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年越しラーメン大会

「今日はラーメン食べて年越そう大会にご参加いただきありがとうございます?」


 集まったのは商店街の面々と孤児院の子供たち、第三王子、レーコ、公爵夫人とそのお付きのサンドラ。ちょっと離れたところにいつものブンバー。


「なんでラーメン?」


 隣のレーコが顔をぐっとこちらに近づけて問いかける。


 問題は、光弘を挟んで右と左にレーコと公爵夫人が一触即発の雰囲気を漂わせていることだ。

 今も光弘にぐいっと顔を近づけているレーコには公爵夫人の視線が、光弘には第三王子の視線がぐっさぐっさ刺さっている。


(王子はレーコさんを招待した時点で、ついてくるのは予想できていたが、公爵夫人は飛び入り参加だからな・・・)


「そばはね。つゆがまだ用意できないから...。しょーゆが...。」


 ガレットがあるならそば自体は作れるはずだが・・・つゆがないとお話にならない。


「おまえの国はショーユと酒と砂糖とミリンしかないのか?」


 もう数十回、大将に言われたか知れないツッコミ。


「昆布も鰹節も味噌もあるよ」


 光弘は弱々しい声で反論する。


 光弘は元の世界でほとんど料理をやってこなかった。


 材料や作り方の断片情報を思い出すことから始めないといけない。

 思い出したとしても材料が足りない。歯抜けの部分は代替品を用意しないといけない。


 なので、大将の腕をもってしても『似ているけれどなんか違う』までが限界だ。それもロゼリア人の舌に合わなければ、(もしくは採算がとれなければ)メニューに並ぶことなく消えていくしかない。


「レーコに変なものを食べさせたら承知しないからな」


 王子がとげとげした視線を向けてくるが、今回の交渉相手はあくまでレーコ嬢だ。


「では、オージ様はぼーっと眺めといてください。たぶん美味しくないですから」


「不味いものをレーコに食べさせる気か」


「覚悟の上で食べていただけないのでしたら、帰られてもこちらはいっこうに構いませんが。その場合は交渉決裂ですが。

 あ、レーコ様はたぶん『カタ』か『バリカタ』がいいよ」


「?」


「ロゼリアの人は麺は柔らかめが好きだから。俺らが注文するならカタって言っといたほうがいいよ」


 光弘がレーコに話しかける度、公爵夫人の怒りのゲージが上がる。

 扇の柄の部分がみしりと音を立て、ぴりぴりとした雰囲気のまま、小ぶりなお椀が行き渡り、大将の説明が始まった。


「まずスープを選んでもらう。『トンコツ』『トリガラ』それぞれ透明なスープと濁ったスープ」


 実家では当然年越しはそばを食べていたのだが、三が日のどっかでは近所のラーメン屋に出掛けていた。

 近所のとんこつラーメンを食べたくなって頼んだのだが、『客が濁ったスープを気に入るかわからないし、濁ったスープを作る手間が惜しい』と言われた。


(『豚の足の骨と太ネギと何かを煮込むとできる』なんて適当情報でよく作ってくれたよ。ほんと)


 ネギ以外にも野菜や果物の皮やくずを一緒に煮込んでいるらしい。


 すでに寸胴鍋の蓋を開けた段階で、臭いにヤられて出ていく者が続出。王子も顔をしかめている。


「で、それと合わせるソース...タレとかいうんだったか。こっちはレペス土産の『アンチョビソース』でイワシの塩漬けとその汁だ。でこっちが、キノコソース、マヨネーズ、昆布茶、茶の出がらし、煮干の粉末、牡蠣をすりつぶしたもの。砂糖と半月酒を煮詰めただけのなんか」


「えー?」


 レーコがドン引いた目でこちらを見てくる。


「タレが無いんだからしょうがないだろ!マヨネーズは俺じゃないからな!」


 光弘とてちゃんとしたタレが用意できるならそうしている。


「薬味はシャイブ(ねぎ)、にんにくのすり下ろし、貧乏胡椒、柑橘類の皮、マスタード、ホースラディッシュ(白わさび)、バジル、ゴマ、オリーブ油、唐辛子にんにくを混ぜたものとか残念男の要望をできるだけ叶えてやったが、8歳未満の子供は辛い系は禁止だからな」


 レーコがまたもやこっちを見る。


「バジルや柑橘類の皮とかは頼んでないから」


「まあ、現実世界でも前衛的なラーメンがなかったわけじゃないしー?」


 少女の何気ない一言に心が波立つ。


(『現実世界』か・・・。やっぱりそういう考え方なんだな・・・)


 そう思う自分は確かにいるが、一方でそうではないと叫ぶ自分がいる。


「スープとソース、薬味を思い思いに混ぜてくれ!麺はいくらでもゆでてやるからな!」


「「はーい!」


 大将の掛け声とともに、子供たちがを手に持ちスープに駆け寄る。何をどうしたらいいのかわからない子には大将がおすすめの組み合わせを教えている。


「どーゆーことですの?私たちを裏切るのですか!」


 公爵夫人は憤懣やる方ないと言ったところだ。


「どーゆーことも何も、休日の私生活まで口を出されたくありません」


「・・・休日なら敵と通じていいというのですか」


「エレナ様の敵かもしれませんが、別に私の敵と言うわけではないので。これから通じるかもしれません。利害が一致すれば」


「この場にエレナがいたらどんなに嘆くことか・・・」


 公爵夫人は嘆いているがー

 いい臭いが漂っているのだ。さっさと自分好みのラーメンを完成させよう。


「とんこつに、アンチョビの汁を少し垂らして、ちょっと魚部分も...昆布の粉末の方がいいか?」


 そこで一度味を確認してみる。


「蜃気楼の先に近所のラーメン屋が...見えねえな。もうちょい塩必要か? んー、やっぱ謎のご当地ソースに頼って...いやあれはちょい甘い」


 光弘がちびちびと味の調整を行う横で、レーコの方はさっさとスープを選んで注文を始めた。


「おっちゃん。ラーメンカタで」


 茹で玉子の半分とチャーシューの代わりにハムが載っている。レーコは麺とスープをスプーンに盛り、かぷりと一口。その瞬間目を見開いた。


「!?めっちゃ遠くにラーメンが見えた気がする!

 味はうっすら目だし、麺もラーメンのようにちゅるちゅるしてなくて、どっちかてっと細うどんだけれど」


「研究時間がなくてかん水とか入れてないからな。あくまでラーメン風パスタな。かん水の割合は今後の課題だな。まあ、ここの人たちにはラーメンはゴムみたいに感じるかもしれんが」


「豚と魚合わせるのはないわー」


 そう言ったガントはとんこつにキノコソースをかけ、バジルとニンニクにオリーブ。一度麺を食べて顔をしかめ、柑橘類の皮を放り込み、備え付けの酢まで足す。


 そもそもロゼリア人と日本人とでは味の基本的な考え方が全然違うのだ。肉と魚は極力混ぜない。


「ぬー。まずいがこれならなんとか・・・」


「これが客出しはじめてだからな。多目にみてくれや。まあ感想はどんどん言ってくれ」


 顔をしかめるガントに対し、大将が豪快に笑う。

 ガントも、ただで料理を試食している手前、これ以上の文句を言えない。


「小さな子供は好き嫌い激しいけれど、こどもの方が結構一生懸命食べてるわね」


「まあ、食べ盛りだからな」


 日々の食事量も決して十分とは言えないところにつけこんで『これは食べ物だぞー』って洗脳を始めているのだから悪い大人だ。自分は。


(今から教育しとけば、十年、二十年後くらいにはラーメンやたこやきも普通になるかな)


「スープ塩を入れ過ぎなのではなくて?パスタも長すぎです。理想はスプーンやフォークに乗るくらいがよろしいでしょう。もしくはなんとかそばパンのようにパンに挟んでしまうか」


 公爵夫人はラーメン自体にはさほど嫌悪感を抱いているわけではないようだ。が・・・。


「おいしいですか?」


「我々は異国の料理でもてなされることも多々あります。多少不味くとも表情を変えたりなどしませんが、食べ物を床にこぼすような食べ方は論外です」


 ラーメンをパンに挟むのはさすがに嫌だ。


「そんなに長い?」


 見れば子供たちは食べにくそうにもたついている。幾人かは床に麺をこぼしてしまった。

 欧米人は麺をすすれないとは聞いたことがあるが、それでもフォークを使えば普通に巻けー


「だから言ったろう。もうちょい短くしたらどうかって。木の棒じゃなくてフォークとスプーンとナイフで食べてみろ」


 大将の言にしたがって、光弘がラーメンをフォークに巻くとするりと麺が抜けていく。


「あほんとうだ。エレナはフォーク器用に使ってたんだがな。・・・んーなんでだ」


 光弘が首をかしげる。向こうで使っていたのと何が違うのだろうか。


「この国のスープパスタってわりと短めなのよね。あなたは全部スプーンと箸で乗り切っていたのでしょ?」


 レーコの問いに光弘は普段の食事を思い浮かべる。洗い物を少しでも少なくしたくて、ほぼ箸で食事を摂っていた。なんならスプーンさえめったに使っていない。


「そーいえばフォークとナイフほとんど使ってなかったな」


「ヒント。フォークの又の本数」


「ん?」


 じーっと置いてあるフォークを見つめる。確かにちょっと変だ。


「ちょっと少ない?」


「そ、『向こう』は四本で、『こっち』は三本。ついでにいうと向こうのフォークはちょっとカーブしているの」


 そう言って彼女が鞄から取り出したのは、銀製のフォークだった。


「すっげ、確かにこんなんだったわ」


「ふふん。こっちの職人に作らせたマイフォークよ!」


「何を喜んでいるのですか。余計なものが足されただけではありませんか」


 公爵夫人は、光弘が簡単にレーコになびいているのが気にくわない。


「ふーん。ちょっと使って見せてくれないか?」


 食に関することならなんでも気になる大将がレーコにいうと、彼女はマイフォークでラーメンを食べて見せた。


 その様子をじっと興味深げに観察していた大将は、


「ミッチ今度どっかに頼んでこれ作ってもらうわ」


 どうやらフォークが気に入ったらしい。


 頼んでいたピリ辛ギョーザが焼き上がる。餃子自体は早い段階から西マール食堂のメニューになっていたが、これは唐辛子ペースト入りの特別製だ。


 さっそく、とんこつに餃子を付け、半分に割る。たっぷりラーメンのスープを吸い込んだ餃子を口に放り込む。「おいしい」


 スープは唐辛子ペーストが溶け出したことで、若干赤みが加わる。


「んー!うちの近所のラーメン屋さんの味にかなり近づいた。めちゃうめー!!」


 近所のラーメン屋に遠く及ばないのはわかっているが、雰囲気を味わえただけでも十分満足だ。


 他の者もこぞってピリ辛餃子を光弘の皿から奪ってスープに浸したり、そのままかぶりついたり。


「これはなかなか。ギョーザの辛味も和らぎ、スープも味が変わって大変よろしいですな」


「だろ!やっぱ××のラーメンはさいこーだよな!?」


 賛同者を得て、思わず近所のラーメン屋の名前を叫んでしまうほどテンションが漠上がりする。

 とりあえずブンバーはラーメンとピリ辛餃子の組み合わせを気に入ったようで何より。


「次はたっぷりのもやしと豚肉にシナチク、なるとの入った俺んち中華ラーメンを作るぞー!」


「それ作るのは俺だよな」


 光弘がテンション爆上げているすぐ近くで、王子はスープだけを静かに飲み干すのだった。


 皆が、満腹になってまったりし始めた頃合いで、


「おいしかったスープに器を。ソースにスプーンを、一番合った薬味の前にフォークをそれぞれ置いてくれ」


 大将が締めの言葉を述べた。


「おっちゃんラーメンもって帰ってもいい?」


 孤児院の子供が大将に尋ねる。その発想はなかった。


 (気に入ってくれたのは嬉しいが、さすがに延びるんじゃないか?)

 テイクアウトが流行ってない世界線でお願いします。


 杉田家おうちラーメン...うどん出汁に醤油をてきとーに足したラーメン。中華麺とシナチクは必須。塩コショウで味付けしたもやし(+豚肉)をこれでもかというほど入れて食べる。もやしが本体のラーメン。麺のちゅるちゅる感ともやしのしゃくしゃく感がベストマッチ!

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