悪役令嬢と商売
翌日、エレナは再び露店商の元を訪れた。
「お嬢ちゃん、昨日のあれ。さっき一つ売れたよ。5000ロゼで」
「はう。5000ロゼ。すご」
あれが5000。正直、1000でも厳しいかなとこっそり思っていたのだ。
「もちろん工夫はしたけれどね。
最初は1万で交渉をはじめて、5000で落ち着いたよ」
「いちまん」
強気すぎる。どんな裏技を使ったのだ。私には無理だ。
「で、あれの元値はいくら?」
「紙の端切れをタダ同然でもらっているので材料費はほぼゼロです」
「本当の売値は?」
「1000ロゼ」
「パーツ一つにつき50ロゼってところか。
1000ロゼは妥当だと思う。胸張りな。紙の端切れを使っているとはいえ、作っている時間も場所代も、ここに露店を開いてる場所代もかかるんだからさ」
「あ、ありがとうございます!」
他の人にとったら無価値で、作った本人も価値を信じられなくて...一つも売れない日々にエレナ自身も自分の感性を疑いはじめて...やっと価値を認めてもらえた。
「本当なら私だって1000ロゼ払ってやりたいが、売れるかどうかもわからん物を高値で買い続けるわけにはいかない」
「そうですよねー」
がっくり肩を落とす。3000ロゼの稼ぎがあっただけでもありがたいと思わなければ。
「ってことで、ちと相談なんだが、これはこれでかわいいんだが...」
差し出された八重桜のボールには花の中心部分に小さな真珠がついており花びらの先にもさらに小さなビーズがついていた。
「真珠やビーズをつけたらもっとかわいくなるだろ」
「ええ。はい!とっても!」
かわいいし、きれいでおしゃれだ!ミツヒロからもらった時の、手に持った時のどきどき感がよみがえる。
「女の子は光もんに弱いからね。かくいう私も光もんに弱いんだけれどさ」
「リボンつきのやつ、試作してみたんだけれど後付けだとぽろっといきそうなんだ。
この一個とこっちのくず真珠、くず石をあんたにやるよ。あんたと旦那さんで好きに使ってくれていい」
リボンは、製作過程の途中で中に入れ込んでいるので、後付けだと耐久性に問題がある。
「えっと旦那では...なんで他の人が作ったのだと?」
「あんたの手が綺麗だからさ。まあここはちょっと怪我しちまってるけれど」
紙の端で指をきってしまったのだ。
「ちゃんと医者に見せましたわ」
「指切った程度で医者に見せるなんてどんな大貴族様なんだい?」
渡された小さな瓶には真珠やらビーズ、天然石のかけらが雑多に入っていた。
女性が使っているものはしきりケースに種類・サイズ、色ごとに細かく分かれている。
なるほどああいったケースを用意すればいいのか。
そして、ふと、適当にものが転がっている工房と机をひっかきまわし物を探しているミツヒロを思い出しため息をついた。
「あの、まだ私名乗ってませんでした。エレナ・す・・・」
一般人に名乗るのはOKなのか。ガントとミツヒロは信用できるし、食堂の人たちとも最低限の信頼関係は築けたと思う。
しかしこの女性は信用できるのだろうか? 一般人に軽々しく接してはならないと教えられてきた上、馬車通りも近いこんな道端で、不特定多数の人に名乗りを聞かれてしまえば、そのまま誘拐だってありうる。
「貴族様の方から名乗っていただけるなんて光栄だね。私はイザベル。ただのイザベル。アクセサリー職人をやっている。三人の子持ち。旦那はいない」
イザベルは手を伸ばす。エレナはその手をしっかり握り返した。
「まあ」
若い女性一人では三人の子供を育てるのは大変だろう。
エレナとイザベルとの出会い。
これがのちに『折り紙アクセサリー』ブームのきっかけになる。
◇
その日から露店商の隣で商売の修行をすることになった。
「で、売り物は?」
「はいこちらです」
バスケットには『折り紙工房スギタ(西マール通り)』と書かれている。これなら、衛兵にとがめられてもすぐ片付けられて、ついでに工房の宣伝にもなる。
「西マールにそんな工房あったかね?」
「西マールにはよく立ち寄られるんですか?」
寂れた商店街にさほど人通りは多くない。もしかしてすれ違ったことがあるかもしれない。
「昔、ちょっとね。もうずいぶん変わっているんだろうな」
イザベルはちょっと懐かしむような遠い目をしている。
「西マールに行くのなら食堂がおすすめです。珍しいメニューが並んでますよ。安くて美味しいですしきっと子供たちも喜びますよ!」
特にオムライスは近所の子供たちにも大人気だ。
「そうかい。気が向いたら寄らせてもらおうかね」
(あっ。これ絶対行かないやつだ)
さて、と声をあげて、イザベルは軒を貸してくれている家のドアを叩いた。すぐさま女性が扉を開けた。
「なんだい?うるさいね」
「おばちゃんこの子うちの親戚なんだ。ちょっと負けてやってくれ」
「見たとこいいところのお嬢ちゃんじゃないか。むしろぼったくりたいが、一時間200ロゼでいいかい?」
民家のおばさんはエレナの姿を頭のてっぺんから爪先まで確認して告げた。
「はい」
即決したエレナにイザベルが待ったをかける。
「待った。あんたはまず交渉することをおぼえな。おばちゃん勝手に軒使われるよりもちゃんと払ってくれるやつの方がいいだろ?この子、私の生き別れの妹なんだよそれじゃあ私と同じじゃないか」
「ぶっ!?」
ちなみにイザベルは異国の血が混じっているのか、お肌は艶やかな褐色だ。髪も黒い。目はオーシャンブルー。
対してエレナは金髪碧眼。いっさい日焼けしていない肌は雪のようだ。
本当はもう少し色味があったほうが健康的なのに、周りが日焼けを許してくれない。
「あーわかったわかった。この娘は150に負けといてやるよ。あんたは変わらず200だから」
「ちっ」
だいたい客層は女性かカップル。たまに子供が母親をぐいぐい引っ張って、だまし舟やらの類いを買うぐらいだ。
女性一人の時は、笑顔で商品を買ってくれるのに、
カップルの場合はエレナの姿を確認して、男性が女性にくいっと引っ張られてイザベルの方へ向かう。
「やっぱりなかなか売れない」
せめて、150ロゼは売らないと赤字になる。
子供が買っていったのが50ロゼのだまし舟、女性が買ってくれた八重桜(250ロゼを二百まで値切られた)、あとはイザベルが買った花系折り紙まとめ買いで3000ロゼ。
「呼び込みの声が小さいし、普通お貴族様はこういうもん人気取りのために孤児院のバザーに寄付するんだろう?」
「私が作ったものじゃないので、勝手に寄付するわけには」
イザベルが金の粉が入ったジェルを花の芯に塗っている。
「男のために恥をかなぐり捨てて、商売人の真似事をするなんて、心意気は買うけれど」
「べ、別にミツヒロのためでは」
冷静に考えれば服だけ立派な貴族令嬢が地べたに座っているのはあまりよろしくない。
「ただ、変なやつに声かけられないように十分気をつけなよ。特にー」
「お嬢ちゃん、そんな金にならねえ商売よりもっと稼ぎのいい商売を紹介してー」
ギン。鋭い剣が声をかけて来た男の喉元に突きつけられる。
「あなたは善良なお客様ですか?それとも悪い斡旋業者の方ですか?」
剣を下ろさぬままサンドラが男に問う。
「客です客です。善良な斡旋業者です~。あ。」
首の皮一枚の距離を保ちながら、剣は横一線に引かれる。
「お客様でしたら、お好きな商品十個お買い上げの上、速やかに」
「は、はいー!!」
男は商品をろくに見もせず適当に選んで買って去っていった。
イザベルがひゅーと口笛を吹く。
小さなトラブルはあったもののその後も作業しながらも人が通るたびに声をかける。
やっぱり一工夫しないと売れにくい。
「雨の日に使えないってのがネックだね。まあ雨の日に出歩くことはあんまりないだろうけれど」
「できればお客を西マール商店街に呼び込みたいのよね・・・」
ため息が漏れてしまう。
どうしたらいいのだろう。




