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012 テッサリアからの使者3

 この期に及んでヨルムが何を言い出すのか、レオンはいささか興味を持った。


「これでテッサリアは滅び、我々貴族の多くは帝国によって取り潰されることになりましょう」

「当然だな。戦の前に恭順したのならともかく、刃を交えた以上、敗れればいかようにされても文句は言えぬはず」


「ですが、わたくしはそうはなりたくないのです。ぜひ貴方様の配下となり、生き延びたく思います」

「俺の配下にだと?」


 予想外の要求だった。和平の使者として来た男が、実は臣従を希望するなどあり得ないことである。


「要するに我が身可愛さというわけか……」

 マリウスはヨルムの話の展開にいささか興味を持っていたのだが、失望を覚えていた。レオンにとって何か役に立つかもしれないと思っていたからである。


「わたくしにも妻や子がございます。そして救いたい係累の者も。それらが処刑台に引かれるのを見たくはありません」

「もっともな事だが、わたしに貴公を助けるメリットがあるかな?」


 レオンもマリウスも、ヨルムの話に半ば以上関心を失っていた。どうせ大したメリットがあるように思えなかったのである。


「ございます」

 ヨルムは自信ありげにそう答えた。


「ほう、聞かせてくれるかな。帝国の人間に睨まれてまで貴公を助けることに何の得があるのか」

「先に申し上げた通り、閣下は帝国に心から忠誠を誓っているわけではございますまい。帝国で力をつけ、いずれその帝国をも手中にする、そんな大望を抱いているのではありませんか?」


 レオンの眼がスッと細められた。ヨルムの言葉には脅迫の色があったのである。側に付き添っていたディアーネが腰の剣に手をかけ、いつでも斬りかかれる構えを見せる。


 だが、そんなレオンたちの様子が目に入らないかのように、ヨルムは泰然とした態度をとっていた。


「しかしながら、そのためには不可欠なものがございます。そしてわたくしの見るところ、あなた方にはそれが欠けているように思われます」

「何だ? 言ってみろ」

 レオンはヨルムのペースに乗せられているのを感じながら、なお聞かないではいられなかった。


「情報網です。情報は、時によっては万の軍勢に勝ります。戦に勝つにも、政争に勝つにも、正確な情報を迅速に手に入れることが勝敗の鍵となります。その点みなさまはいかが御考えでしょうか?」


 ヨルムの言葉を聞き、マリウスはハッとさせられた。彼自身その必要性を考えつつも、戦のせいで先延ばしにしていたことだからである。


 レオンの軍師である以上、マリウスも情報を得るために出来る限り情報提供者を作ってはいるが、とても体系的とは言えない状態である。

 それにマリウスはレオンの側で処理しなければならないことが多すぎる。とても情報網の構築に専念できないのだ。


「で、貴公はそれを提供できると言うのか?」

「その通りにございます。テッサリアにとって、帝国は強大であり、防衛上最大の脅威であります。ですから、我々は帝国に対して、上は宮廷から下は市井の者まで、大きな情報網を有しております」


「ほう、それを貴公が作り上げたというのか?」

「さようです。わたくしはこのような事にいささか向いておりますゆえ」


 マリウスはヨルムの言うことに心を動かせれつつあった。真にこの男が情報の点で使えるなら、彼にとって極めて有用だといえる。正確な情報があってこそ、軍師としても策略を練ることが出来るというものだ。


「それほど優れた情報網を持っておきながら、テッサリアはなぜ負けたのだ?」

「それはテッサリアの軍首脳が十分にわたしの価値を理解していなかったこと、そしてあなた方の軍がそれ以上に優れていたからでしょう」


 マリウスは苦笑した。ヨルムは彼らと交渉にやってきただけあって、話の持って行き方が上手かった。


追従ついしょうは要らぬ。なかなかに悪くない話だが、貴公が優れていることについて、我々はどのように確証を得ればよいのかな?」

「他ならぬレオンさまにこのお話を持ってきたということ、その事自体わたくしが情報に通じていることの証でしょう」


 マリウスはしばらくの間考えこんだ。ヨルムの言うことは確かである。普通はこんな話をレオンに持ってこようとは思うまい。一刀のもとに切り捨てられてもおかしくないのだ。


 それでもなおレオンと交渉に及んだということは、この男がその情報網を使い、彼らについてもかなり正確な情報を掴んでいるということだろう。彼らがヨルムを受け入れる下地があるということを。


 テッサリアにとってブラウヴァイスリッターは直接刃を交える相手。綿密な調査がなされていてもおかしくはない。


「マリウス、お前はこの男の処遇についてどう考える?」

 マリウスの答え次第でヨルムの処遇が決まる。マリウスが否定的なことを言えば、この男はこの場で処刑されてもおかしくない。まさに生殺与奪の権利を握っていると言えた。


「このヨルムという男、救って使う価値のある奴だと思う。俺ならその情報網とやらを十分に活かせるだろう」


 それを聞いて、ディアーネがとんでもないと言いたげな表情を浮かべた。

「だけど信用できるの!? この男が我々を裏切ることになれば、敵にその情報が渡ってしまうのよ。

 それにスピロやテオドールのような奴らがこの事をどう思うか。リスクが大きすぎるわ」


 ディアーネの言うことはもっともなことだ、マリウスは深く頷いた。だが、大望を遂げるには、多少危険な人間をも使いこなさねばならない、そんな気もするのだ。


「裏切れば、それはその時のこと。いかに愚かな選択であったか、思い知らせてやればいいさ。俺もこの男を見張っているのだからな」

「これで決まったな。ヨルム、貴公を我が家臣としよう。マリウスの下で働くが良い」


 レオンが話を打ち切り決定を下した。こうなればディアーネもそれ以上反論しようとはしなかった。彼女は厳しい視線をヨルムに注いでいた。


「有り難き幸せ。マリウス殿とディアーネ殿の眼がいつも我が背に注がれていることを肝に命じておきます」

 ヨルムは悪びれずにそう答えた。

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