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第二十二話 オオサカ城の乱 中編

 ミカは天空の間のふすまをぶち破り、手すりを乗り越え、地面に向かって落下していた。


 (咄嗟(とっさ)の事でやっすーに任せちゃったけど、大丈夫かな?)


 1000メートルの自由落下の最中、脳裏では自分の心配ではなく、たった今置き去りにした黒木の事を考えていた。


(……流石に、あの3千円で買った【おみやげ屋の短剣】じゃ、グリスに勝てるわけないしね。

 うーん。まずったかな?)

 

 そうこう考えているうちに落下距離が500メートルを超え、雲を突き抜けて、地上の様子が彼女の目に入った。


 すると、先ほど自分が居た場所に、無数の魔物たちの黒い群れが見えた。


(……って、やばい。門が封鎖されてるし。いつの間にか城の周りも魔物だらけじゃん。やっぱり私も残った方が良かったかな?)

 

 城の中には更に多くの魔物が待ち構えているだろう。

 少なくとも、もはや奇襲作戦とはなりえない。

 

「ナビ、コガネさんに【来るな】って連絡して。あとやっすにーは【もう逃げて】って。敵に囲まれてる。今回も罠だった!」


 その直後、ミカは敷地内の公園部分。大きなサクラの木の上に落下した。

 いくつも枝をボキボキとへし折り、落下の衝撃を和らげながら地面に着地すると、

「ごめんね、やっすー」

 と言って、天守閣を何度も振り返りながら、外に向かって走り始めた。


 ☆


 <逃げろ。と、ミカから連絡っすよ。敵に囲まれてるみたいっす>


 ナビのディーが、胸ポケットの中から小さな声で呟いた。


 ……逃げろ、か。


 確かにそうするのが良いんだろう。でも……なんでだろう。


 今は逃げる気持ちになれない。


 なぜだか俺は、目の前に立っている怪物と戦いたくて、ウズウズしていた。


 今回の目的はあくまで斥候の予定なのに……


 ……あの時と同じだ。

 俺が魔神界の檻から逃げ出す時の覚悟を決めた瞬間。

 湧き出すような気持ち、充実感というか、強烈なエネルギー。


(ディー、ミカにこう伝えてくれ。『グリスを倒してから逃げる』と)

 俺は小声でそう言って、グリスに向き直った。


 勝ち目があるかわからないし、捕まったら迷惑をかけることになる。


 ……でも、どうしてだろう?


「色々と、お前の仲間について聞きたい事がある。もしも話してくれるならお前の命は奪わない」

 グリスは俺の事を見下してるのか、未だに俺を攻撃してこない。

 どうやら俺の仲間(人類解放軍)の事を聞きたいらしい。


「……何も言う気はない」


「それなら、拷問して喋ってもらうだけだ」


「拷問。なるほど、俺を拷問して話を聞き出そうって? ふふ」

 グリスのその言葉が、少し面白かった。


 俺に拷問。馬の耳に念仏だ。


 拷問の経験値だけで言ったら、多分世界でダントツで一番あるからな。


「何がおかしい……?」

 俺の笑いが気に障ったのか、グリスはピクリとこめかみを動かした。


「いや、笑う気は無かったんだ。ただ……うん、ともかく俺は仲間の事は話さない。『死んでも』ね」


 その言葉が開戦の合図になった。

 ようやく、グリスは特徴的な三本の剣を構え、ジリジリと距離を詰めてきた。

 

 右前腕に握っているのは、ゲームの世界から飛び出してきたような特大剣。


 1(トン)くらいの重さはありそうだ。


 でかい相手や、鎧を着ている相手には有効だろうが、スーツを着ている俺相手には多分ただの重りにしかならないだろうから、警戒の必要は薄いだろう。


 左前腕に握っているのは、日本刀だろうか? 刀身は反っていて、細長い。

 さっき記者達を一振りで皆殺しにしたやつだ。斬撃を飛ばす特性があるらしい。


 そして右後腕に握るのはレイピアって奴だろう。 

 突き攻撃を目的にした細い剣。


 あとは……左後腕。

 何も持っていないように見えるが……にしては手の形がおかしい。

 何かを握っているような手の形をしている。


「そらそらそら!」


 ガンガン、ガキイン!


「く……」


 切り、突き、なぎ払い。他種多様な攻撃が同時に襲ってきた。

 素早さはこちらの方が上だけど、こちらは剣が1本。向こうは3本。

 受けるのがやっとだ。


 ザンッ


「ぐッ!」

 やばい! 顔に一発食らった。

 頬から血が流れているのを感じる。深いキズじゃなさそうだけど……問題は、今の一撃がまったく見えなかった事だ。


 三本の剣は全て防いだはず……どうなってる? さっき記者達を殺した時と同じ斬撃か?


 ……いや違う。あの刀の攻撃の直線状には立っていなかった。


「お前、かなり強いな」

 と、俺が正体不明の攻撃に困惑しているところで、グリスが呟いた。

「だが、ずいぶんと剣の扱いが下手だ。肉体の強さの割に、バランスが悪いな」


 ……痛いところに気づかれたな。


 この五年間、基礎ステータスは爆発的に伸びてるけど、武器の熟練度はひとつも上がっていない。


 正直、剣の扱いに関しては、素人に毛が生えたレベルの技術しかない。


 それに対して、グリスの剣技のレベルの高さは俺にも分かる。


 よどみない剣撃、舞っているかのような動き。三本の剣は生きているかのようだ。


 その上、間違いなく握っている武器は最高クラスだろう。


 反面、俺の持つ短刀は攻撃を受けるたびに刃が欠け、ボロボロになる。


 ……この武器じゃ、到底勝てそうにない。

 

「殺す前に聞いておくが、出身は?」


「……出身? トウキョウだ」


「か~、トウキョウの田舎者か。どうりでなぁ」

 急に、グリスが大声て笑い始めた。

「へっへっへ、トウキョウの田舎者は、やっぱり駄目だなぁ。所詮は二流の人間が集まる街よ。

 才能は有るようだが、それだけだ。もしもオオサカに生まれていれば、あるいは俺に勝てたかもしれんがなぁ!」


 そして、再び剣が襲ってきた。

 三本の剣を短刀で受け、躱したはずだが……


「ぐうッ! どうしてッ!」

 再び、攻撃を受けた。

 スーツの胸の辺りが切り裂かれた。切れ味から判断するに、これは斬撃。

 しかし、刀から放たれているものじゃない。これは……


「……剣は四本あったんだな」


 俺がつぶやくと、グリスは嬉しそうに笑った。


「ほう、ようやく気づいたか」


 左後腕、やつは何も握っていないんじゃない。

 見えない剣を握っているんだ。四本の腕があり、そして四本の剣があった。


「だが、それが分かったとして、お前に(かわ)せるか?」

 グリスは嬉しそうに笑いながら、左後腕をくねくねとうごかす。


 ……その通りだ。


 刃の長さがわからないから攻撃の射程もわからない上に、左後腕の手首の動きをよく見ていないといけない。そのせいでさっきよりもむしろ……きつい。集中力が持たない。


 ザンザンザンッ! ガィン!


「ほう、頼みの(つな)がなくなったな」


 グリスが右前腕に持つ無骨な巨大な剣――名前をつけるなら、【鎧壊し】と呼ぶべき武器。

 その攻撃を受けた瞬間、ついにミカから貰った短刀は限界を超えて、バラバラに砕け散ってしまった。


「……ック」

 

 どうする? やっぱりミカの言葉に従って逃げるべきか?

 視界を一瞬だけ後ろに向けた。が、それはもう遅かった。


「グリス様! ご無事ですか!?」


 グリスの部下だろうデーモン達が天空の間になだれ込んできた。


 いちにーさんしーごー……十人以上だ。あっという間に囲まれた。


 ……これは、マズイな。


 流石にこれだけの数が居たら逃げ出せない。


 どうする? どうすれば?


「お前たちは手を出すな。俺がこの田舎者を直々に倒すからな」


 グリスがそう言うと、彼らはそれ以上包囲の円を縮める事はせず、立ち止まった。


 ……何にせよ、ありがたい。これだけの数を相手には戦えない。

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