第十二話 生き残った人間は
俺はリリィの言葉どおり、牢屋に拘束された。
そこには代わる代わる魔物がやってきては、俺を好きなだけ拷問する。
四肢を切断されて、バラバラにつけ直されたり、あるいは爪を一枚一枚剥がされたり、
皮を剥いだ後、そこに塩を塗り込んだり……
本当に、多種多様な拷問をされた。
中には人間では到底思いつかないような、残酷極まりないものもあった。
(どんなことをされたかは、言わない。俺も思い出したくないから)
「人間ほど恐ろしい生き物は居ない」
なんてことを言う奴も居るが、実際は魔物の方がずっと恐ろしいことが骨身にしみた。
多分、連続殺人鬼ですら、俺に対する魔物たちの拷問を見たら、吐き気を催すだろう。
しばらくそんな生活をしているうちに、俺はいくつかのことが分かってきた。
連中は、俺が痛がると満足する。
しかし痛みを我慢して平気な顔をすると、苛立って更に拷問をひどくする。
だから痛がってるフリをするのは一番良いことだとわかってるんだけど、
拷問生活が続くと、そんな演技をする気力すら沸かなくなる。
相手のなすがままになって、自分の痛みにすら興味が無くなってしまうんだ。
だから拷問はひどくなるばかり、一度の拷問で千回近く殺された事もあった。
しかし、もうそんなことはどうでもいい。
どうせ俺は死なないし、死ねない。
痛みについて思考を向けることは無意味だ。
何も考える必要はない。多分、永遠に俺はこのままだろうから。
ああ、願いが叶うなら……どうか俺を殺してくれ。
そう思いながら、今日もまた俺は拷問をされ続けた。
☆
「オイ、コイツ。モウ何ヲシテモ反応シナイゼ」
「精神ガ死ンダンダロ。人間ハココロがモロイカラナ」
「ドウダロウナ、オイ、ナニカ言ッテミロ」
そう言って、誰かが俺を閉じ込めている檻を叩いた。
ガァンと音が響く。うるさい。
しばらく無視していたが、やがて我慢できなくなって目を開くと、
そこには二匹のレッサーデーモンが居た。
「……」
なんだ、ザコが二匹か……寝よっと。
「ナンダソノ目ハ」
「生意気ダゾ」
「……」
最近、なんだか体の調子がおかしい。
完全に消えたと思っていた気力とか、生命力や怒りといった物が少しずつ復活している。
普段なら何を言われようと、どうでも良いのに……今日は、なぜだかこんなザコにバカにされているのがひどくムカついた。
「とっとと消えてくれ。寝たいんだ」
「オイ、オ前……ジブンの立場がワカッテルノカ?」
レッサーデーモンの一匹が、檻に手を掛けて、顔を近づけてきた。
だからその間抜けな顔に、俺はペッとツバを吐きかけた。
ナイスコントロール。ツバは見事に、ほっぺたにぶつかった。
「コイツ……殺ス!」
「あっはっは、やれるもんなら、やればいいさ。
お前みたいな出来損ないには出来ないだろうけどな」
「ナンダト……?」
「この【竜血石の檻】に、俺を閉じ込めているから偉そうにしてるんだろ?
素手の俺と、一体一で対面する勇気も無いくせにさ」
そう言うと、ブチ切れた顔で、ガンガンと何度も檻を叩いた。
「人間ゴトキガ、何ヲ生意気ナ」
まあ、実際レッサーデーモンと言っても、魔物全体の中では上位種に位置する種族だ。
だから誰かに舐められるようなことは普段ないのか、煽り耐性は全然ないな。
これはもしかすると……
「はっはっは、やっぱり口だけだな!
檻の中に入ろうとしないなんて!」
俺はさらにバカを煽る。
すると、みるみるうちにその表情が歪む。
なんだか楽しくなってきたな。
「両手両足を拘束されている素手の人間が怖いんだろ?
だからそこからお前は動かない。
分かるよ、ツバを吐きかけられても、そこから動かないのは、
俺に勝てないって知ってるからだろ?」
レッサーデーモンは、赤茶色の坊主頭をしていて、身長は2メートルほど。
形だけは人間に似ては居るが、白目が黒いし、ぶっとい血管が浮き出ている。
……まあ、以前の俺だったらビビって居ただろう。
けど今は、全然怖くない。
今更何を恐れ、何を躊躇する必要があるだろう?
何万回と死んだ後、恐怖は消えていた。考えと行動の間に発生する躊躇はもうない。
俺はもう俺じゃないんだ。
急にそんな妙な考えが頭に浮かんだ。
「ギチギチギチ……」
妙な声で唸るレッサーデーモン。
そして、檻の扉に手を掛けた。
「ヤメテオケ! 【准魔王位】以下ノ魔物ダケデコイツニ接触スルノハ、リリィ様ニ禁ジラレテイル!」
チッ、もう一匹の邪魔が入った。
開きかけた扉はまた閉ざされた。
「おいおい、半分人間のリリィにビビってるのか?
やっぱりお前ら、二匹ともどうしようもない臆病者だな。
バーカバーカ。お前らのリーダーデベソ」
だが、アッカンベーして挑発すると、二匹の目つきが変わった。
怒りというよりも、その目に浮かんだのは覚悟だった。
「……リリィ様ハ偉大ナ御方、バカニスルノハ許サナイ」
俺は、本能的に今から戦いが、あるいは拷問が始まるのがわかった。
カチャカチャ、ガチャリ。
鍵が穴に差し込まれ、扉が開いた。
そして二匹の魔物が、俺の前に立つ。
「覚悟ハデキテルカ?」
「やってみろ」
その言葉が、始まりになった。
二匹は俺の体を魔法で燃やし、太い腕で殴り、そして……房内にあった肉切り包丁のような物で四肢をバラバラにした。もちろん、痛いは痛かったが、それだけだ。どうせ死なない。
「イッヒッヒ、ザマーミロ、ゴミクズガ」
「人間ヲバラバラニスルノ、キモチイ――!」
二匹はそんな俺を見て、満足げに笑っている。
計画通りだった。
意識が遠くなる……大量失血で……そろそろ死ぬな……
「ふう、よし」
俺の体は、四肢を檻と同じく竜血石で出来た破壊不能の枷に繋がれていたが、体をバラバラにされ、復活したことで、その枷から解き放たれた。
「俺を開放してくれてありがとうな」
「装備モ何モナイノニ、カテルト思ッテルノカ?」
二匹は人間程度に負けるわけがない。と、たかを括ってるのか、焦る様子はない。
たしかに、今までの俺なら、こんな状態になっても抵抗しなかっただろう。
「それはどうかな」
やっぱり、枷がないってのは気持ちがいい。
理論で考えれば、捕まった時から成長していないはずの俺が、上位種の魔物二匹に勝てるはずはないのに、俺はなぜか勝てるという予感があった。
妙だ。一体なぜだろうな?
そう思いながらも同時に、目の前に居るデーモンに詰め寄って、俺は拳をその胸に叩きつけた。
ズボッという感触。
まるで、泥に手を突っ込んだみたいな感じで、俺の手はレッサーデーモンの胸を貫通した。
あれ……俺、なんか強くなったかな?
ただ拷問されてただけなのに、なんでだろ?
「ゴベッ……」
胸を貫いた方のデーモンは、青黒い血を口から吹き出した。
少しすると、体が光の粒子になってバラバラに。
よし、一匹倒したか。
「ナ、ナ、アアアア……マ、マズイィィイイイ」
もう一匹のレッサーデーモンは、事態の深刻さを悟ったのか、
叫び声を上げながら、俺に背を向けた。
仲間を呼ばれると面倒だ。俺はそいつの背後に駆け寄って、手刀で首を切り落とした。
よし撃破。今度は強そうな防具をドロップした。
ラッキー、裸だと流石にちょっとな……と、思っていたところだ。
「……う~ん、やっぱり強くなったな。俺」
一体どうしてそうなったのか、ナビが居ないから詳しいことはわからないが、まあ良いや。
レッサーデーモンがドロップした、黒くてトゲトゲした全身鎧を着て、俺は牢屋を後にした。
☆
うーん、参ったな。
檻から抜け出したは良いものの……ここがどこか、わからない。
俺を閉じ込めていた檻があったのは、岩山に掘られた洞窟の中。
そこから出ると、深い森がどこまでも広がっていた。
それを見て、魔神界はかなり特殊なダンジョンだということを思い出した。
普通、ダンジョンってのは洞窟とか地下迷宮みたいな閉鎖空間なんだが、魔神界は違う。
現実世界と同じように、大地が広がっていて、森があったり、建物があったりする。
そして当然、普通のダンジョンと比べて、めちゃくちゃ広い。
第一層だったらまだ、マップをぼんやり覚えてるんだけど……ここはどうやら第一層じゃないみたいだし、どうやって帰ったら良いのか全然わからない。
けど……まあ良いや、適当に進むか。と、覚悟を決めて森のなかに進む。
しばらくの間はなんにも遭遇しなかったけど、不意にズシン。と、大きな足音がして振り向くと、暗い森の奥に見覚えのある魔物が居た。
「スケルトンキングか」
頭に王冠を被った、超巨大な骸骨の戦士。懐かしいな。
ミカと一緒に戦ったあの時は何も出来ずに殺されたけど……
「キサマ……不死身ノ男カ……ドウヤッテ逃ゲタ?」
「……なあ、魔神界から出たいんだけど、どっちに行けば良いか教えてくれないか?」
「ドウシテオマエニソレヲ言ウ必要ガアル?」
「言ってくれれば、お前を殺さない」
今なら勝てる。俺は確信していた。
武器はないけど、まあ多分なんとかなるだろ。そう感じていた。
「馬鹿ガ」
スケルトンキングは巨大な剣を振り上げた。
ヒュン。
何かが風を切る音が聞こえた。
同時に、スケルトンキングの目の空洞の奥から光が消えた。
おれ、何もしてないのに……何が起きたんだ?
そう思うと、同時にスケルトンキングは立ち往生して、光の粒子となって消えてしまった。
「そこ、誰? 人間……なの?」
女性の声が、木の上から聞こえた。
姿は見えないけど、魔物らしい訛りがない。人間かな?
今、一瞬でスケルトンキングを倒したのは、どうやら彼女らしい。
「ああ、そうだ。君も人間なのか?」
「……その兜を外して、素顔を見せて」
緊張した女性の声。
ああ、そうか。フルフェイスの鎧を着てるから、向こうには俺の顔が見えていなんだ。
俺は兜を外して、「これでどうだ?」と言った。
同時に、女性が木の上から飛び降りて、俺の前に立った。
赤い目をした女性。
年は25歳くらいかな? まだ若いけど、右目には眼帯、髪の毛は茶髪のツインテール。
彼女は目を大きく見開いたまま、何も言わずに俺の顔をみていたけど、少しして顔をほころばせると、
「……良かった。生きてたんだ。やっすー」
と言った。
その言葉を聞いてようやく、俺は彼女が誰なのかに気づいた。
「ミカ……か? どうしてここに?」
「だってさ、私やっすーのOJTだからさぁ……責任があるじゃん……でもさ、うん」
ミカの目は赤かった。【探知の目】じゃない。ただ、泣いているだけだった。
「生きててくれて、良かった! ずっと探してたし、ほとんど諦めてたんだから!」
彼女は弓をその場に落として、俺に向かってジャンプしてきた。
ただ、体は向こうの方が大きい。受け止めるときにちょっと不格好な姿勢になって、その場に倒れてしまった。




