エピローグ:そして、現実では。
ある日のことだ、田中浩の母が、浩の部屋の前に朝食を置いておくのがいつもの日課になっていたが、その時、浩の「そこに置いておけ」って声が返ってこなかったのだった。
「浩!?浩!!しっかりして!!」
母は扉をガンガンと叩く。しかし、浩からの返事はなかった。
「お父さん!!ちょっと、浩が!!!」
父を呼びに母は下に降りようとする。その時、浩の部屋の扉が開く音がした。
「え?浩!?」
「あ、おはよう。」
するとそこには、長い夢から起きたような田中浩の姿があった。
「母さんはもう朝飯食べたの?」
「ま、まだよ」
「そうか…どうせだったら一緒に食べよう」
「え!?本当に!!」
こうして、田中家の新たな朝が始まった。
久しぶりの一家団欒の朝食時に、やはり当然のように、父がまず口を割った。
「お前、引きこもってたんじゃないのか?」
「いや、今日からその生活もやめようと思ってさ。」
「浩…お前、何があったんだ。あんな薄暗い部屋にいただけじゃ、そんなこと起こるはずもないんだがな…」
「ちょっと…長い夢を見ていただけさ。」
「そうか…まあいい、とりあえず飯を食え食え!」
いつも通りの朝食を食べる、父と母はテレビが好きで、いつも朝のニュース番組を見ていたらしい。だが、俺はそんなものちっとも興味がわかない。
できることなら、こういうとこで俺の大好きなアニメとか見ていたい。
「ふーむ、西日本は大雨か。酷い土砂崩れで大変なことになっているようだな」
「大変ね。ひょっとしたらじきにこっちもそんなことになったりして」
「…相変わらず浩はこういうことに興味が無いなぁ。」
「部屋から出てきたってことは、やっと就職する気が起きたって事でいいのかしらね。」
「ああ、今日はハローワークに行こうかなって」
「そうか…」
父は時計を眺める、普通だったら定年退職並みの年齢なんだが、よほど仕事の腕が立つのか、継続雇用扱いで未だに会社勤めだ。
「そろそろ行ってくる、お前に会う職業があるといいな。」
「いってらっしゃい。」
「母さん、じゃあ俺も行ってくるよ。」
「気をつけるんだよ。」
2年ぶりだろうか、こんなスニーカーを履くのは。本当に久方ぶりに外に出るから、少しだけ緊張している。
自分用の車はとっくに売っぱらってしまい、今は自転車しか持っていないので、それに乗りハローワークに向かう。
やはり、自分の体重が重いのか、自転車がギシギシと音を立てつつ前へゆっくりと進んでいく。
銀杏並木の長い道を自転車でゆっくりと進んでいく。
そんな中、田中浩は如月烈火として活躍した異世界に想いを馳せる。
思い返せば、俺のいた異世界って…結局何だったんだろう。俺の書いた小説の設定をなぞってはいるんだけど、難易度が恐ろしく違っていたのがどうにも気にかかる。
スカスはあんなにも強くなるキャラクターじゃないし、俺の作品にはアスナ・ブレイダはいても、ジョン・ブレイダはいなかったような。しかも正体が人間とドラゴンのハーフなんて考えたこともなかったぞ、脇役なんて適当でいいだろ。って思っていたのに…
女の子だってあからさまに少なかった。俺の時は女王を始め、双子の姉妹、宿屋の娘、酒場の踊り子、魔法使いの少女、まだまだいたはずだ。なのに何故、俺は女王と宿屋の娘くらいしかいなかったんだ…しかも女王には逃げられるし、俺はそんなに情けなかったか…
まあ、それもそうだよな。最後にスカスが言ってたっけ。『君の世界で君は生き続けて見せればいいと、僕は思うよ』だったっけ…生き続ける。それは、簡単な事じゃない、俺にとっては難しいとすら思える。52歳の俺が、ヒキニートから普通に働こうなんて無理に等しい。経歴がもう真っ白だ、こんなので雇ってくれる企業があるとは思えない。
だけど、俺は努力に裏切られたことは何百回もある。だからこそ、次は成功するかもしれない、って思えると信じて生きて行きたい。
そうだって、異世界の人たちが教えてくれたから。
銀杏並木の終りかけのところで、不思議な外国人を見た。髪は金、瞳は水色、肌は透き通るかのような白色で服はいかにも現代って感じの服装を身につけていた。その姿はまさしくそう、現代を生きるスカス・マダかのようだった。
「え!?スカス!?」
「?」
金髪の外国人は日本語が全く理解できていないのか、唐突に声をかけられて少し戸惑いを見せている。
おそらく、他人の空似だろう。まさか、あの世界が現実のものだったら、恐ろしいったらありゃしない。
そうだよな、今にして思い返せば、異世界にも異世界の現実があった。異なっていてもそこは世界なんだ。だったら、現実と変わらない真実があったっておかしくない。ひょっとしたら、今のこの日本よりも、厳しい現実を彼等は生き抜いているのかもしれない。
だったら、俺も異世界なんかに負けてられないな!
多分大丈夫だろう、経歴が真っ白でも、俺という体は今ここにあるんだから。命ある限り世界は続く、俺はこの世界を生きていく、そうアイツらに誓ったんだからな!
現実は、逃げるために存在するんじゃない。向き合うために存在するんだ、ましてやツジゲン帝国のように、打ちこわすために存在するものでもない。
現実を変えるのは、そこを生きる人間次第だ。怠けて生きていれば、怠けたなりの成果だけが返ってくるし努力して生きていれば、努力したなりの成果が返ってくる。
与えられたものを頼りにするのはいい、だけど、その与えられたものをどう使うかは全て、君次第であることにはこれからも変わることはないだろう。




