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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
傲慢なリリム

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 地底都市『ハーブリム』から地上に出て、西へ向うと壮大(そうだい)な大滝が立ちはだかっている。

 巨大な壁のような切り立った(がけ)から流れ落ちる真っ白い滝。 『塩の台地』と呼ばれる雪のように白い大地から流れる雄大な滝は、電磁波を(さえぎ)る乳白色の物質が含まれていた。

 滝が流れ落ちる広大な湖は不気味な程薄暗い。 そこかしこでプラズマが怪しく光り、風の音がまるで悲鳴のようにこだまする。 猛然と吹き荒れる風は金属の粉塵(ふんじん)が混ざった砂嵐。 身体を浸食し自由を奪う真っ白い滝の飛沫(しぶき)。 器械の人工皮膚を石のようにする白濁した液体は、決死の覚悟で崖を這い上がって塩の台地へ行こうとする数多(あまた)のゼルナー達の行く手を阻んだ。


 マザーの命でマルアハ『アラトロン』へ会いに行く為、ハーブリムから塩の台地へ向おうとした新米のゼルナー達はこの最初の難関で殆どの者が力尽きた。 多くのゼルナーは滝壺の中へ落下して物言わぬ鉄クズと成り果てた。

 非業の死を遂げた彼等は滝が流れ落ちる湖底で真っ白い岩となって沈んでいた。 仲間達の助けを待ち続けながら……。

 だが、何年も、何十年経っても誰も彼等の亡骸(なきがら)を拾おうとする者などいなかった。 侵入したら二度と這い上がる事が出来ないような大渦を巻いた恐るべき滝壺である。 そんな()まわしい悪魔の口へ潜り、仲間達の遺体を救い出す者など誰もいなかったのだ。

 ……ところが、そんな恐ろしい湖の中へ無謀にも入って行く大勢の騎士達がいた。

 彼等は水底で永遠に助けを求める仲間達を救おうとしていた訳ではなかった。


 ベトールとの戦闘を明日に控えたハーブリムのゼルナー達は、ベトールに奇襲を仕掛ける為の準備を開始していた。

 稲光が(ほとばし)る薄暗い湖を目の前にして、恐るべき飛沫(しぶき)を上げる雄大な白い滝に圧倒されて息を呑む千人のゼルナー達。 すると、彼等を先導していた大柄の騎士が先陣を切って湖の中へ飛び込んだ。

 先に飛び込んだ者は大きな丸い肩当てに、二本の角を付けた兜を被った立派な黒騎士であった。 背中に大砲のような大きな武器を(かか)えているにもかかわらず、両足に装着したスクリューで猛然(もうぜん)と水面を駆出す黒騎士は、ハーブリムのゼルナー『リクイ』であった。


 リクイは飛沫を上げながら、大滝へ向って特攻する。 ところが、見る見る内に彼の身体が水中へ引き込まれるように沈んで行き、やがて薄暗い霧の中に包まれた。


 「隊長に続け!」


 そんな命懸けのリクイの背中を見たゼルナー達は意を決して湖の中へ入って行った。

 兵器を積み込んだ鉄製のボートが次々と湖を駆ける。 すでに大滝に飲み込まれて真っ二つになった船の残骸が湖面に浮かんでいる。 そんな無残な光景を横目に滝を切裂いて奥の洞窟を目指すボートの群れ。 壁のような滝に弾き飛ばされた兵士達が続々と湖の中へ落ちても、(ひる)むこと無く奥へ奥へと突き進む。


 「ギャァ! 誰か、誰かタスケテください!」


 「死にたくない! ママ、パパ!」


 助けを呼ぶ若いゼルナーの声が湖上に響く度、仲間達のデバイスにノイズが走る。 彼等はデバイスを切り、目を閉じて仲間達の悲鳴に耳を塞ぎながら必死に滝の裏で口を開ける洞窟を目指した――。


 リクイ達の部隊は滝の裏にポッカリと開いた広大な洞窟に身を(ひそ)め、作戦開始まで待機する事となっていた。 湖を渡って滝の裏側へ行くだけの単純な任務のはず。 ところが、この任務を遂行するだけでもおよそ百人のゼルナーが湖の底へ沈んで行った。


 「……ふぅ。 滝の裏側へ行くだけで、ショル・アボルを相手するよりもしんどいとは……。

 しかし、任務は無事に完了した。 後はアラトロン様の合図を待つのみ」


 リクイは無事に大滝を越えて裏側の洞窟まで辿り着いていた。

 まるでワックスのような光沢のある真っ白い液体を全身に浴びたリクイ。 黒光りしていた立派な鎧はもう見る影も無い。

 続々と洞窟へ到着する部下達も黒い鎧から白銀の鎧へと変わっており、皆一様に疲れ果て洞窟内で倒れ込んでいた。


 「うぅ……。 もうダメだ、足が石のようになっちまった……。

 身体が……身体が動かねぇよ!」


 「4425(ヨシヒコ)……許してくれ。 戦いが終わったら必ずお前を湖の底から救い出してやるから……」


 (うめ)き声と嘆きの声が響く洞窟の中――その光景は『これがこれから戦闘をする兵士達の姿か?』と首を(かし)げたくなるような無残な有様であった。


 ところが、そんな悄然(しょうぜん)としたゼルナー達の中で二人だけ意気揚々と戦闘の準備をしているゼルナーがいた。


 「アンちゃん、“粘着弾”の準備はバッチリだぜ!」


 「いいぞ、アロン! 改良に改良を重ねて“改悪”に転じた私達の“粘着弾”であれば、必ずベトールを水底(みなそこ)へ引き()り落とす事が出来る!」


 アロン、ソルテス兄弟は他のゼルナー達とは違い、平然とした様子で着々と戦闘準備を進めていた。

 マルアハ達との死闘をくぐり抜けてきた二人にとって、底なし沼のようにドロドロとした湖など恐れるに足らなかった。 イナ・フォグと対峙した『ダカツの霧沼』を駆けずり回った時のように、水面(みなも)を一気に駆け抜けて砲弾のように大滝を穿(うが)ち、あっという間に滝の裏側へ到達したのである。


 滝の裏へ到達しただけでかなりの燃料を消費していたリクイは、平然としているアロンとソルテスに言葉を失っていた。


 (……や、やはり、マルアハとの戦いを生き延びた者達は違うな)


 かつて『自分より性能の良いゼルナーはハーブリムに存在しない』と豪語していたリクイであったが、ライコウの存在によって自分が如何に()()()()()()()ゼルナーであるか痛感した。

 ライコウを(した)って共にマルアハと戦ったアロンとソルテス。 リクイはハギトとの戦いこそ二人と共に死線をくぐり抜けたが、フルとの戦いの時はハーブリムの巨大モニタで皆の戦いを祈るように見つめているだけで戦闘に参加出来なかった。

 

 フルとの壮絶な戦いを目の当たりにしたリクイは思い知らされた。

 

 「俺の性能は“並”だ」と――。


 ゼルナーでもないバイク型器械『サクラ2号』のスピードすらリクイのカメラでは追う事が出来なかった。

 終末の世界に降り注ぐかのような猛烈な(ひょう)と恐ろしい稲妻の嵐。 モニタ越しに見守っているだけで身震いのする戦場の中で戦い続けたライコウ達。 もし、リクイがその場にいたらきっと腰を抜かして大雪原から逃げ出していたに違いない。

 そんな地獄のような戦場でアロンとソルテスは生き延びたのである。 リクイが二人に畏敬(いけい)の念を抱かないはずがなかった。

 

 リクイが茫然(ぼうぜん)と二人の様子を見つめていると、不意にソルテスが声を掛けて来た。


 「あっ、隊長さん! そういえば、グレネードランチャーは人数分揃っていますよね?」


 リクイは突然の問いかけに面食らったが、すぐに「……ああ! もちろんだ!」と(うなず)いた。


 「もちろん、ベトールを捕縛する“(くさり)”も俺が(かつ)いで持って来た」


 マルアハですら引き千切(ちぎ)る事が難しい“グレイプニル”で製造された鎖。 その重さは一トンを超えた。

 

 「ええっ、スゴイですね! あんな重いモノ一人で担いで湖を泳いできたんですか!?」


 ソルテスは顕微鏡のようなガラスの瞳を丸くして仰天した。


 「あ、あぁ……そりゃ、大変だった。 あんなに細い鎖にも拘わらず出力を全開にしなければ、あっという間に滝壺に飲み込まれちまう。

 まるで底なし沼を、戦車を担いで渡っているような気分だったぜ」


 まさかそこまで驚かれるとは思っていなかったリクイは、恥ずかしそうに兜の上から頭を掻いた。

 すると、ソルテスに続いてアロンもリクイの事を褒めそやした。


 「スゲェや、さすが隊長だな! あんなモンをココまで持って来るなんて、オイラにゃ無理だ。 見直したぜ、コンチキショウ!」


 ブリキのバケツに見間違うような兜を(かぶ)り、黒い影の中に光る赤い目を細めたアロン。 そんな屈託のない少年の言葉にリクイは心が躍った。


 「ハッ、ハッ、ハッ! そんなにイジメないでくれ!

 俺は君達よりも性能が低いんだ。

 今回の任務では、俺はあくまでも君達のフォローをする役目だ。


 作戦開始まで敵陣で身を潜めているライコウ殿の顔に泥を()るわけにはいかないからな。 褒めてくれるのは光栄だが、俺は君達のようにマルアハと戦えるだけの性能は無い。

 与えられた自分の任務を全力でやるだけだ!」


 以前のような高慢(こうまん)な性格はすっかり鳴りを潜め、二人の賞賛の言葉に謙遜(けんそん)するリクイ。

 ライコウと出会ってその圧倒的な性能を目の当たりにした彼は、もう以前のような横暴なゼルナーでは無くなっていたのである。

 

 (ライコウ殿……。 俺の力など取るに足らないものかも知れない。

 しかし、俺は必ずこの任務を成功させる。

 

 マザーの為。 器械達の未来の為に……)



 ――



 ライコウは総勢百名のゼルナー達と共に異空間の中で待機していた。 ライコウと共に異空間にいるゼルナー達は皆地底都市『エクイテス』から派遣された精鋭(せいえい)であった。

 彼等はイナ・フォグの呪術によって異空間へ飛ばされた。 外へ繋がる“ゲート”はイナ・フォグでなければ開く事が出来ず、彼等はイナ・フォグが呪術を解除してくれるまで待機していたのであった。

 

 異空間と外を(つな)げる“ゲート”――それはベトールが持って帰った光り輝く小熊の置物であった。


 「ホント、なんもない所じゃのぅ……」


 鎧をすっかり脱ぎ捨てたライコウは胡座(あぐら)をかいて床に座っていた。

 背中に接続された太いケーブルはそのままに、床から浮かび上がる電子盤を見つめて腕を組んでいるライコウ。 向かいにはスーツ姿で正座をしているレグルスが、電子盤に表示されている将棋のようなコマを指で動かしていた。

 

 「……何もない訳じゃないだろ。 奥へ行けば『気持ち悪い扉』がある。 アラトロンが術を解除すれば、その扉が()()()()()()()()()()俺達を外に出してくれるそうだ」


 レグルスはそう答えると、得意げな顔をしながら視線を上げてライコウを見た。


 「……むぅ。 フォグが作戦開始前の五分前になったら『声を掛ける』とか言っておったが、ワシ等にどうやって声をかけるのかのう?

 まさか、天の声のように上からフォグの声が響いてくるのじゃろうか……」


 ライコウはそう言うと上を見上げた。

 “異空間”の空は紫色の煙が立ち()めており、その奥には怪しげな黒い渦が(うごめ)いている。 上を見上げているだけで不気味な様子に目眩(めまい)がしてくる。 だからと言って、床を見ても何も無い。 紫色に輝くタイル状の床が延々と広がっているだけで、下を向いていると気が変になってしまう。


 「ワシ等がココへ来てからもうすでに三ヶ月近く経ったような気がしているが“マスタークロック”ではまだ一日しか経っておらん。

 何だか頭が混乱して来るのぅ」


 ライコウはそうボヤくと、さりげなく電子盤のコマを両手で『グシャ、グシャ』とかき回した。


 「……」


 ライコウの暴挙によってゲームが台無しになり、唖然(あぜん)とするレグルス。 ライコウは何食わぬ顔をして「そろそろ、戦闘準備を開始せんといかんのぅ……」と呟きながら周りを見渡した。

 異空間にはライコウとレグルスの他に学生服を着たロボット『ZZZ』やセーラー服を着た男性型器械『キノ』の姿があった。

 キノは幼稚園児のようなセムが映った3D動画を(さび)しそうな顔で繰り返し視聴していた。 ZZZは床に転がってひたすら眠っている。 その隣には猫型ゼルナーの『ハトゥール』がヒゲをダラリと垂らしながらタブレットを眺めていた。 この“変態キャット”は気の遠くなるような退屈な時間を、女性型器械の破廉恥(はれんち)な動画を見続ける事でやり過ごして居たのであった。

 

 「皆、ダレているかと思いきや、意外と元気そうだのぅ……」


 すっかり鎧姿となったライコウは床に置いていた大剣を手に取った。

 すると、レグルスも床に置いていたパナマ帽子を手に取って頭に被り、おもむろに立ち上がった。


 「……まあな。 一人でこんな場所に何ヶ月もいれば気が狂いそうになるが、さすがに百人の仲間達といればそんなに退屈しないからな。 ……とはいえ、二度とこんなところ来たくないが」


 レグルスはそう言うと、百名の部下達に向って声を張り上げた。


 「お前ら、ボチボチ気合い入れろ! いよいよ、ベトールとの戦いが始まるぞ!」


 異空間の隅まで届きそうな大声を上げたレグルス。 しかし、レグルスの声は空間の彼方へ向っていくと、跳ね返らずにそのまま遠くへ消えて行った。


 「キャァァ♡ やっと、セムに会えるんだね♪」


 キノは『待ってました』と言わんばかりに目の前のセムの3D画像を抱きしめる仕草を見せた。

 キノの隣で焚き火をしていたトカゲ型ゼルナー『ヤシュ』はレグルスの声を聞くと、慌てて口から水を吐き出して火を消そうとした。


 「あっ! やべっ! 間違えた!」


 ところがヤシュはあろうことか炎を吐き散らし、セムの幻影を抱きしめていたキノを燃やしてしまった。


 「ギャァァ、アチィ! テメェ、何しやがんだ!」

 

 ……異空間はにわかに騒然となった。

 ゼルナー達は準備していた重火器を大急ぎで装備し、ベトールとの戦闘に備える。 もちろん、全ての武器は特殊金属『グレイプニル』で製造された武器であった。


 「お前ら、いつでも出撃出来るように準備しとけ!」


 レグルスの怒声が響くと、兵士達に熱気が帯びる。

 

 「エネルギーを充填しろ! モタモタするな!」 


 武器を片手にバタバタと走り回るゼルナー達。 すると、彼等の背後から巨大な戦車が音を立てて迫って来た。


 「ライコウ様、アタチはいつでもオーケーですよ!」


 戦車のハッチからピョコッと顔を出したのは黒猫のミヨシであった。


 瞬く間にレグルスとライコウの前に集結したゼルナー達。 彼等は先ほどまでのダラダラした様子とは打って変わって、ライコウの掛け声に気合い漲る(とき)の声を張り上げた。


 「外へ出た瞬間、目の前にベトールがいる! 一瞬でも気を抜けば“あの世行き”だと思え!」


 「――オオオッ――!!」



 ――



 イナ・フォグはベトールの縄張りから東へ位置する大橋の前で夜の到来を待ち続けていた。

 真っ赤な夕暮れの光が荒野を照らす。 イナ・フォグの絹のような白い肌が(あかね)色に染まると、彼女は地平線へ視線を移して沈み行く太陽を見つめた。


 「そろそろ、夜がやって来るわ」


 夜の(とば)が下りるのは間も無くである。 イナ・フォグの隣にはラヴィ、セム、ヒツジが緊張した面持(おもも)ちで立っていた。

 ラヴィは徐々に背が低くなってくる自分の影を見つめていた。 その影に“混沌の女王”の姿を見ているのだろうか。 それとも、幾千年に渡って“影”を見続けてきた過去を思い出しているのだろうか……。 ラヴィの瞳には薄らと涙が光っていた。

 ヒツジはセムの手をしっかりと握っている。 二人して寄り添いながら遠くに見える“輝く森”を見つめている様子はまるで兄弟姉妹のようである。


 三人の背後にはカヨミを先頭に十名のゼルナーと大型のトラック型器械が三台待機していた。

 彼等はドローンの操作に長けた精鋭のゼルナー達であり、トラックの中には大量のドローンが積まれていた。


 「アル、我々の準備はもう完了している。 いつでもドローンを飛ばす事が出来る」


 カヨミがデバイスからラヴィに呼び掛けると、ラヴィは頭を上げた。

 

 「……うむ。 (なんじ)に伝えたとおり、夜になったらアラトロンとワガハイがベトールに奇襲を掛ける。 それまではここで待機するのだ」

 

 ラヴィがデバイスで背後にいるカヨミに指示を送った。 カヨミはデバイスから「了解」とラヴィに返事をすると、デバイスを通じて世界中の兵士達に再度作戦を伝達した――。


 作戦は至極単純なものであった。

 まず、呪術によって透明化したラヴィが輝く森へ侵入する。 ベトールの(そば)まで慎重に近寄り、ベトールが眠っている事を確認する為だ。

 ベトールが眠っていればラヴィは作戦通り閃光弾を放ち、森の入口で待機しているイナ・フォグに合図を送る。 イナ・フォグは閃光弾の光によってライコウ達にかけていた呪術を瞬時に解除する。

 もし、ベトールが眠っていなければラヴィは一度退却する。 恐ろしい電磁波で身体の制御装置が故障してしまうからだ。 そして、しばらく待機した後に再びベトールの様子を確認する。


 慎重を期した作戦……と言えば聞こえが良いが、とどのつまり“奇襲作戦”であった。


 『――ベトールの寝込みを襲撃する――』


 それはハギトの時でも行なった卑怯(ひきょう)な戦法であった。

 しかし、その卑怯な手は遙か昔から世界中で脈々と受け継がれていた効果的な戦術である。 マルアハという絶大な力を持つ“天使達”に正攻法など通用しない。 ……どんな手を使おうが“勝てば官軍”である。 器械達の存続を懸けた戦いに卑怯も正義も無いのである。


 ラヴィが閃光弾を放てばベトールが必ず目を覚ます。 すると、ベトールは術を解除して異世界から戻って来たライコウ達に囲まれているはずだろう。

 当然、ベトールは慌てて空へ逃げようとするだろう。 ところが、ラヴィの合図によって先に空で待機していたイナ・フォグに叩き落とされる……。

 カヨミ率いる部隊は、イナ・フォグがベトールを襲撃した事を確認出来れば用意していた大量のドローンを飛ばしてイナ・フォグの支援をする。


 こうして、ベトールは空へ逃げる事が出来ずにライコウ達と戦わざるを得なくなる――。


 「“グレイプニル”で造った鎖でスカイ・ハイを捕縛出来れば、ワタシ達に勝機が見える。 後は各都市から戦闘機を出撃させて、()()()で釘付けとなったスカイ・ハイを破壊するだけ……」


 イナ・フォグはそう言ってゼルナー達を鼓舞したが、そう簡単に作戦が上手く行くとは思っていなかった。

 とは言え、鎖でベトールを捕縛すれば、戦闘が有利になる事は明らかである。


 つまり、イナ・フォグはこの奇襲でベトールを破壊出来るとは思っていなかった。 奇襲によって動揺したベトールを堅固(けんご)な鎖で縛り上げる事が目的であったのだ。

 

 カヨミが作戦を部隊に再度伝達している間に、いよいよ夜が訪れた。

 

 「……では、これからワガハイとアラトロンが“輝く森”へ向う。 汝等(なんじら)はドローンの出撃準備をして待機。 閃光弾の光を見逃さないようにするのだ」


 ラヴィは首にかけたゴーグル『アイン・ネシェル』を目に付けると、緊張した面持ちで後ろを振り向いた。 アイン・ネシェル越しにハッキリと映し出されるカヨミと背後のゼルナー達の顔に笑顔は見られない。 皆、ラヴィの無事を祈るような真剣な眼差しをラヴィに向けていた。

 

 「アル、武運を祈る」


 カヨミが口を開くと、背後のゼルナー達は一斉にラヴィに向って敬礼した。


 セムは緊迫した雰囲気に呑まれたのか、急に動揺してイナ・フォグの服にしがみ付いた。

 

 「ママ……ママ……死なないでね」


 セムはいつの間にかイナ・フォグの事を母のように(した)っていた。 もう、セムにとってマザーは母では無くなったのだ。

 

 「セム、ワタシはアナタを遺して死んだりはしないわ。 光が見えたら予定通り戦闘機に乗ってパパとママを助けてね♡」


 夜空を照らす星の光でセムの緑色の髪は青く輝いていた。 その美しい髪をイナ・フォグは優しく撫でると、隣でセムを心配しているヒツジに目配(めくば)せをした。

 

 「じゃ、ヒツジ。 セムを頼んだわね」


 「うん、ボクがセムを護るから心配いらないよ、フォグ」


 ヒツジは一つ目のライトをグリーンに光らせ、イナ・フォグを安心させようとした。


 「ありがとう、ヒツジ。 それじゃ、行ってくるわね」


 イナ・フォグはニッコリと目を細め、セムとヒツジを抱き寄せた――。


 ヒツジとセムは徐々に遠くなっていくイナ・フォグの背中をずっと見つめていた。

 ヒツジはその時、イナ・フォグに向って呟いていた。


 「お母様……。 どうか死なないで……」


 ヒツジもセムと同じく、心の中ではイナ・フォグを母と慕っていたのである。

 もし、イナ・フォグがヒツジの言葉を聞けば、どれだけ幸せなことだろうか?

 

 『ヒツジの母でありたい』と願っていたイナ・フォグ。 彼女はヒツジだけでなく、セムという新たな娘まで迎える事が出来た。

 

 イナ・フォグの心はかつて無い程に穏やかであった。



 ――



 マルアハ『ベトール』こと『リリム=スカイ・ハイ』――彼女はイナ・フォグとラヴィの予想通り、“輝く森”の中に存在する廃墟の中で眠っていた。

 “輝く森”にはかつて石造りの小屋が存在していた。 “厄災”が起きる前に人間が造った小屋であり、近くの湖がまだ毒ガスに汚染されていなかった頃に使用していたようだ。

 スカイ・ハイはこの小屋を自分の住処(すみか)として利用していたのだが、今となってはもはや小屋と言える代物では無くなっていた。 湖から放たれる毒ガスによって風化し、屋根も(くず)れて石造りの壁面しか残っておらず、その様子は“擁壁に囲まれた空間”となっていた。


 『……姉さん、イナ・フォグはまた地下へ幽閉させてしまったね』


 灰色の髪を靡かせた熊耳の少女がスカイ・ハイの夢の中で語りかける。

 エメラルド色の鮮やかな鎧を着たまま壁に背を預け、“小熊の置物”を抱えながら眠っているスカイ・ハイ。 この置物を荒野で発見して以来、眠る度にいつも熊耳の少女『リリム=フリーズ・アウト』の姿が夢に出てくるようになった。


 夢の中のスカイ・ハイはフリーズ・アウトの問いかけに(うなず)き、“母”に対して苦言を呈していた。


 『……ああ、イナ・フォグに再び憎悪の影が見えたのも、ミコ様とヤスツナ様のせいだ。

 ミコ様はヤスツナ様の“野心”に気付いていたにもかかわらず、ヤスツナ様を愛するあまりに目を(つぶ)っていたのだ。

 裏で“ヤマタ”と手を結び、“ヤマタ”と共にこの世界を支配しようという“野心”に……。


 ヤスツナ様は“ヤマタ”を敵対視していた頼光(よりみつ)の事が邪魔になったのだ。

 そんな事はミコ様も知っていたはず。 ……にもかかわらず、“ヤマタ”が頼光を殺そうとしていた事を止めようとはしなかった』


 スカイ・ハイは夢の中で眉を怒らせて『ギリッ!』と歯ぎしりをした。


 遙か昔に置き去りにされた記憶――。 いつもなら目が覚めれば全て忘れてしまう。 ところが、最近になってフリーズ・アウトの姿だけは目が覚めても鮮明に覚えていた。

 これもガラスの小熊をその胸に抱いて寝るようになったからなのか?


 ……いや、スカイ・ハイの記憶が僅かながら蘇って来た理由は、この世界に充満する『真素――マナス――』が徐々に減少して来ていたからであった。


 マルアハは体内にマナスを取り込む事でエネルギーを補給する。 そのエネルギーは膨大であり、マルアハが強大である理由もマナスを大量に補給出来るからである。

 しかし、マルアハはマナスの恩恵を受ける代償で記憶を失ってしまう。 それは、まるで深くて暗いマナスの海に記憶を沈ませているような状態であった。 マナスの海が蒸発していけば、徐々に沈んでいた記憶が浮上して行き、マルアハの記憶が蘇って来るのである。

 

 スカイ・ハイの体内に存在するマナスは全盛期と比べて半分になっていた。 それでも、彼女は断片的な記憶しか思い出せず、イナ・フォグが『自分の妹である』という事を忘れてしまっていた。 フリーズ・アウトの事だけは“小熊の置物”がきっかけとなり『自分の妹である』と思い出す事が出来たのであったが、一歩遅かった。

 先日、フリーズ・アウトが縄張りにしていた“デモニウム・グラキエス”を訪れた際、フリーズ・アウトの姿は何処にも見当らなかった。 代わりに器械達の作業所が建設されていた事から、スカイ・ハイは『フリーズ・アウトはこの地を捨てて別の場所へ移転したのだろう』と考えた。 まさか脆弱(ぜいじゃく)な器械達がフリーズ・アウトを討伐したとは想像出来なかったのだ。

 

 (フリーズ・アウトは全てを忘れてしまっているのだろうか?)


 スカイ・ハイはフリーズ・アウトに会って彼女の記憶を蘇らせようと考えていた。 せめて自分の事だけでもフリーズ・アウトに思い出させ、二人で過去の記憶を呼び戻す為に各地のマルアハ達に接触しようと計画していた。


 (明日またフリーズ・アウトの行方を捜すか)


 スカイ・ハイは明日になれば“デモニウム・グラキエス”を捨てたフリーズ・アウトを再び探そうと考え、“小熊の置物”を妹の代わりにして眠っていたのであった。



 ――



 “輝く森”は月の光に照らされて美しく(あお)い閃光を放っていた。

 湖から漂う毒気が光に反射して不気味な靄を作っている。 視界は酷く悪かった。

 ラヴィは呪術を用い、カメレオンのように身体を景色と同化させて気配を消した。 (ふところ)にしまっている魔術書の表紙から醜怪な舌が這い出てラヴィの身体を舐めまわした。

 まるでラヴィの生気を吸い取って呪術の力としているような忌まわしい魔術書。 しかし、この魔術書はラヴィが創った“不正の(あかし)”でもあった。

 

 「“アル・アジフ”の制御が利かんのだ。 ……もう、ワガハイの身体も限界に近い。

 これ以上、ワガハイは“転生”する事が出来ないのだ。

 

 この身体が……この身体が最後のチャンス……。


 ”ダカツ”を消滅させ、急速に増大する“エントロピー”を防ぐ為に」



 「……宇宙を……宇宙を“外”に出してはいけないのだ」



 ラヴィの背後にはイナ・フォグが見守っている。 コウモリのような羽の無い翼を広げ、月の光に照らされた紅い瞳でラヴィの背中を『ジッ』と見つめている。

 彼女には透明化したラヴィの姿が見えているようだ。 「くれぐれも、無理しないようにね」とラヴィの背中に声を掛けた。


 「……うむ。


 アラトロン……いや、イナ・フォグよ。 この戦いはどんな手を使っても必ず勝利しなければならない。


 汝の為にもワガハイの為にも。 そして、ライコウ様の為にもな――」


 ラヴィはイナ・フォグの声に振り向かずに返事をすると、“輝く森”へと歩を進めた。


 (……ラヴィニア。 “混沌の女王”を滅ぼす為に幾千年の間“輪廻(りんね)”を繰り返して来た悲劇のニンゲン。


 ワタシのこの身体からヤツを引き剥がす為にはアナタの力が必要なのよ。


 ……だから、アナタをこんなところでは死なせやしない。

 

 “混沌の女王”はアナタとワタシの手で必ず消滅させる。


 ……そして、ワタシはライコウと一緒にニンゲンに……)


 イナ・フォグの紅い瞳に決意が(にじ)む。 その決意は瞳の奥のさらに奥底に眠る邪悪を抑え付ける。 闇よりも黒くて深い忌まわしい影を……。

 胸に埋まる“ヨミノクロガネ”が怪しく動く。 赤黒い血管を『ドク、ドク』と脈打ち、イナ・フォグの決意を(あざけ)り笑う。


 『クッ、クッ、クッ……逃げる事など出来やしない。

 “ズン・キント”を消滅させ、全てを混沌に導くまで……お前の身体はワタシのモノなのだから』


 イナ・フォグの頭の中から不気味な声が響く。 (はる)彼方(かなた)から聞えて来たかと思ったら、次の瞬間に耳元で囁くように語りかける(おぞ)ましい声。

 

 「――(もだ)せ――」


 イナ・フォグが一言呟くと『ジジジ……』という不快なノイズ音を放ちながら声は消え去った――。


 “輝く森”へ侵入したラヴィは慎重に森を探索し、徐々にスカイ・ハイがいる廃墟まで近づいていた。

 奥に揺らめく湖から放たれる瘴気が濃い霧のようにラヴィの身体を包み込む。 イナ・フォグの呪術『アラフェール・ライラ』で身を護っていなければ、あっという間に身体が錆びて動かなくなっているだろう。

 そんな恐るべき強酸の霧の中で、スカイ・ハイは数百年もの間暮らしていたのである。

 

 (……よし、ヤツは予想通り眠っているのだ)


 ラヴィが廃墟まで近づくと、崩れた岩壁に背を預けたスカイ・ハイが穏やかな表情のまま眠っていた。

 

 ……ここまでは予定通りであった。


 「――なっ!?」


 ところが、ラヴィはスカイ・ハイの素顔を見た瞬間、あまりの衝撃に思わず声を出してしまった。


 「――誰だ――!?」


 スカイ・ハイはラヴィの声に反応した瞬間、胸に抱いていた“小熊の置物”を放り投げて足元に置いていた兜を(かぶ)った。


 (マズイ、作戦は失敗したのだ!)


 その間、(わず)か一秒にも満たなかった。 (まばた)きする間もなく動き出したスカイ・ハイが青白い瘴気(しょうき)を全身から放つ。


 「キャァ!」

 

 ラヴィは慌てて逃げようとしたが、途端にデバイスから警告が発せられた。 イナ・フォグの呪術で全身に防壁を張っていたにもかかわらず、制御装置に異常が起こったのだ。


 「くっ……! 身体が思うように動かないのだ! あの青い(もや)のせいか!?」


 腰にぶら下げていたポシェットから照明弾を手に取ろうとしたラヴィであったが、手が痺れて取り出せない。 スカイ・ハイから放たれた蒼く揺らめく靄が信じられない量の放射線を放ち、ラヴィの身体機能を麻痺させたのである。


 「クソッ――!」


 スカイ・ハイは周りの景色に同化しているラヴィの存在に気付いたようだ。 闇に紛れて影となっているラヴィに向って、腰に下げていた長剣を抜いた。


 (身体が動かないのだ……。 このままじゃ……)


 ……作戦は失敗した。


 ラヴィは危機的状況に(おちい)った。 恐らく次の瞬間にもラヴィの身体はスカイ・ハイの持つ長剣で切裂かれてしまうだろう。


 (も、もう……ダメなのだ……)


 ラヴィの瞳に疾風のようにスカイ・ハイが迫る。



 『――ガチャン――!』



 その時、スカイ・ハイの背中から何かが地面に落ちる音が聞えた。


 「――しまった!!」


 スカイ・ハイは慌てて立ち止まると、泡を食っているラヴィの目の前で後ろを振り向いた。

 スカイ・ハイの視線の先には“小熊の置物”が転がっていた。 先ほどの落下音は無意識に放り投げてしまった“小熊の置物”が音を立てて地面に落ちた音であったのだ。


 「フリーズ・アウト!」


 スカイ・ハイは“小熊の置物”を在りし日の“妹”の姿に重ねていたのだろう。 マルアハ『フル』の名を叫び、自分で放り投げてしまった“小熊の置物”を取りに行こうと歩を進めた。


 「――チャンスなのだ――!!」


 ラヴィはその隙を逃さずに手に持っていた閃光弾を壁に向って投げつけた――。


 『――ピシュン!!』


 壁に投げつけられた閃光弾がまるでレーザーが発射されたような音を鳴らして破裂する。

 その刹那、枯れ果てた森は強烈な光に包まれた。


 「――何事だ――!?」


 “小熊の置物”を抱えたスカイ・ハイは強烈な光に動揺し、ラヴィの予想通り極彩色(ごくさいしき)の翼を羽ばたかせて空に飛び上がった。

 ところが、迂闊(うかつ)にも空を飛んだスカイ・ハイを待っていたのは、頭上から振り下ろされたイナ・フォグの鉄拳であった。

 

 『ボゴンッ――!!』


 まるで鉄板を殴るような鈍い音が響くとスカイ・ハイはミサイルのように地上へ墜ちて行った。


 「ガハァ――!」


 スカイ・ハイが地上へ激突すると、“輝く森”の枯れた土を深く(えぐ)り巨大な噴煙(ふんえん)を立ち上らせた。 スカイ・ハイのエメラルドに輝いた立派な兜はイナ・フォグの拳によって哀れにも稲妻のような亀裂が入った。

 

 「――グヘッ、ガハァ――!!」


 スカイ・ハイはイナ・フォグの渾身の力で頭部を殴られた。 イナ・フォグが全力で振るった拳がいかに恐るべき力なのかは、スカイ・ハイが頭を抱えて(もだ)え苦しむ姿から見て分かる。 当然、イナ・フォグは痛みで絶叫しているスカイ・ハイなどお構いなく、自分が創った異空間への扉を開いた。


 「ヴォーチェ・マギカ『ガレー・エト・アツメハ』……」


 上空でコウモリのような翼を羽ばたかすイナ・フォグは、地上に向って呪文を投げた。 真っ白い光を煌々(こうこう)と放つ森では墜ちていったスカイ・ハイの姿が確認出来ない。

 モクモクと上がる土煙(つちけむり)は光りに反射して夜の闇に影を創る。 スカイ・ハイが地上に激突した時、数秒の間凄まじい地鳴りが響いていたが、今や地鳴りはすっかり止んだ。


 すると、時を待たずして地上からゼルナー達の雄叫びが次々に聞えて来た。


 「――作戦開始じゃ――!!」


 ライコウの声がイナ・フォグの耳に届く。 イナ・フォグはその声に思わず涙が出そうになった。

 ほんの数日しかライコウの側から離れていなかったが、今すぐにでも地上へ降りてライコウを抱きしめていたかった。


 「フォグさん! ドローン飛ばしましたよ!」


 だが、私情を挟んでいる時間は無い。 頭の中からミヨシの声が響くと、カヨミ達が待機している方向から月の光に照らされた渡り鳥の群れのように、武装したドローンの集団がこちらへ向って来た。


 「各都市に待機するゼルナー達に告ぐ!!」

 

 「仲間達の未来為、マザーの為にベトールを破壊しろ!」


 「死んでも構わん! お前らの“鉄”は必ず私が拾う!」


 世界中のゼルナー達にカヨミの勇壮(ゆうそう)な声が届いた。



 「――オオオオオッッッ――!!」



 カヨミの呼び掛けに世界中のゼルナー達が応えた。

 ゼルナー達が一斉に放ったその咆吼はカヨミのデバイスを故障させるほどに力強く、決意に満ちていた。



 「――出撃開始――!!」



 今、世界中の器械達の存続を懸けた戦いの幕が切って落とされた。



 ――



 全地底都市はけたたましい警報が鳴り響き、マルアハ『ベトール』との戦闘が開始された事を市民に告げた。

 世界中の地底都市がものものしい雰囲気に包まれていた。

 緊迫した町の雰囲気に呑まれている市民達。 皆、右往左往(うおうさおう)して都市の警護にあたるゼルナー達の指示に従っている。

 民衆から万歳三唱されて次々と地上へ繋がるエレベータへ上がって行く兵士達。 悲壮感に満ちた者もいれば、目を怒らせて使命感に満ちあふれている者もいる。 そんなゼルナー達を見送る家族は一様に不安そうな眼差(まなざ)しを向けていた。

 恋人を見送る女性型器械。 親を見送る子供型器械。 皆一様にして死地へと向う愛する家族の無事を祈って手を合わせていた。


 一方、各都市には素直に出撃命令に従わないゼルナーも少なからず存在した。


 「オレは行きたくねぇ!」


 ディ・リターでは石柱にしがみ付いて出撃を拒否するゼルナーが、仲間達によって袋叩きに遭っていた。


 「キサマが行かないというなら、マザーへの“不敬罪”とみなし家族を皆殺しにしてやる!」


 出兵を拒否するゼルナーの目の前で、彼の家族が憲兵によって吊るし上げられる。


 「ここで家族全員死ぬか、ベトールと戦ってお前だけ死ぬか選べ!」


 憲兵からそう迫られて、遂に膝をついたゼルナー。 各都市ではそんな不幸なゼルナー達が、家族の名を叫びながら次々と戦争へかり出されて行った。


 「マザー、万歳! マザー、万歳!!」


 他方では何処からともなくマザーを賞賛する叫び声も溢れて来る。 やがて、その声は鯨波(げいは)となって全ての地底都市から轟き、地上を揺るがした。


 『器械達の未来はマザーの未来』


 そう信じている器械達は戦闘機に乗って出撃するゼルナー達を見送りながら、両手を挙げてマザーを称えていた。

 出撃を拒否するゼルナー達のように全ての器械達がマザーを賞賛していた訳ではない。 マザーを愛していた訳ではない。 しかし、多くの器械はこの緊迫した状況の中でココロの安寧(あんねい)を願ってマザーを称賛した。


 ……器械達も人間と同じであったのだ。 “絶対的な存在”を盲目的に信じて現実逃避をすることが、不安を掻き消す唯一の方法であると彼等は知っていたのである――。



 ――



 「憎悪の叫びがやって来る。 冷酷な風は悲しみに満ちている……」


 地底都市『バハドゥル・サルダール』から地上へ上がった場所に切り立った崖が聳え立っている。 崖の上には一人のゼルナーが両足をブラブラと投げ出して座りながら、不可解な言葉を呟いていた。

 白い導師服を身に纏い、額に奇妙なお札を貼付けた少女『サン』――彼女は遙か北方に見える燃えさかる猛火に包まれた異常な場所を見つめながら、風の声を聞いていた。


 サンが見つめていた場所は“スネーの森”と言われていた。 マルアハ『ファレグ』が“厄災”から生き残った人間達を滅ぼしたと呼ばれる場所であり、そのままファレグの住処(すみか)となっていた。

 そこは“森”とは名ばかりの灼熱(しゃくねつ)の炎に包まれた地獄であった。

 刃のような業火が数百キロにおよび地上から噴き出している様子は、まるで巨大なガスバーナーである。 太陽の表面が地上に姿を現したかのような、近づく者を骨まで焼き尽くす広大な火炎の森。 その中心は天まで届かんばかりの巨大な(くれない)の火柱が立ち上っており、火柱の根元には青白い炎が揺らめいていた。

 ファレグが住んでいる屋敷はその青白い炎の中にあった。


 「おい、サン! ここに居たのか!」


 サンの背後から声を掛けた者はヘルートとペロート夫妻であった。

 ヘルートは黒頭巾を頭に被り、目にはアイン・ネシェルを装着している。 いつものように忍者のような黒装束(くろしょうぞく)に身を包み、機械の鷹『ネーツ』を肩に止まらせている。

 一方、ペロートはいつもの果物の柄をあしらったワンピース姿ではなく、今は亡き『コヨミ』を思い出させるパイロットジャケットを着ていた。


 「アンタ、何こんな所でアブラ売ってるのさ! もう戦争は始まってるのよ!? 私達はそろそろ“輝く森”へ出撃するわ!」


 ペロートは不機嫌な様子で首にかけていたアイン・ネシェルを装着すると、サンの顔を見た。

 ペロートはサンが何も考えずにダラダラと道草を食っているだけかと思っているようだ。 ところが、ヘルートはファレグの住処をジッと見つめたままでいるサンに対して一抹(いちまつ)の不安を覚えた。


 「……サン、オメェ、くれぐれもベトールとの戦争に乗じてファレグを攻撃しようとなんて思うんじゃねぇぞ」


 ヘルートがサンにそう警告すると、ペロートは目を丸くして「そんな事するわけ無いじゃない!」とサンの代わりにヘルートの肩を叩いた。


 「ファレグの恐ろしさはサンもよく知っているじゃない。 結局、()()()はファレグに傷一つ付ける事が出来なかった。 可哀想に『エノク』を見殺しにして、シビュラのココロに深い傷を負わせてしまった……」


 ペロートがサンの背後へ近づくと、サンは後ろを振り返った。


 サンが後ろを振り返った時、彼女の額に貼付けていたお札が風に煽られてサンの素顔を露わにさせた。

 少し目尻の上がった紫色の大きな瞳。 逆三角形の整った顔の輪郭と(うるわ)しい桜色の唇はマルアハ『ベトール』にそっくりであった。


 「……余はずっとココにいる。 オマエ達はファルサと一緒に“輝く森”へ行ったらどうだ?」


 サンは『ベトールとの戦いに参加する意志は無い』と二人に告げた。 バハドゥルの首長『ファルサ』と共に早く“輝く森”へ出撃するようペロートに勧めると、再び前を向いて“デバイスフィールド”を展開させた。

 

 「……アンタ、マザーの命令に逆らうつもり?」


 「別に命令などされていない。 だから、余の意志は自由。 逆にオマエ達が“母上”の命令に(そむ)いている。 ……早く行け」


 サンは素っ気ない態度でそう言い放ち、その場を動こうとしなかった。

 ヘルート、ペロートはお互い顔を見合わせてサンの不可解な行動に肩をすくめると、説得を(あきら)めてファルサと合流する為に再び地底へ向おうとした。

 

 すると、(きびす)を返して引き返そうとした“ヘルペロ夫妻”の背中に向って、サンは思いも寄らない言葉を投げた。


 「死んではダメだ……死んでは……ダメだから……」


 その言葉は“願い”というよりも、まるで“譫言(うわごと)”のようであった。


 サンの声を聞いたペロートは立ち止まった。 ヘルートを先に行かせて後ろを振り返る。ペロートはサンに対して呆れた顔を見せていたが、サンを悪く思っている様子ではなかった。


 「……アンタ、相変わらず可愛くないわねぇ。

 心配してくれているなら素直にそう言ったら?」


 「……」


 ペロートの問いかけにサンは何も答えなかった。

 

 「……ふんっ。 まあ、いいわ。 それより、私達の事よりも自分の心配をしなさいな。

 どうせヘルートの言う通り、ファレグと戦うつもりでしょ?」


 ペロートはサンがファレグと戦うつもりである事をとうに見抜いていた。

 額に貼った黄色いお札の下から(のぞ)かせるサンの表情は良く分からなかった。 だが、サンがペロートに向けていた気配は“あの時”とは明確に異なっていた。

 

 (“あの時”、アンタは私達の“敵”だった……。 でも、今は違う……)


 サンが変わりつつあった理由――それはペロートにも良く分からなかった。 “最後の人間”を護る事が出来なかった責任から変化したものなのか? それともマザーの思想に疑問を持ったのか?

 いずれにせよ、サンは“仲間”としての眼差しをペロートへ向けていた。


 ペロートはサンを一瞥すると再び前を向いた。 ヘルートはすでに崖を降り、遠くに見える地底都市への入口でペロートを待っていた。

 

 「じゃ、そろそろ行って来る。 くれぐれも死なないでね。

 アンタが死ぬとマザーも悲しむわ」


 ペロートはそう言うと、軽快な足取りで崖を滑り降りて行った。


 「……母上が悲しむものか。 余が壊れようが、姉さんが壊れようが、セムが壊れようが……。

 

 ……また、新たな器械を創るだけだから……」


 サンはペロートの背中を見送りながら呟いた。 その紫に輝く瞳には悲しみの影が宿っている。

 セン、サン、セム……三人の姉妹は“母”が思っている以上に強い絆で結ばれていた。 製造されてから今日までの間、過酷な強化実験に耐えて来た三姉妹。 共に母を愛し、母を憎みながら生きて来た――。


 『サン、貴方は“彼女”とファレグとの戦いに巻き込まれないよう、離れた場所から注意深く戦況を見守っているのです。

 “彼女”はファレグを巻き込んで自爆するはずですわ。 さすがのファレグも“彼女”が自爆すれば致命傷を負うはず。


 貴方は「手負いのキツネ」となったファレグに間髪入れず追い打ちをかけるのです。


 ……いいですこと? 貴方はワタクシが手塩にかけて育てた“最強のゼルナー”。 ワタクシを失望させる事は無いと期待していますわ』


 サンは銀色の球体の中で泳ぐ深海魚から放たれるマザーの言葉を思い出した。 すると、先ほどとは打って変わって眉間に皺を寄せ、憤懣(ふんまん)に満ちた表情を浮かべた。


 『……もし、貴方がファレグ討伐に失敗したら、ワタクシの期待を裏切った罰としてセンとセムの“再教育”をしますわ。

 愛しいお姉ちゃんと可愛い妹の為に、貴方は全出力を開放させてファレグを破壊するのですよ――』


 「…………」


 「……余は……」


 「余は……一体何の為に創られたのだろう……?」


 サンは唇を噛みしめて空を見上げた。

 真っ黒い雲が駆け巡る混沌とした不気味な空。 今頃、こんな豪風吹き荒れる空に決死の覚悟で次々とゼルナー達が出撃しているに違い無い。

 

 「遠くから……声が聞える……」


 それは家族を残してマザーの為に散っていった仲間達の嘆きの声。 そして、すぐ近くに迫る声は愛する者を奪われた者が放つ怒りの声。


 「憎悪が……すぐ近くまで迫っている……」


 恐るべき漆黒の炎は、彼方に見える紅き炎を暗黒で飲み込まんと咆吼を上げている。

 黒雲渦巻く上空を紫電(しでん)のように切裂きながら、真っ直ぐ“火炎の森”へ向って行く一人のゼルナー。 サンは“彼女”の姿を確認すると、紫色の瞳に青き悲しみを称えながら崖を滑り降りて行った。


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