)の翼から猛烈な暴風を放ち、ゼルナー達を蹴散らそうとするスカイ・ハイ。 ところが、彼等は重力装置を使用し、まるで大地に根を張るように暴れ狂う嵐に耐えた。

 突風に煽られた火炎がスカイ・ハイを包み込む――火炎に撒かれて絶叫を上げるスカイ・ハイにトコヨの戦士に姿を変えたライコウが襲いかかった。


 「――ドウジギリ――!!」


 猛火に包まれたスカイ・ハイに向ってライコウの声が響くと、炎が真っ二つに切断された。 同時に猛火の中から女性の悲鳴が聞えると、胸に大きな傷を負ったスカイ・ハイが転がり出て来た。

 

 「――キャアァァ――!!」


 ライコウの攻撃はスカイ・ハイにとって予想外の攻撃であった。

 火炎の熱は彼女の身体に殆ど傷を負わせなかった。 ところが、ライコウの剣から繰り出された真っ黒い影のような衝撃波はスカイ・ハイの翡翠(ひすい)色の鎧を抉り、彼女に深い傷を負わせたのである。

 スカイ・ハイの傷口は異常であった。 それは刀で切られたというよりも、身体が鈍器で抉り取られたかのような傷口であった。 『スパッ!』と鋭い切り口なら切られた時の痛みはさほど感じないかも知れない。 だが『ゴリ……』という(えぐ)り取るような攻撃はその音を聞くだけで激しい痛みを想像し、身の毛がよだつ。 想像通り、スカイ・ハイはあまりの痛みに身悶(みもだ)えして苦しんだ。


 (――ガハッ!! ……ハァ、ハァ……何なんだ……アイツは……?)


 トコヨの鎧を身に纏ったライコウに、スカイ・ハイがかつて遭遇した時の面影は全く無かった。 白銀の鎧を身に纏った騎士だったライコウが、まさか目の前に(たたず)む武士の姿をしているとは夢にも思わなかったのである。

 天高くうねりを上げる竜巻を造り出し、暴風を切裂きながら真空刃を乱れ打つスカイ・ハイ。 忌々しいトコヨの戦士とイナ・フォグから逃れ、状況の打開を(はか)ろうと輝く森から後退を続けた。

 そして、ついにスカイ・ハイは“塩の大地”が前方に聳える大滝の前まで退却した。



 ――



 「良いねぇ♪ 面白ぇじゃねぇか!」


 灰色の空に渦巻く淀んだ雲を切裂いた真っ黒い戦闘機――コクピットからヘルートが楽しそうな声を上げると「馬鹿言ってんじゃないわよ!」と呆れた声に(さえぎ)られた。

 ヘルートが操縦する黒い戦闘機の後ろには白銀の戦闘機が従っていた。 コクピットにはパイロットジャケットを着たペロートが不機嫌そうに(すぼ)めた目をゴーグル(アイン・ネシェル)の奥から(のぞ)かせている。 彼女はデバイスを起動して“輝く森”周辺の状況を確認していた。


 「――何にも面白くないわよ! 風速は80メートルを超えているわ! これ以上速度を上げたら、機体が持たないわ!」


 ガタガタと揺れる戦闘機を必死に制御するペロート。 歯を食いしばり緊張した様子でデバイスから表示される情報を確認すると、途端に彼女の表情が緩んだ。


 『奇襲ニ成功セリ』


 「やった♪ 不意打ちに成功したわ!」


 ペロートが目を見開いて歓喜の声を上げると、後を追って周囲の戦闘機から歓声が湧上がった。

 ペロートに従っている戦闘機はバハドゥル・サルダールのゼルナー達が乗っていた。 彼等はハーブリムとディ・リターの連合軍である“第一陣”に合わせて飛び立った“第二陣”であった。

 デバイスから歓声が響く中、ペロートは慌ててゴーグルを片手で操作して“輝く森”周辺の映像を受信した。 すると、立体画像にライコウ達が戦っている姿が映し出された。


 「うわぁ!? スゴイ電磁波の嵐! 状況の把握がしにくいわ!」


 ゴーグルで立体化された映像は酷く乱れていた。

 “第一陣”の航空隊によるミサイル、カヨミ隊によるドローンから降り注ぐ爆弾の雨、スカイ・ハイから放たれる強烈な電磁波――そんな混乱した戦場では映像が乱れて当然であった。


 「むぅ……! 一体、ベトールはどうなっているの? “グレイプニル”での捕縛は成功したのかしら?」


 映像ではスカイ・ハイの姿は確認出来なかった。 バハドゥルの航空隊は猛烈な暴風と戦いながら“輝く森”へ急いだ――。


 イナ・フォグの呪術“マスティール・エト・エメット”によって、小熊の置物に偽装したライコウ達はラヴィの合図によって偽装を解除し、スカイ・ハイの奇襲に成功した。

 泡を食ったスカイ・ハイは予想外のゼルナー達の攻撃力に手を焼いて、“塩の台地”真下の大滝まで誘導された。

 大滝の裏の洞窟には粘着弾と特殊な鎖“グレイプニル”を準備していたハーブリムのゼルナー達が待機しており、スカイ・ハイが大滝に近づいて来た途端、一斉に攻撃を開始した。

 スカイ・ハイは強力な電磁波を発生させ、常に敵の居場所を察知することが出来たはず……。 ところが、滝の水は電磁波を遮断する成分が含まれており、スカイ・ハイは滝の裏側で身を潜めていたゼルナー達に気付かなかったのである。


 “グレイプニル”で雁字搦(がんじがら)めに拘束されたスカイ・ハイは必死に翼をはためかして抵抗した。 ところが、空中で炸裂した粘着弾がスカイ・ハイの頭上に降り注ぐと、彼女の翼はたちまち鉛のように重くなった。

 まるで重力に縛られたように地へ這いつくばり、身体中に纏わり付く不快な粘着物質に狼狽(うろた)えるスカイ・ハイ。 あの恐るべきマルアハの威厳は何処へ行ったのか? 彼女はゼルナー達の戦略にまんまと(はま)り、危機的な状況に陥っていた。


 「一気に潰せ!!」


 「滝壺へ引き摺り込め!!」


 戦闘機やドローンから発射されるミサイルは的確にスカイ・ハイだけを攻撃した。 『ボゴン! ボカン!』とスカイ・ハイにミサイルが衝突する度に、大滝の下の湖が噴火を起こしたように水柱を上げて咆吼(ほうこう)を上げる。

 “グレイプニル”で縛られたスカイ・ハイは湖の(ふもと)で転がっている。 あちこちで爆弾が炸裂し、スカイ・ハイは為す術なく吹き飛ばされた。 すると、空中に投げ出されたスカイ・ハイを狙い撃つミサイルが飛んでくる。 轟音を立てて地上に激突したミサイルはスカイ・ハイを地面に叩きつけながら巨大な火柱を上げた――。


 巨大なクレーターの底にボロボロになったスカイ・ハイが横たわっている。 美しい翡翠色の鎧は無残に砕け、麗しい胸元が露わになった破壊の天使。 本来ならゼルナー達の戦力におくれを取る力ではないはずだ。 ラヴィと対峙した時に見せた一瞬の油断が仇となってしまったようだ。


 スカイ・ハイはピクリとも動かなかった。 しかし、ゼルナー達はまだ攻撃の手を緩めない。 ドラム缶に入った少年『アロン』がソルテスに呼び掛けると『ポンッ、ポンッ』と卵のような弾がアロンの背後から飛び出した。 後に待機していたゼルナー達が一斉にグレネードランチャーから粘着弾を発射したのだ。

 

 「……こんなはずじゃ……」


 スカイ・ハイの動揺した声がアロンのマイクから聞えてきた。 火炎渦巻く戦場の熱にも耐える接着剤はスカイ・ハイの翼をへし折った。

 地平線の向こうからは薄明(はくめい)が見える。 堕天の乙女はただ茫然(ぼうぜん)と明け行く空を眺めているようだった。

 

 「やったぜ、アンちゃん! もう、ヤツは動けねぇ!」


 滝裏の洞窟から身を潜めていたゼルナー達はスカイ・ハイが動けなくなった事を確認すると、一斉にジェトエンジンを起動させて洞窟を飛び出した。


 ゼルナー達の勝利はもう目前だった。


 「――ベトールなど恐るるに足らず――!」


 「アイツ、フルより弱いんじゃないのか?」


 ゼルナー達の犠牲はハーブリム所属の者が数名程度。 ライコウ、イナ・フォグ、レグルス、アセナ――主力部隊は全員無事であり、後は拘束したスカイ・ハイを“タコ殴り”にするだけである。


 「油断するな! 一気に叩き潰して(ちり)も遺すんじゃねぇぞ!」


 レグルスの“檄”がゼルナー達のデバイスから響く――。

 “第一陣”の航空隊がスカイ・ハイを“ロックオン”し、再びミサイルを叩き込む。 ドローンは『ヒュル、ヒュル』と重力装置を付けた爆弾を地上に落とし、地鳴りのような爆発音が響き渡った。


 (おかしい……)


 ライコウはイナ・フォグと共に“輝く森”から退却していた。 絨毯(じゅうたん)爆撃に巻き込まれないよう遠くから仲間達の攻撃を見守っていたのだが、何の抵抗もなくゼルナー達の攻撃を受けているスカイ・ハイの様子に不審感を抱いていた。


 (明らかに変だ。 いくら“グレイプニル”で拘束されているとはいえ、何らかの攻撃を仕掛けてきても良いはずだ)


 「レグルス、一旦退却しろ! これ以上、ヤツを攻撃しても無意味だ!」


 危機感を抱いたライコウがレグルスに対して必死に呼び掛ける。 ところが、エクイテスのゼルナー達の士気は最高潮に達しており、ライコウの呼び掛けに応えることは無かった。


 「クソッタレ! お前ら、言う事を聞け!」


 スカイ・ハイを“グレイプニル”で捕縛する作戦が成功するまでは順調だったはず……。 その後、ライコウ、イナ・フォグが前衛でスカイ・ハイと戦い、後衛でゼルナー達が援護をする作戦のはずだった。

 ところが、ゼルナー達は無抵抗なスカイ・ハイに色めき立ち、戦果を焦った。 カヨミ、レグルス、そしてアセナまでもスカイ・ハイの不気味な企みに(だま)され、全兵力をつぎ込んでスカイ・ハイを攻撃し続けたのであった。



 ―― 



 地平線から太陽が顔を出す。 “輝く森”は炎に焼かれて焦土と化した。 マーヴェット湖から発生していた毒ガスは爆弾とミサイルの雨で吹き飛んだ。

 砂嵐が舞い上がっていた大滝の周辺には巨大なクレーターが生まれた。 風は止み、モクモクとした黒煙が立ちこめて周囲一帯を仄暗(ほのぐら)い闇で包み込んだ。

 一際大きなクレーターの底にはピクリとも動かないスカイ・ハイの姿が見える……。 翡翠色の鎧は無残にも破壊され、両サイドに羽根があしらわれていた美しい兜も粉々に破壊されてしまった。 (うるわ)しい灰桜の髪は土埃(つちぼこり)に塗れ、鎖に縛られた哀れな天使の姿を曝け出していた。


 「……や、やったぞ……。 ついに、ベトールを……」


 レグルスが震える声を漏らすと、雄叫びを上げた。



 「――俺達の勝利だ――!!」


 

 誰もが確信していた。


 この戦いに勝利したと……。


 地鳴りのような歓声が大滝を穿(うが)ち、つむじ風にのって空へ舞い上がる。

 

 「アンちゃん、作戦は大成功だったな!」


 アロンが紅い瞳を細めて小躍(こおど)りしながら、ソルテスの許へ駆寄った。

 アロンの背後からリクイ達も駆け付け、皆マルアハ討伐の歓喜に沸いていた。


 「もう、恐れることは無い! ベトールを跡形も無く破壊しろ!」


 アセナが兵士達に向けて告げると、口々に勇壮な叫びが上がった。


 「憎きマルアハをぶっ壊せ!」


 「――オオォ――!!」


 「マザー、万歳!!」


 ゼルナー達はスカイ・ハイの()()に顔を向けると、翼を失った天使に無慈悲な追撃を加えんと雄叫びを上げた。


 ところが、追撃に水を差すライコウの怒声がゼルナー達のデバイスに響いて来た。


 「――馬鹿野郎、何をはしゃいでいる! 早く、その場から離れろ!」


 ライコウは確信していた。


 『これはベトールの罠だ』と……。


 ところが、イキリ立ったゼルナー達にはライコウの呼びかけなど届かない。

 

 「ちょっと、皆何やっているの!? ベトールはまだ生きてるんだよ!」


 上空を旋回する戦闘機からセムの慌てた声が聞えて来た。


 戦闘機に乗っているゼルナー達は地上で起きている異常な事態に唖然としていた。

 彼等のデバイスにはまだスカイ・ハイは“グレイプニル”に捕縛されたまま、()()()()()()()ようにしか見えなかったのだ。

 

 翡翠色の鎧を煌めかせ、立派な兜を被ったまま極彩色の翼に禍々(まがまが)しい瘴気(しょうき)を放ちながら……。


 「な、汝等(なんじら)、一体どうしたのだ――!?」


 一気呵成に突撃するゼルナー達に狼狽するラヴィ――彼等を何とか止めようとするが、興奮したゼルナー達に押し倒され、揉みくちゃにされた。


 「ウワァァ!? 汝等、止めるのだ!」


 目を回すラヴィの横でライコウも必死で兵士達を止めようとしていたが、ライコウすら押しのけたゼルナー達は脇目も振らずにスカイ・ハイがいるクレーターへ次々と滑り込んで行った。


 「クソッ! お前ら、止まれ――!!」


 ライコウは目の色を変えて突撃するレグルスを投げ飛ばして失神させた。

 オオカミの姿となったアセナはハーブリムのゼルナー達を率いて、クレーターの中へ入ろうとしている。 ライコウは彼等を見つけると稲妻の速さで回り込み、アセナ達の前に立ちはだかった。

 

 「邪魔するな!」


 アセナはイキリ立ってライコウに双剣を振り下ろすが、あっけなくライコウに蹴り飛ばされて気絶した。


 「アワワワ……ラ……ライコウ殿! キサマ……裏切ったか!?」


 先を急ごうとしたソルテスを抑え付けたライコウに向って、ハーブリムのゼルナー達が(すく)み上がる。 彼等はライコウが乱心し、マルアハ側に寝返ったと勘違いしているようだ。


 「目を覚ませ! これは罠だ!」


 ライコウの必死の呼び掛けにもリクイ、ソルテスが率いるハーブリムのゼルナー達は目を覚まさなかった。 ただ、刀を抜いたライコウの全身から放たれる恐るべき出力の前に先へ進むことが出来ず動揺していた。


 「アロン、今のうちにベトールを――!」


 ライコウに邪魔をされたソルテスは先にクレーター内へ侵入したアロンに呼び掛けた。

 アロン率いる百名近い奇襲部隊は、すでにスカイ・ハイがいるクレーターへ侵入してしまっていたのである。

 ライコウの目にはクレーターの底で剣を構えるスカイ・ハイの姿が映っていた。 急峻(きゅうしゅん)な崖のように抉れた巨大なクレーターを滑り降りていく勇猛果敢なゼルナー達を見据えながら、七色の翼を怪しく輝かすスカイ・ハイの様子に、ライコウは背筋が寒くなった。


 「マズイ――!」


 スカイ・ハイが“何か”をしようとしている事は明白であった。

 茫然とするソルテス達を尻目に、ライコウはアロン達を助けようとクレーターの中へ急ごうとする。 ところが、背後から伸びて来た白く美しい手に腕を掴まれ、ライコウは立ち止まった。


 「ライコウ、行っちゃダメ!」


 「フォグ! 一体ヤツは何をやったんだ!?」


 必死に腕を掴むイナ・フォグに、焦燥(しょうそう)に駆られた蒼い瞳を向けたライコウ。 すると、イナ・フォグは目を伏せて首を振った。

 ……その様子はまるでクレーターへ侵入した者達に向って『もう助からない』という無念の思いを表明しているように見えた。

 

 「……“ファフィール・リフテル”。 スカイ・ハイは魅惑の光によって器械達に幻を見せているの」


 「な、何だって――!?」


 ライコウは言葉を失った。 イナ・フォグはライコウの瞳を真っ直ぐ見つめると、腕を引き寄せて一緒にその場を離れようとした。

 

 「ライコウはこの場を離れて! ラヴィはカヨミと一緒にもう退避している!」


 「待ってくれ、フォグ! 皆を――!」


 翼を広げて飛び立とうとするイナ・フォグをライコウが止める。 すると、イナ・フォグは焦れったい様子でライコウから手を離し、先に逃げるようライコウに促した。


 「――分かってるわ! 私が“アラフェール・ライラ”で出来るだけ防壁を張るから!

 ただ、スカイ・ハイに近い者達はもう間に合わない!」


 「クソッ! もっと早く、気付いていれば!」


 イナ・フォグはライコウの苦渋の声に哀しげな瞳を向けた。


 「ゴメンなさい、ライコウ。 私がもっと早く気付くべきだった……」


 ライコウはイナ・フォグを詰ったつもりはなかった。 しかし、イナ・フォグはアロン達を助けることが出来なかったのは『自分の責任』だと言葉を絞り出した――。


 『アンちゃん! ベトールのヤツ、もうボロボロだぜ!』


 両腕を機関銃に換装したアロンが、得意げにデバイスからソルテスに呼び掛けた。


 『アロン、ライコウさんが裏切った! 早く、ベトールを始末してくれ!』


 ソルテスの慌てふためいた声がアロンのデバイスから響くと、アロンは信じられない様子で目を丸くした。


 「マジ!?」


 一瞬戸惑いを見せたアロンであったが、兄の言う事はいつも間違いがない。


 「クソッ、ライコウめ! ふざけやがって!」


 ソルテスの言葉を真に受けたアロンは歯ぎしりをすると、奥に見える泥だらけの天使に向って銃口を向けた。


 「皆、オイラに続け――!」


 アロンはワイヤーのような長い片手を上げ、背後の仲間達に号令を掛けた。 すると、仲間達は気勢上げてアロンの呼び掛けに応えた。

 アロンは満足げに赤い目を光らせ、仲間達に向って振り上げた片手を振り下ろした。


 「――撃って、撃って、撃ちまくれぇぇ――!!」


 耳を(つんざ)く銃声が響き渡る。

 アロン達はスカイ・ハイに向って一斉に機銃を掃射し、手榴弾を投げつける。 一瞬静まっていた戦場に再び火炎が舞い上がり、黒煙が立ちこめた。


 アロン達は執拗(しつよう)なまでにスカイ・ハイを攻撃し続けた。 目視ではすでに死んでいるように見えるスカイ・ハイであったが、デバイス上では彼女の状態が全く分からなかったので不安だったのだろう。

 

 「よぉし! もう、良いだろ!」


 アロン達の攻撃が止み、クレーターの底は硝煙が立ち籠めた。


 『アンちゃん、やったぜ! ヤツはもうカンペキに動かな……』


 アロンは声を弾ませながら兄に向って戦果を報告しようとした。 ところが、煙の中から七色の光が輝いている様子を確認すると、言葉を詰まらせた。

 煙の中から怪しく輝くオーロラのような光……。 デバイスで調べると、なんとスカイ・ハイの翼から放たれる光であった。


 「バカ言ってんじゃねぇ! もう、死んでるはずだぜ!?」


 アロンは目を疑った。 翼は()げ、身体は(ねじ)れ、破壊の天使はもの言わぬただの人形となったはずである。 翼が光り輝く事などあり得ない。


 『これだけ攻撃すれば、もう大丈夫だろう』


 決して引き千切る事の出来ない鎖“グレイプニル”でベトールを縛り上げた。 兄と一緒に研究開発したとっておきの粘着弾でベトールの動きを止めた。

 ゼルナーとなった自分の手に余るほどの強力な武器でベトールを蜂の巣にした。


 全てが計画通り、全てがカンペキだったはず……。


 アロンは自分の感性を信じた。 目視に頼り、デバイスでの確認を怠り、仲間達と共に無謀にもスカイ・ハイに近づいた。

 

 その時だった――。


 鎖に縛られた天使の翼が(まばゆ)いばかりの閃光を放つと、アロンの目の前が真っ白になった。


 『――アロン――!!』


 兄の呼び声がノイズに塗れて聞えて来る。 すると、その叫びに応えるように、光の中から翡翠色の鎧を纏った美しい天使の姿が現われた。


 「……オイラは幻を見ているのか……?」


 憎き天使は地に這いつくばって鎖に縛られていたはず。 真っ白い滝の水を浴び、泥だらけになり、粘着物質に塗れた哀れな姿を晒していたはず。

 ところが、光の中から現われたスカイ・ハイは傷一つ負っていない。 引き千切られた“グレイプニル”を左手に持ち、右手に鋭利な小剣を(きら)めかせ、美しい兜の中から冷酷な目でアロンを睨み付けていた。


 「――光に溶けるが良い――」


 ソルテスは真っ白い光に包まれていくアロンを茫然と見つめていた。

 まるで時が止まったかのようにその光景はゆっくりと瞳に刻まれる。 その時、アロンは全てを悟った。


 「オイラは……幻を見ていたんだ……」


 アロンは光の中から兄に語りかけた。


 「アンちゃん、ゴメン……オイラ……」


 別れの挨拶も出来ぬまま、跡形もなく消え去ったアロン。 クレーターの中にいたゼルナー達は一人残らず七色の光に吸い込まれ、ネジ一本も遺さず溶かされてしまった。

 


 ――



 『お師匠様! 何処にいるのん! 私一人じゃ、ダメですって!

 

 ……グエッ! ウヒャァ!


 何、このバケモンは――!? ギャァ!』



 『――プツン――!』


 

 台風と呼ぶのも生ぬるいほどの豪風吹き荒れる異常な空を切裂くように飛ぶ一人の器械。

 三角帽子を被った魔女風のゼルナー『シビュラ』は弟子のエンドルの慌ただしい声をデバイスで聞きながら、彼方に立ち上る“炎の柱”を目指していた。


 どうやら、エンドルはスカイ・ハイが召喚した何かしらの化物と戦っているようだ。

 シビュラが飛んでいる東の空にはショル・アボルすら見かけない。 空を飛ぶ化物の(ほとん)どが西側――“輝く森”の近辺に集結しているようだ。

 各都市の航空隊も出撃を完了し、雪崩(なだれ)を打ってベトールがいる決戦の場へ向っている。 シビュラが向っている炎獄の砂漠は器械達など誰もいない。 ただ、炎の柱から聞えるマルアハの孤独な叫びが、暴風となって彼女を押し戻すだけであった。


 シビュラの身体は全身に薄暗い影を纏っていた。

 両手は漆黒の影となり、背中に揺らめく翼のような(もや)が糸のように猛烈な風に流されている。 その様子はまるで黒い流れ星のようであった。

 シビュラが纏っている黒い影の正体――それは“暗黒子”と呼ばれる素粒子であった。

 目に見える程の異常な“暗黒子”の量……。 身体から溢れ出る程の膨大な量は通常では考えられない。 マナスの制御に失敗すれば一瞬で大爆発を起こしてしまう程の危険な量である。


 シビュラは何故、こんな膨大な“暗黒子”を身体から放出しているのか?

 その理由は彼女の体内に接続されている“アニマ”をマザーに換装してもらったからであった――。


 『シビュラ、貴方の願いはワタクシが叶えてあげますわ♪


 マルアハ「ファレグ」を倒せるほどのマナスを貴方に与えましょう!』


 マザーはそう言って、シビュラの“アニマ”を新しくした。 アニマは一度体内に接続すると壊れるまで外すことが出来ない。 本来なら“アニマ”を換装することなど不可能であるが、マザーは呪術を使用して“アニマ”の換装を実現したのである。


 『これで貴方はマルアハに匹敵するほどのマナスを体内に取り込む事が出来ますわ♪


 ただ、マナスを大量に取り込んでもエネルギーを放出する為の“暗黒子”が足りませんわ』


 “アニマ”を付け替えてマナスを大量に取り込めても、マナスと物質を結合させる触媒である“暗黒子”が足りなければ宝の持ち腐れである。

 そこで、シビュラはペイル・ライダーに頼んで大気中や宇宙空間から“暗黒子”を収集する“モジュール(装置)”を製造してもらい、その“モジュール”に“暗黒子”を取り込んだ。

 

 そして、“暗黒子”を取り込んだ“モジュール”はシビュラの背中に装着した――復讐に燃える暗黒の翼として――。


 腐敗した沼地を越え、灼熱の砂漠の上空へさしかかったシビュラ。 すると、突然前方に燃え広がる炎の柱が爆発したかと思った瞬間――突如として蒼白(あおじろ)い火の玉が飛び出して来た!


 「――ファレグ――!!」


 迫り来る火の玉に向って叫んだシビュラ――その震える声は峻烈(しゅんれつ)な怒りの声……。 突き出した左手は憎悪の影を纏い、火の玉に向って真っ黒い波動を放射した。


 「キサマをココで消滅させる!!」


 暗黒の手から放射状に影が広がると、まるで雷雲のように膨大な稲妻が発生した。


 『――ピシャン――!!』という轟音と共に前方に爆発が起こり、シビュラは後方に吹き飛ばされる。

 ところが、蒼い火の玉は凄まじい爆発をものともしない。 まるで龍のように踊り狂う雷の嵐をくぐり抜け、シビュラの前に美しい姿を曝け出した。


 「お前……やはりこの時を待っていたのか」


 シビュラの目の前にマルアハ『ファレグ』こと『イナ・ウッド』が現われた。

 紅のコルセットドレスを着た黒い狐耳を持った天使――淡い桜色をした白鳥のような片翼と真っ黒いコウモリのような片翼は美しくもあると同時に禍々しかった。

 首からぶら下げているネックレスには丸い宝石が付いている。 まるで目玉のような紅玉の宝石はイナ・ウッドが放つ蒼炎に照らされて妖艶(ようえん)な輝きを放っていた。

 頭上にはオレンジ色に輝く炎の輪がグルグルと回転しながら浮いている。 風に舞う長いツインテールは翼よりも濃い艶やかな桜色――毛先に従って漆黒に染まり、先端はキラキラと蒼白い煌めきを放っていた。

腰の辺りから生えていると思われるフサフサした尻尾は髪の毛と同じく桜色であった。 尻尾の先は蒼い炎がメラメラと怪しく燃えている。 不思議な事にこの炎は猛烈な風に煽られる事もなく、消える事も無い。 ただ悠然と燃え続け、凄まじい熱を放出していた。


 シビュラと対峙したイナ・ウッドは黒い狐耳を『ピク、ピク』と動かしていた。 どうやらこの狐耳で音を拾っているようだ。 両サイドの髪から覗く人間の耳は単なる“アクセサリー”なのだろう。 左耳には銀色に輝くピアス、右耳には影のように暗い漆黒のピアスを付けているだけで特に不審な点はなかった。 本当の耳は頭から生えている狐耳で間違いない。

 瞳は真っ直ぐシビュラへ向いていた。 一方で狐耳はベトールがいる“輝く森”の方へ向いている。 あからさまに敵意を剥き出しにするシビュラを前にしても、どうやらベトールとゼルナー達の戦いを気にしているようだ。


 そんなイナ・ウッドの漫然とした様子を黙って(にら)み付けているシビュラ。 普段見せているおっとりとした様子とは打って変わって、悲壮感すら(ただよ)う厳しい表情を見せている。


 ……シビュラはイナ・ウッドに攻撃する隙を(うかが)っているようだった。

 目の前にデバイスのフィールドを展開し、イナ・ウッドの行動を予測するシビュラ。 デバイスによるとイナ・ウッドはシビュラの出方を待っており、自分から攻撃を仕掛けるつもりは無いという予測を出していた。


 眠そうな目でシビュラを眺めているだけのイナ・ウッド。 一見するとやる気の無さそうな表情で隙だらけのように見えるのだが、シビュラは攻撃する事を躊躇(ためら)っていた。

 

 (……さすがは化物。 まるで攻撃する隙が無い)


 『恐らく攻撃を仕掛けてもファレグに傷を負わす事は出来ないだろう』――そう思わせる程の圧倒的な威圧感を放っている蒼炎の天使。 デバイスではもはや彼女の膨大なエネルギーを数値化することが出来ない。 しかし、このままイナ・ウッドの出方を待っているだけでは、異常な高熱に晒されてエネルギーを消費する一方である。

 シビュラはついに痺れを切らしたのか、イナ・ウッドに攻撃を仕掛けた。


 唐突に影となった片手をイナ・ウッドに向って突き出したシビュラ。 イナ・ウッドはシビュラの様子を見つめたまま、警戒する様子は無い。

 突き出したシビュラの手から漆黒の靄が湧上がる。 不思議な事にこの靄は吹き荒れる暴風に流されもせず、一直線にイナ・ウッドへと向って行った。


 そして、イナ・ウッドの目の前に靄が迫った瞬間――。


 『――ボゴンッッ――!!』


 まるで空を抉るような重苦しい爆発音が響き、瞬く間に周囲が暗闇に包まれた。 その凄まじい爆風にシビュラは片目を(つぶ)り、後方に飛ばされないよう力を籠めた。

 高速で駆け回る風と大気中の粒子が衝突し、そこかしこから稲光が放たれる。 イナ・ウッドの頭上には『ゴロ、ゴロ……』と(うな)り声を(とどろ)かせる稲妻が空を切裂いた。

 ところが、イナ・ウッドは猛烈な雷に撃たれても動じる事はなかった。 まるで何事も無かったかのようにその場を動かず、シビュラに話しかけた。


 「お前、本当にアタシと戦うつもりなのか?」


 イナ・ウッドは小さな口からくぐもった声を出した。 吹き荒れる風と暴れ狂う雷の喧騒の中、彼女の小さな声などシビュラの耳に届くはずは無かった。 ……しかし、不思議な事にイナ・ウッドの鼻声はシビュラの頭の中から聞えて来た。


 (聞かなくても分かるだろう……)


 シビュラはそう答えようとしたが、イナ・ウッドはシビュラの返事を待たなかった。 不機嫌そうに目を窄めると、ユラユラ揺らしていた狐の尻尾を左右に『ブンッ、ブンッ!』と二回振った。


 イナ・ウッドが尻尾を振ると、彼女の身体を取り巻いていた炎が猛然と唸りを上げた。


 『――ウオオオン――!!』


 嵐のような突風を撒き散らし、竜巻のような渦を巻ながら天高く伸びていく蒼い炎。 ……その光景はまるで天へ昇る蒼龍(そうりゅう)のようだった。

 恐るべき咆吼を上げながら高々と舞い上がった龍は空中で散開すると、上空から流星のような火の玉を降らせた。


 「くっ――!!」


 シビュラは歯を食いしばり、瞬時に出力を最大まで上げた。

 一秒にも満たない早さでデバイスフィールドを展開させたシビュラ。 瞬く間に全身に黄金色のシールドを張り巡らせると、シビュラの頭上に灼熱の火の玉が降り注いだ――。

 まるで魔神が吐き出したかのような禍々しい蒼い火の玉は次々とシールドに当たって火の粉を散らす。

地上へ墜ちていった火の玉は荒涼とした砂漠の大地を忽ち溶岩の川へ変えた。 シビュラを取り巻く周囲の空気が異常な高温に達し、景色が歪んだ。


 「お前……“不正”を働いているな?」


 イナ・ウッドは眠そうな目を開き、狐耳をピンと立てた。 彼女はシビュラが使用した黄金色(こがねいろ)のシールドの正体を知っていたようだ。


 「お前達だけじゃないみたい。 呪術を使えるのは……」


 なんと、シビュラが使用した防壁はマルアハ達が使用する呪術であった。

 シビュラの告白にイナ・ウッドは少し驚いたようであった。 狐耳を立てたままシビュラを一瞥(いちべつ)すると、鞭のように尻尾をしならせた。


 尻尾を叩きつけるように振り下ろしたイナ・ウッド。 シビュラはデバイスのシールドを張ってイナ・ウッドの行動に警戒を強めた。

 ……ところが、イナ・ウッドは気を落ち着かせる為に尻尾を振っただけであったようだ。

 尻尾の先で燃えさかる蒼い炎が美しい弧を描いただけで何も起きず、シビュラはいささか拍子抜けしたように目を瞬かせた。


 「……成る程、“ワァサ・イニクタティス (不正の(うつわ))”を使ったのか」


 イナ・ウッドが口に出した“ワァサ・イニクタティス”という言葉――それはマザーが使用する呪術の一つであった。

 マルアハが体内に宿す“アマノシロガネ”を模倣した“器”を創り出す呪術“ワァサ・イニクタティス”。 呪術によって“器”を宿した物体は意思を持ち、感情を持つ生物となる。


 「“器械”とは『(うつわ)を持つカラクリ人形』という意味。 だが、お前達が持つ器はアタシ達が持つ“アマノシロガネ”でもなければ、“ワァサ・イニクタティス”によって創られた器でもない。 ヤツが人工的に造り上げた“ニセモノの器”。

 ヤツは“アマノシロガネ”を人工的に再現して“ニセモノの器”を造った――“アニマ”とかいう名に変えて。 物言わぬ、感情もないお前達に命を吹き込んだ――裸の王となる為に。

 ヤツは『自主性』だの『自由意志』だのと言ってお前達を惑わしているが、とどのつまり自分が“虚栄の神”となってお前達を“箱庭”の中で育てる為に“ニセモノの器”を造っただけだ。


 そんな事はお前も良く分かっているはずだろう?


 ……そして、お前はその“ニセモノの器”を取り払い、呪術によって“不正の器”を得た存在」


 シビュラはマザーによって元々体内に接続されていた“器”を取り払い、マザーによる呪術で新たな“器”を手に入れた。 “外の世界の神”によって創造された“不正の器”を――。


 「ヤツがお前に“ワァサ・イニクタティス”を用いた理由――それは、お前を使ってこのアタシを滅ぼす為。

 アタシに対して憎悪を抱くお前を利用し、アタシと戦わせようとしている」


 ファレグの身を包んでいた蒼い炎が消え去った。

 相変わらず眠そうな目でシビュラを見つめているイナ・ウッド。 その瞳にシビュラに対する敵意は感じられなかった。

 シビュラはイナ・ウッドの話を黙って聞いていた。 彼女に敵意が無いことは分かっていたからである。

 先ほどの尻尾による攻撃はシビュラを試しただけ――シビュラの性能を確認する為の威嚇(いかく)に過ぎなかった。


 「お前の性能はヨリミツをも凌駕する。 “不正の器”を手に入れたお前はもうヤツの管理外におかれている。


 “リミッター”は外れた。


 ヤツはお前の性能に期待し、危険を冒してまで“不正の器”をお前に与えた。 アタシを消滅させる為に。


 ……だが、お前も気付いているはずだ。


 どんな強大な存在であろうと、たとえ“外の世界の神”であろうと、このアタシを消滅させる事など出来ない事を」


 いつの間にか猛烈な風は止んでいた。 先ほどまで怒り狂っていた空は不思議な事に落ち着きを取り戻した。

 イナ・ウッドから放たれていた熱波が生暖かい風へと変わりシビュラの頬を穏やかに撫でた。


 「今更、お前に謝罪しようという気は無い。 それに、お前は謝罪など受入れる気はないだろう。

 

 だからアタシはお前に聞いた――『アタシと本当に戦う気なのか?』と――。


 お前がどうしても復讐を果たしたいというのなら、それも良い。 だが、残念ながらお前は復讐を果たすことは出来ない。


 いくらお前が最強の器械となろうが、お前の性能ではアタシを滅ぼす事は出来ないのだから」



 ――



 マザーにとってイナ・ウッドは『目の上のたんこぶ』であった。 放っておけば害は無いが、一度暴れ出せば手が付けられない。

 マザーではイナ・ウッドを倒すことが出来ず、また他のマルアハでもイナ・ウッドの力には及ばなかった。


 つまり、イナ・ウッドはこの星で最強の存在であった。


 だが、そんな最強の存在でも倒すことが出来る方法があった。


 『ダカツ――すなわち“混沌の女王”という禍々しい存在を利用する事――』


 “混沌の女王”は“外の世界”で生まれた。 恨みによって形を成し、妬みによって色を成した。 そして憎悪によってこの“夢見る現世”に顕現(けんげん)する。

 現在、この忌まわしい存在はイナ・フォグの心に棲んでいる。 イナ・フォグの分身である月のようなエネルギー体の奥底で眠っている。 彼女の身体を乗っ取って、現世へ姿を現そうと息を潜めている。


 シビュラがイナ・ウッドに抱いている峻烈な憎悪――それは“混沌の女王”がこの世界に顕現する為のエサであった。

 つまり、マザーはシビュラを利用して“混沌の女王”をこの世界に呼び出し、イナ・ウッドを滅ぼそうとしているのだ。


 イナ・ウッドは言った。


 「“混沌の女王”を呼び出す事――それはイナ・フォグの身体が女王に乗っ取られてしまう事を意味する。 つまり、イナ・フォグが消滅する事に等しい。

 アタシが女王と戦えば、女王は無事では済まないだろう。 ……だが、それはアタシも同じ事。

 

 ヤツにとってはこれ程都合の良いことは無い。

 

 『イナ・フォグとアタシをこの世界から消滅させ、アタシと戦って弱体化した“混沌の女王”にトドメを刺す』


 それこそ、ヤツが思い描く“醜い計画”……。


 シビュラ、お前はそんなヤツの口車に乗ってアタシに無謀な戦いを挑むと言うのか?」


 ファレグはイナ・ウッドに問い質した。

 いくら憎悪を抱き、復讐を誓おうとも、圧倒的な力の差の前では復讐を成就できる可能性はゼロである。 シビュラのデバイスでもはっきりゼロだと断言している。

 ゼロに可能性なんていう概念は無い。 ゼロはゼロ――シビュラはイナ・ウッドに絶対勝つことが出来ないのである。


 「そんな事は分かっているみたい。 でも、私はお前を滅ぼす為に戦う」

 

 ……しかし、彼女は意志を貫いた。

 たとえ無謀な挑戦でも。 たとえマザーに利用されていようとも――。


 「お前を倒せなくても、お前の身体に傷の一つは付けてやる!!」


 愛する恋人を殺された恨み。 その峻烈な憎悪は復讐という漆黒の炎となり、シビュラの身を包んだ。


 風は再び激しくなった。 空中で戦うにはあまりにも不利である。

 とはいえ、地上の砂漠は砂が溶け、灼熱の溶岩に変っている。 シビュラには空中で戦う以外に選択肢はなかった。

 背中から噴き出す暗黒子は空気を凍結させるほどの極低温である。 通常ならシビュラが留まっているだけで周囲の空気は凍り付き、暴風は吹雪となる。

 ところが、イナ・ウッドから放たれる熱が想像を絶する高温であるため、暗黒子でさえも暴れ回り状態が不安定となった。


 イナ・ウッドは寂しそうな瞳でシビュラを一瞥すると、再び尻尾を『ブンッ!』と振った。

 輪を描くように尻尾を激しく振り回したイナ・ウッド。 すると、尻尾の先で燃えている蒼い炎がグルリと彼女の身体を取り囲んだ。

 イナ・ウッドは再び蒼炎(そうえん)の防壁に包まれた……。 今のままではシビュラがイナ・ウッドに勝つことは不可能である。


 ……だが、シビュラには『奥の手』があった。

 それは身を滅ぼす悲しき呪術。 全てを犠牲にする代わりに、僅かの間だけ“外の世界の神”の姿を借りるという恐ろしい“業”であった。


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