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第十三話 帰還した

「にしても、魔神界のこんなに深くに監禁されてるなんて、実はやっすー、結構重要人物と思われてるんじゃない?」

 森の中を警戒しつつ歩きながら、ミカが呟いた。 


 ……そういえば、俺、今自分がどこにいるのか知らないな。


 魔神界の中ってことは知ってるけど。どれくらい奥まで運ばれてきたのかは、全くわからん。


「ここ、どこなんだ? 第5層くらいか?」


「ううん。魔神界第30層。名前をつけるならそう……『陰気な森』って感じかな?」


「そんなに深く……」


「私達が到達したことの有る中では一番深い場所だね。ま、『魔神教会』の連中はもっとはるかに深いところまで到達してるけど」


「そうか、で、ミカは一人で?」


「元々は、三人パーティだったんだけどさ。今は1人だね」

 ミカは淡々とした調子で言った。

 ……元々は、ってことは残りの二人は……

 いや……聞かないでおこう。


「ともかく一回拠点に戻ろっか。やっすー。

 『最悪の裏切り』の犠牲者が生きて帰ってきたら、きっとみんなの士気も上がるよ」


 『最悪の裏切り』……たぶん、俺たちがリリィによって見事に全滅させられたあの時のことか。

 たしかに、人類の最高戦力が全滅したんだから、名前がつけられるくらいの大事件として扱われてもおかしくない。

 実際、最悪の出来事だったしな。


「……そうだな。でも、拠点はどこに? 岩戸の中か?」


「ううん、違うよ。ま、先は長いから歩きながら話そっか」


 そして、森の中を歩きながら、ミカは話を聞かせてくれた。


 まず第一に、俺がどれだけの時間、魔神界に閉じ込められ、殺され続けたかということ。


 なんと丸5年も時間が経ったらしい。


 つまり俺の年はもう45歳。かなりいい年になってしまった。けど、死んで復活するたびに肉体年齢が15歳くらいに戻るから、まあ実年齢なんて大した問題じゃないか。


 問題なのは……俺の変化というよりも、世界の変化の方だった。

 

 ミカは18から23歳に。


 右目は戦いによってか失明してるし……なぜか、その理由を話してくれないし……


 そして、多くの人類は既に(ほとんど)岩戸の中には居なくて、地上で生活しているそうだ。


「じゃあ、もしかして地上を取り戻したのか!?」


 俺は喜んで質問したが、ミカは暗い顔で首をふった。


「ううん、奴隷として生きてるだけ」


 ミカはそう言って、地上の現状についての説明をしてくれた。


 地上の様子は俺が魔神界に入る以前よりも大分マシになったらしい。

 ひび割れた道路も、ガラスの割れたビルもない。

 

 誰が直したか? 全部人間が直したらしい。


 そして社会インフラの管理や、店の経営、食料生産といった産業は全て相変わらず人間の手に任せられていた。昔と違うのは、彼らには余暇が無く、人生は全てが労働になっていること。


 コンビニでは吸血鬼の為に人間の血がパッケージされて売られていたり、人間サイズの建物では暮らせない魔物たちのために、超巨大な、あるいはミニマムサイズの家が作られていたり、地上は魔物たちにとっての楽園に作り変えられた。


 そして人間は狭い集合住宅で、囚人のように生きている。

 魔物たちに奉仕するために。


「……ミカはそんな世界で、今は何してるんだ?」


「昔と変わらないよ、魔物たちと戦ってる」

 ミカは自慢げに鼻を鳴らした。ま、そうだな。


 父親の復讐を誓ったミカが魔物達の奴隷になるなんて、死んでもありっこない事だ。


 (外見は変わっても)中身の全然変わらない彼女を見て、少し安心した。


「仲間も居るんだろ?」


「とーぜん。井川鉄鋼の少ない生き残りとか、他の会社の企業戦士(サラリーウォリアー)とか、あとは対魔防衛軍の人たちとか……ま、つまり『超一流から外れた人たち』の寄せ集めだね。組織名は【人類解放軍】、目的は名前の通り、人類を魔物の支配から解放すること」


「良かった。人類もまだ、諦めたわけじゃないんだな」 


「まあね。リリィ元室長が率いる【魔神教会】も未だに魔神復活には至ってないし、チャンスはまだあるよ」


「え? あれからもう五年も経ったんだろ? まだ魔神を復活出来てないのか?」


「魔物達も一枚岩じゃないみたいでさ、魔神界に元々生息していた魔物達の中でも【古き者】と呼ばれる【神話位級】の連中とか、単純に知能が全然なくて無差別に自分以外を襲う魔物達が魔神界への魔神教会の侵入を防いでくれてるらしいの。

 だから魔神教会が支配しているのは魔神界の第1層から第40層まで。それを超えると、彼らにとっても魔神界は命を掛けて戦う必要がある【ダンジョン】に変化するってわけ」


 なるほど、そういうことか。


 確かに、よく考えてみると、元々魔神界に住んでいた連中がもしも魔神を復活させたがっていたなら、リリィ達がそうするまでもなく、誰かがそうしていたはずだ。


 つまり、彼女の言葉通り、まだ終わっていない。


 そう考えると、やっぱりまだ悲観するには早すぎるのかもしれない。


 ☆


 魔神界30層から1層までは、想像以上の長旅だった。


 ミカは1層から30層までのマップを正確に把握していたにも関わらず、掛かった時間はまるまる一月。


 つまり、1層進むのに平均1日が必要だった。


 中でも一番キツかったのは第20層【毒沼と岩山】だ。


 名前通り、毒沼と植物の生えていない岩山ばかりのマップ。


 見晴らしが良いせいで隠れるのも難しいし、毒沼のない整備された道には魔神教会の見張りがわんさかと居た。


 仕方なく、俺はミカを背負って、タメージを喰らいながら毒の沼地を『死に休み』を挟みながら丸一日歩き続けることになった。


 ま、五年間拷問され続けた日々に比べればそれでも大した事はなかったけどさ。ちょっとはキツかった。


「ふぅ……あとはここを抜ければ外だな」


 そして今、ついに第1層【広漠たる平原】に到着して、ついに帰還が現実味を帯びてきた。


 しかし、最後まで気は抜けない。


 魔神界と現実世界を繋ぐ門、【次元門】は、本来大きな光の球体のようなものでしかなかったんだが……今は、その次元門を囲うようにコンクリ製の小さな砦のような建物が作られていた。


 魔神教会によって作られた施設で、魔神界への出入りを監視・管理している建物らしい。


 出入り口は正面の一つだ。


 当然ながら、見張りが居る。


 建物入り口横に作られた監視所の中からガラス越しに出入りを監視している。


 外見だけだで判断すると、十代後半くらいの少女って感じ。快活そうな雰囲気で肌が焼けてる。


 ただし、背中にコウモリみたいな骨ばった羽が生えていて、頭には細い二本の角。そして何より……ひどく露出の強い、下着みたいな服を着ている。


 ……サキュバス(淫魔)か。


「……やっすー、あんまりジロジロ見ない方が良いよ」

 ミカがしかめ面でつぶやく。


「あ、悪い」


 淫魔は魔人の一種で、【最上位種】の一つ。

 エロいだけじゃなくて、かなり強力な魔物だ。


 厄介なのは魅了(チャーム)という淫魔だけが持つ種族ユニークスキル。

 警戒していれば食らう可能性は低いが、心に隙があればやられる。


 ……以前の俺だったら、間違いなく勝ち目の無い魔物。


 けど、今はなぜか前より強くなってるし、ミカも居る。


「なあミカ、どうやってアイツを倒す?」

 覚悟を決めて、ミカに声を掛ける。

 どちらにせよ、次元門を潜るには絶対に彼女に見つかってしまう。 

 戦う他にないだろう。


「倒す? あははは、心配要らないよ」


 と、ミカは俺の言葉を笑い飛ばして、そのまま建物の入口に進んでいった。


 ……え、一人でも楽勝ってことか?

 

 ミカ、そんなに強いの?


「あ、ミカ? おつかれぇ~」


「おっつ~ エリザ」

 

「なになに、隣の男の子、結構かわいいじゃぁ~ん。

 味見していい?」

 と、エリザと呼ばれたサキュバスがコッチを見て舌なめずりをした。


 それを見たミカはジロリとエリザをにらみつけた。


「やっすーにちょっかい出さないでね」


「え? え? 何、何? 友達なのか?」

 思わず、声が漏れる。どうなってるんだ? 彼女、敵じゃないのか?


「うわぁ、こなれてない感じの反応もいいねぇ」

 エリザは俺を見て、また嬉しそうにガッツポーズを取った。

「ま、ともかくまた今度ね。別の魔物が来たら厄介だし、早く行った方が良いよ」


 エリザは手元のボタンを操作して、奥に続く扉を開けてくれた。

 そして、奥に進もうとすると別れの投げキッスもひとつくれた。


「まったく……エリザはゲテモノ好きだから……気をつけてね」


 歩きながら、ミカが不満げにつぶやく。


 ゲテモノ好きって……俺がゲテモノだっていいたいのか?


 ……それはともかく。


「彼女、仲間なのか?」


「そう。まあ仲間ってよりか……協力者って感じかな?

 あんまり信頼しすぎないでね」


 どういうことだ? 彼女は魔人なのに俺達(人類解放軍)の協力者?


 ……どうなってるんだろう?


 そんなことを考えながら、俺は次元門を潜り、元の世界に。


 ☆


 ああ、懐かしき現実世界(リアル)


 魔神界とは違って空気が澄んでるし、マグマも毒の沼地もない。


 残念な事に、今や魔物たちが居ることは魔神界とおなじだけど……それでも、懐かしい。


「それで、拠点はどこなんだ?」


 再び魔物の内通者の助けを借りて、次元門を守る建物を抜け出すと、そこは富士山の麓。


 近くに街はない。あるのは森と山だけだ。


 街に行くには多分、ずいぶん歩かないといけないけど……


「こっちだよ」


 しかしミカが早足で進んだのは、鬱蒼と木々の茂る樹海の方角だった。


 ……どういうこと? と、思いながらも現実世界については今や全然詳しくないし、黙って彼女の後についていくことしか出来ない。


「ほい、到着っと」


 そして二十分ほど進んだ場所で、彼女は小さな洞窟を指さした。


「冗談だろ?」


 その入り口は大人一人がうつ伏せになってなんとか入れる程度に小さい。


 洞窟というよりも、大きめのうさぎの巣穴といった方が近いかもしれない。


 ……こんなところに、本当に人類の希望が集まってるのか?

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