第二十一話 オオサカ城の乱 前編
「やっすー免許もってたんだ、意外だねぇ」
助手席でミカが呟いた。
「まあな、でもミカは? 世界がこうなる前にはもう18だったし、取ろうと思えば免許は取れただろ?」
「本当は、高校卒業した後に、会社に入るまでの間に取ろうと思ってたんだけどさ、ちょうどお父さんが入院しちゃって……タイミングを逃したんだよね」
「……そうか」
「はぁ~あ、もうこんな状態じゃ、免許も取れないし……今後はずっとやっすー運転手に任せるしかないよ」
ミカがため息をつきながら、シートに体を押し付け、そのまま大きく伸びをした。
かなり疲れてるらしい。「ふぁーあ」と、大きなあくびが一つ口から漏れた。
「西日本の奪還に成功したら、自動車教習所にだって通えるようになるだろ?
だから次に車に乗るときは、ミカが運転してくれ」
「あ、そっか。それもそだね」
と、ミカが笑う。全然緊張感ないな……これから、大きな戦いが始まるだろうってのに。
今日の夕方から、西日本統括司令のグリスがオオサカ城の天守閣で、東日本の変化についての記者会見を開くという話が突如ニュースに上がった。
それはつまり、今日なら間違いなくグリスがオオサカ城に居るということ。
よって、西日本奪還作戦はそのタイミングで急遽決行される事となった。
もちろん前回の襲撃作戦の事を考えれば、敵もその事を警戒しないはずもないし、罠という可能性もある。
だから、今回は斥候部隊として、ミカと俺の二人だけがまず先行してオオサカ城に向かい、安全を確保した後に本隊へ連絡を取る手筈になったんだ。
ミカは今回戦闘担当じゃないってことでリラックスしてるんだろうが……前回のこともある。俺はまだ不安が拭えていなかった。
会見予定時間の2時間前に、ようやくオオサカ城に到着した。
当然、戦闘服敷地内に入ったら怪しまれるのは明らかだから、灰色のパーカーを着て、下はジーパンに着替えた。
そして顔バレもしないように、二人でキャップを深く被って、敷地内に入った。
「会見、本当にやるっぽいね」
「ああ、罠の可能性は低そうだ」
敷地内には観光客らしき魔物の姿が沢山、それに、スーツを着た報道関係者の姿も沢山あった。
テレビオオサカ。夕日テレビ、D・B・S(ドスコイ・ボロモウケ・システムテレビジョン)……それ以外の主要局も全部、それに地方のテレビ局も居るな。
腕につけている腕章、それにカメラやマイクといった機材を見るに、多分本物だろう。
「記者会見をやるってのは、嘘じゃなさそうだ。 どうする? もうコガネに報告するか?」
「いや、まだ『4つ腕のグリス』が本当にここに居るかわからない。
ちゃんと本人が居ることを確認してからじゃないと、前回の二の舞になるかも」
ミカ、用心深いな。
……ていうか、俺が用心深くなさすぎるのかも。
やっぱり死なないってわかってると、敵を警戒する気持ちが下がるし、勝利に大して貪欲になれない。
随分前にもミカに注意されたけど……負けてもいいって気持ちは捨ててないとな。
今は負けたら失うものが大きい。俺自身が死ななくても、仲間はそうじゃない。
☆
午後の四時だった。
日本国内の建造物の中で、首都の名所に相応しい最高の高さ、地上1000メートルを誇るオオサカ城。
その最上階である天空の間に報道陣が通された。
「うまくいったね、やっすー」
「ああ、思ったより簡単だったな」
俺とミカも、何とか天空の間に忍びこむことに成功した。
方法は簡単。スーツに着替えて、地方局の腕章を偽装したんだ。
報道陣は何十人も居る上に全員が人間だから、別に俺達が目立つことはない。
……ま、俺は明らかに子供っぽいから、ちょっとだけ浮いてるけど、みんな機材やら取材質問の準備やらで忙しそうだから、俺の方を気にしている人間は居ない。
これで手筈は整った。
後はここにノコノコと西日本統括司令【4つ腕のグリス】がやってきたのを確認したら、ナビでコガネに連絡するだけだ。
今回の戦いは基本的にコガネたちに任せる予定だから、俺たち二人は確認を終え次第、こっそりこの場を抜け出して、役割はそこでしゅーりょーだ。
……………
……
「どうした、誰も来ないぞ?」
「ドタキャンか?」
「……まったく、魔物は時間にルーズすぎるな」
夕方の五時を迎えて、天空の間の中がにわかに騒がしくなってきた。
本来なら会見が始まる時間だが、肝心のグリスがいつまで経ってもやって来ない。
……ただの遅刻か? あるいは……嫌な予感が少しした。
が、その予感は良い方向に裏切られた。
「やあ、遅くなって悪かったな。今から会見を始める」
1人の巨漢が、天守閣の中に入ってきた。
顔は真っ白と言っていい血色、四本の腕、三メートル近い巨軀。
自己紹介を待つまでもなく、彼が『4つ腕デーモンのグリス』だということがわかった。
なんでも、彼はデーモンの変異種らしく、世界でも彼1人だけの特別な種族だそうだ。
普通の人間と同じ位置に腕が二本、そして背中の肩甲骨のあたりから生えている腕がそれぞれ二本ずつ。それで計四本の腕がある。
背中から生えている方が後腕、本来の位置に生えている腕が前腕ってところだろうか?
しかし妙な事に、グリスのご自慢の四本の腕のうち、三本の手には武器が握られていた。
「……あの、どうして武器を?」
男性の記者が、グリスに質問をした。
もちろん、どう考えても記者会見には不要なものだ。疑問は当然だろう。
「これか? これはだな……」
グリスは笑いながら、左前腕に握っている日本刀のような武器を大きく振りかぶった。
……何をする気だ?
そう思うと同時に、
「みんな! 伏せて!」
ミカが叫んだ。
それと同時に、繰り出された横薙ぎの一撃。
ズッバァ!
俺は言葉に従って、反射的にその場に伏せたが、他の一般人である記者たちは当然そんな突然の事に対応は出来ない。
グリスがふるったのは刀身は80センチ程の刀だが、斬撃は部屋の中に居た記者たち全員を襲った。
一般人にとってはひとたまりもない攻撃だった。
……俺たち二人を除いて、その場の全員が床に崩れた。
床は地に染まって、撮影機材もボロボロになった。
「……ふふ、やはりネズミが紛れ込んでいたな」
そしてグリスは笑いながら、こちらを見た。
「俺たちに気づいてたのか?」
「いや? 全然気づいてなかったよ。
しかし、俺なら記者に紛れ込んで奇襲する。そう思ったからやっただけだ」
確証もないのに……それだけの為に、この場の全員を殺したのか?
だとするとコイツ、話し合ってどうこうなるタイプの魔物じゃないな。
……人間の事をなんとも思っていない。
隣に立っているミカも、この行動にはブチ切れたらしく、髪の毛を逆立てる勢いでグリスを睨みつけている。
「お前には人間の上に立つ資格はないぞ。俺たちにその椅子を譲ってもらう」
俺は敵に向かって啖呵を切った。
こうなったら援軍は間に合わない。俺たち二人でコイツを倒すしか無い。
「そうか、それは残念だ。しかし、どうやって俺を止めるんだ?」
グリスは俺とミカの姿を見て笑った。
「あ……」
そうだった……俺たち二人はあくまで斥候。怪しまれないように武器も防具も持っていない。
流石に素手じゃ戦えない。
……うん、再び作戦変更。やっぱりコガネたちに連絡を取ろう。
(ミカ、一旦逃げろ。俺がここで足止めするから、増援を連れてきてくれ)
ミカにそう言って、俺はいつもどおりの囮を引き受けることにした。
「……わかった。やっすーに任せた。これ使って!」
するとミカは俺に一本の短刀、刃渡り二十センチほどの剣を懐から取り出して、強引に押し付けてきた。
準備がいいな。
と、思うと同時に、ミカは即座に後ろに飛んで、ふすま扉を壊しながら、地上1000メートルの夕方の空に向かって消えた。
……判断が早いな。もうちょっと躊躇とかしてくれてもいいのに。
と、そんな事を考えてる場合じゃないな。
「さてと、お前には仲間の情報を吐いて貰うぞ」
巨体に剣が三本……単純にそれだけですさまじい威圧感を感じる。
それに、よく見てみると唯一剣を握っていない左後腕も、手の形が妙だ。
まるで剣を握っているような、そうでないような……
何にせよ、相手は【准魔王位】。今まで戦った事のある相手とは比較にならない。
……どれだけ時間を稼げるか、それだけを考えよう。




