013 王都陥落
テッサリア王国はトリカラを失い、もはや王都ラミアを残すのみとなった。兵力はおよそ2000、それも前線に出ていなかった残存部隊である。どれだけ戦う意欲があるか疑問であった。
レオンは、配下としたヨルムからラミアの情報を得ていた。ちなみにヨルムは、機密情報所持のため一時的に拘束するという形で従軍させている。
ヨルムの情報によれば、ラミアの四方の門のうち、東門がもっとも脆く攻め易い。
城壁の一部が崩れかかっているにも関わらず、トリカラに万全の信頼を置いていたテッサリアは長年修築を怠っていたのである。テッサリア軍の怠惰というべきであった。
マリウスの立てた作戦は、南門にアルカディウス軍が詰めて敵を引きつけたところで、東門に回ったレオンらブラウヴァイスリッター(青白騎士団)が本命の攻撃をし、門を破壊するというものである。皇太子の軍は頼りにはならないが、敵を引き付けるぐらいは出来るだろうと考えたのだ。
皇太子を囮役にしたことでロイゼン伯あたりが怒り出しはしないか、レオンはそれを恐れていたが、皇太子たちはあっけないほどに快く引き受けてくれた。
東門を攻撃すれば確かに功績は大だが、最初に城内に突入することになる。危険も大きい役目だ。皇太子はすでに皇位継承を認められているのだから無理をする必要はない、そうロイゼン伯が説いたのである。
それは彼自身が危険な目にあいたくなかったからであったが、ともかくも皇太子が常識的な対応をしてくれたことにレオン達は胸をなでおろした。
アルカディウスがもし功を競うようなことがあれば、彼らは戦いながら皇太子の安全にも気を使わなければならない。余計な荷物は背負い込みたくないものである。
――某日、夜8時
帝国軍はアルカディウスの軍を先頭として、王都ラミアの南門の攻撃にとりかかった。皇太子は自身で戦を指揮することは出来ぬから、ロイゼン伯や帝都守備軍の将軍たちが代りに指示を飛ばす。
予想通り皇太子軍の城門への攻撃は、洗練されたものとは言えなかった。だが彼らにとって今回の戦いは勝利が確定的な戦であり、危険を感じずに戦うことができた。
戦いというものに気後れしがちな帝都の軍でも、敵を引き付けるだけの十分な戦いが出来ていたのである。
南門には帝国の破城槌が取り付き、遠い距離から投石器が巨岩を投じる。これらの兵器をめぐってテッサリア軍と帝国軍が攻防を繰り広げていた。
「城兵は南門へと集中してきたな。よろしい、狙い通りだ」
マリウスがラミアを遠目に見てほくそ笑んだ。ラミアの守備兵はただでさえ人数が少ない。帝国の攻撃に対して守備するためには、不足を補うため、どうしても南門に集中することになったのである。
「さて、そろそろ我々の出番か。ディアーネ、いつものことだ。頼むぞ」
「りょうかい。あなたは考えるのが役目、わたしはレオンの剣や盾となるのが役目ですものね」
ディアーネは戦場に身を置き、気が高ぶっていた。ブラウヴァイスリッター青白騎士団の戦いでは、常にディアーネが先頭に立ち血路を切り開いてきた。副団長であり、団でも有数の武勇を誇る彼女にしか出来ない役割である。
金髪の美少女が鎧を着こんで戦場に立つ様は、なかなか絵になる光景である。これはなかなかに良い目の保養だ、とマリウスは場もわきまえず考えていた。
「ディアーネ、無理はするなよ。我々が優勢とはいえ、敵も必死なはずだ。城内に突入する瞬間はとくに気をつけるんだ」
レオンがディアーネに近づき髪を撫でた。彼女はそれだけで、死を恐れぬほどに気分が高揚した。
――夜0時頃
「出来るだけ敵に見えないよう、かつ素早く東門へ近づくのだ。進めっ!」
帝国軍がラミア攻撃に夜を選んだのは、レオン軍の動きを城兵に悟らせないためである。前衛の皇太子の軍が松明を掲げて攻め、第四騎士団はその後ろで待機していた。機を見て東門へ回ったとしても、夜の闇によって城兵からは見えにくくなるだろう。
東門にたどり着いたディアーネは、率いてきた投石器に攻撃するよう指示を下す。城兵からみれば、夜の闇のなかから巨大な石が城へと降ってきたのだ。
闇の中で全体を把握するのはなかなかに難しく、城兵の対応が遅れた。そのわずかな隙が戦では命取りとなる。
もともと老朽化していた東門の城壁は、投石器によってあっけなく崩された。
「よし、行くぞ!」
ディアーネが部下を振り返って命じるとともに、先頭を切って城内に突入した。
城兵の数はおよそ2000、そのうち皇太子軍との戦いで数を減らしているとはいえ、1500ほどは残しているだろう。ディアーネが率いた突入部隊は約500、囲まれれば不利は否めない。
だが、この場合は部隊としての練度の差が物をいった。ブラウヴァイスリッターは歴戦の精鋭部隊、対してラミアに残っていたテッサリア軍は、惰弱ゆえ前線に出されもしなかった残存部隊である。皇太子の軍と同じく、多くは貴族の子弟で構成されていた。
ディアーネが混乱するテッサリア軍を掃蕩しつつ城門を確保し、レオンの本軍が後から続いた。こうなると数の上でも帝国軍が圧倒することになる。
城内のほとんどを制圧し、残すは王宮のみ。テッサリア軍は最後の抵抗をするため、王とともに立てこもっている。事ここに至っては、降伏勧告など無意味であった。
そもそもレオンには、王族に対して寛大な処置を約束するような権利を与えられていなかったし、それはレオンにとって立場を危うくする危険性があった。
もしそんなことをすれば、帝国に忠誠を疑われることになる。微妙な立場にあるレオンとしてはなんらメリットのないことである。
「ディアーネ副団長、部隊を率いて王宮へ突入せよ。抵抗する者はことごとく切り捨てて良い。王族は出来るだけ生かして捕らえるのだ」
「はっ、これより王宮に突入し、敵を殲滅いたします」
ディアーネはレオンに敬礼し、王宮の入り口から中へと入った。
ディアーネは本質的に弱者に対して寛大な質である。それゆえ、落城する間際に敵を虐殺するかのような任務は苦手としていた。
だが、副団長として騎士団を担う立場であること、そしてなによりレオンの立場を危うくする可能性を考えれば、心を鬼にするより他になかった。彼女にとって、レオンの安全は全てに優先するのである。
王宮内での敵兵の抵抗はなかなかに激しかった。降伏せずに立てこもっているからには、死を恐れぬ者たちなのだろう。ディアーネは騎士団を率いてそれらの抵抗を排除しつつ、玉座の間を目指して突き進んでいた。
途中逃げ遅れた侍女や侍臣らの死体もそこかしこに転がっていた。たとえ武力を持たぬ者であっても、全てを救うことは難しい。混乱した彼らが抵抗した場合、切り捨てざるを得ないからである。
――そして
謁見の間に踏み込んだディアーネたちは、自害した多くの死体を目の当たりにする。予想されたことではあったが、その光景は快いものではなかった。後から続いたレオンたちも、その有様を目の当たりにした。
国王ダイオス3世には3人の妃と5人の子どもがいたが、ことごとくが王とともに死んでいた。子どもたちは年齢からいって自害したのではなく、味方によって殺害されたのであろう。すべて毒を含んでの死であった。ディアーネはそれを見て心が傷んだ。
だがどうしたわけか、末の王子が一人生きたまま発見された。当年10歳である。恐らくは幼い子どもを殺すに忍びず、代りに睡眠薬を飲ませたものと思われた。
とはいえ、それがこの王子にとって幸福なことだとはディアーネには思えなかった。帝国は、いや、この世界においては、征服した国の王族に対して厳しい態度で望むのが常である。
「余計なことを……。この子どもにとっては親しい者とともに逝った方が遥かに幸せだったのにな」
レオンは王子の未来を思わずにはいられなかった。皇帝はこの10歳の王子を処刑するに違いない。それも見せしめとして公開でだ。
「国が滅びるとは、かくも無残なものなのだ」
レオンのつぶやくような言葉を聞いて、ディアーネも心を新たにしていた。レウクトラは絶対にそうはさせない、と。




