悪役令嬢と露店商
「お嬢様。本当にやる気ですか?」
「やるわ」
「お嬢様がみずから物売りをする必要はないですよ。
こっそりバレないように使用人にやらせればいいんです。もしくは使用人に買わせて、あとから給与で補填するとか」
「いやよ。そんなズル」
馬車道の両端には露店がちらほら見えている。ただ布の上に商品を広げている者。猫車に商品を載せて販売している者。かごを抱えて物を売っている者。
露店の許可なんてどうやって取るのだろう。
「一応、あとで法律は確認するけれど、今日は下見よ」
「お嬢ちゃんそんなところでぼーっとしてたら、馬車に引かれるか、悪い男に路地裏に連れ込まれるかだよ。こっちおいで」
手招きするのは三十ほどの女性。ウェーブのかかった短い髪に褐色の肌。異国の人間だろうか。
「物を買ってくれた客には口が軽くなると聞きます。何か買えば気前よく教えてくれるんじゃないでしょうか」
サンドラがふぅっとため息をつきつつ背後からアドバイスをしてくれた。
「ガントさんも酒の一杯でも飲み交わせば距離が縮まるって言ってたわ」
最初の頃は、貴族令嬢を見かけるだけでみんなぴりぴりしていたが、ガントのアドバイスにしたがって、安いシェリー酒を一杯飲んでからは、一挙手一投足を見つめていた食堂の人たちの緊張はほぐれた。
それからも商店街の人たちとも、お酒を飲んだり、買い物したりでじょじょに互いの緊張感がほぐれ、距離感が縮まった。
「ありがとう。これ美しいわね」
お世辞ではなく、細かなガラスと輝石を集めた美しいブレスレット。
「ビーズ玉のブレスレットさ。石は...まあ色ガラス使っているところもあるが、きれいな色だろ」
「ええ」
素材は安物を集めて作っているのだろうが、安っぽさは感じさせない。
貴族の使うアクセサリーのように計算し尽くされた圧倒的な華美さはないが、手作りの偶然が産み出す輝きとぬくもり、品の良さは十分伝わってくる。
ちょうど変装時に使う『下町で浮かない』アクセサリーを探していたところだ。ローズクオーツのブレスレットとバロック真珠のネックレスを買う。
「これとこれ買うわ」
「まいどあり!」
「で、聞きたいんだけれどどうやって物を売ってるの!許可とかどこで取ってるの!売るコツってあるの!場所ってどうやって決めているの!」
「お嬢ちゃんが物を売るのかい?」
「はい!」
「食い詰めた没落貴族様とか?それなら悪いこと言わないからさっさとこっから離れな。悪い男たちが魚釣りしているからね」
(魚釣り?川はもう少し離れているはずだけれど)
「没落なんてしていません!世界征服のためですわ!」
「っぶ、ぶはははは。お嬢ちゃんこんなところから世界征服かい。いいよちょっとくらいなら教えてやるよ。隣座んな」
隣を指差される。が、地べた。一瞬悩んでハンカチを敷いて座る。
露店の店主はほーっとため息をつき「もったいない」とこぼす。
「アクセサリーちょっと貸しな。つけてやるよ」
手早く、ブレスレットとネックレスをつけてくれる。
「うん。よく似合っている! で、質問の答えなんだけど。許可はないね。場所は、私は馬車通りから少し離してある。馬車通りに店を出してたんじゃ、衛兵にすぐ目をつけられるし、もし馬車が暴走して突っ込んできても文句は言えない。死人にクチナシだ」
「え、でも?」
馬車通りの道の両端で布を広げている者が多い。
「あれは店や民家に使用料を払って、場所取りしているんだ。軒下なら『道』ではなく『家の敷地』だからね。高級店だとまあ、門前払いだし、場所取りの喧嘩なんてしょっちゅうだよ」
そう言っている間にも女性はビーズアクセサリーを編み始めた。
「売るコツは売れるもんを作って売る。衛コーに見つかったらすぐに店をたたんで逃げられるようにする。他の面子も猫車だったり、布に商品広げたり、バック抱えて立ち売りしている」
(うー。売れないから困っているんだけれど・・・)
「話す分には構わないけれど、せめて怖い顔しないでくれ。客商売はまず笑顔が第一だよ」
と、視線を感じて顔を上げると目の前に女性が立っていた。
「そこのきれいなお嬢さん、このアクセサリー気になる?良かったらいくらでも見てくれ」
露店商の女性はエレナに向けていた顔とは1・5倍増しの笑顔でお客に話しかける。
「この人と同じのってある?」
「これと、もう一つこっちは色違い。同じデザインの指輪もネックレスもあるよ」
「んー。これとこれ」
「まいどあり」
お客を笑顔で見送る。
「やっぱり若くてきれーな子にマネキンやってもらうと違うね」
よーく見れば彼女も自身の作品と思われるアクセサリーをつけている。
「おほほほほ。私をマネキンにした対価は高くつきましてよ」
まさかの公爵令嬢をマネキン扱いとは、いい度胸をしている。
「いいじゃないか。イーブンで。私は商売のコツを教える。あんたはモデルをやる。ダメなのかい?」
(うーん。釈然としないけれど)
「イーブンかどうかは私が決めます。とりあえずもうちょっと詳しく商売について教えてください」
露店商の女性はため息をつく。
「(やれやれ変なのに引っ掛かっちまった)で、何を売りたいんだい?」
「これです」
バッグにつけている八重桜のくす玉を見せる。
「さわっても?」
こちらは自分の作った物なので、他人に触られるのには抵抗があるし、じっくり見られたら、粗がすぐわかってしまう。バッグの中から商品の『八重桜のくす玉』と『だましぶね』を取り出す。
「どうぞ」
「んー。これ紙だよね。いくらで売るつもりなんだ?」
露店商は手の内で転がしたり、ちょいちょい先っぽを触って材料を確認する。
「...250ロゼ」
店舗で最初につけていた値は『1000ロゼ』だったが、まったく売れなかったのだ。
「んー、私なら...この『花』一つ500いや600ロゼで買うよ」
「は?ほんとですか?」
本来の値よりかは安いが売れないよりかは断然良い。
持ってきた『八重桜のくす玉』は五つだ。それをすべて彼女に渡す。
「600ロゼが5個で3000ロゼ。はい」
「あのだましぶねは?」
できればこちらにも興味を持ってほしい。
「だましぶね?」
「帆のところを持って、目を閉じてください」
「こうかい?」
女性が目をつぶっている間に帆と舳先を入れ替える。
「あらま」
驚いてはくれたが...
「面白くはあるけれど、ときめかないからダメ」
ばっさり斬られた。
「今日はもう店じまい。他のもんも、気が向いたら持って来な。たいていこの付近にいるから」
起業編なのでしばらく折り紙の出番は薄いかもです。




