孤独の便所飯
とにかく腹が減っていた。
購買で買ってきたコッペパンと焼きそばとお茶の袋をぶら下げて、私……御手洗 雪隠は、そんなことを考える。
いつも売れ残っている炭水化物の塊たちではあるが、6間目に持久走がある今日の私にとっては、神々しく光を放つ聖遺物の様に見えた。
……それにしても4時間目の授業を5分も延長するとは……。
英語のクマ沢め、私の様な購買派に喧嘩を売っているとしか思えない。
……さてと。
それにしても、一体どこで食事しようか。
教室はうるさいし、ベランダはリア充が占拠している。
中庭はカップルだらけだし、奥の非常階段は陰キャな男子の巣窟だ。
きゅるる、と可愛らしく鳴いた自分の腹の虫すら腹立たしい。
……焦るんじゃない 私は腹が減っているだけなんだ。
「よし……今日は、アソコにするか……」
私はある場所を思い付き、そこへ足を向けるのであった。
~孤独の便所飯 第一話 屋上横 女子トイレ~
当然ウチの学校は、漫画みたいに屋上が常時開放されている、なんてことはない。
というか、常時閉鎖されている。
屋上に続く階段の掃除も多分、月に1回くらいやっていれば良い方だ。
「ゴホ、ゴホ……ほこりっぽいな……」
なので、本当に誰も来ない。
階段を上ると、右手には屋上へ続く扉が、大きな南京錠で閉ざされている。
そして、左手に行くと……。
何故だかトイレがあるのだ。
因みにこのトイレの存在に私が気がついたのは、2年生に上がってからだ。
多分このトイレを知っているのって、学校でも10人いないんじゃないかなあ。
私は躊躇することなく、女子トイレの扉を開ける。
「うんうん、やってる、やってる」
いつの日か閉鎖されるんじゃないかと思っていたが、まだ大丈夫のようだ。
「便所飯するなら、男子トイレよりも女子トイレの方が絶対上だよね」
男子トイレは小便器が多く、個室便所は少ない。
しかも個室便所を使うと、「うんこしてる奴がいるぞ~」なんてからかう奴もいるのだ。
そういう意味で、便所飯は女子トイレの方が向いている、と、私はどうでもいい持論を持っている。
さて。
ここで食事を取っていて、今まで誰かが来たことはないが。
万が一こんなところで食事を取っているところを知られたら、間違いなく学校生活アウトになるだろう。
カギを閉めればいい、というのは浅はかすぎる。
「うわ、誰か使ってるよ!
え~、もしかして便所飯? 便所飯?
みんな呼んでこよ~っと!
インスタにも上げよ~っと!
個室から出てくるまで、寝ずの番を置こ~っと!」
となってしまう。
もちろん、カギを開けっ放しにしておくなど論外だ。
では、どうすれば良いか、というと。
「よしよし、全部、ちゃんと閉まっているな」
勝手に、全部のトイレのカギを閉めた状態にしておくのだ。
これなら万が一誰かが入ってきても、「カギが全部閉まってる……あ、壊れてるとか、水が流れないとかなのかな?」と思ってくれるはずだ。
流石にこんなハズレにあるトイレが満室とは思わないだろうし。
カギを閉めるやり方としては、普通にトイレに入ってカギを閉めた後、上から壁を乗り越えて次の個室へ……と、繰り返すだけだ。
それだけなのだが、かなり面倒臭い上に、すきっ腹の状態でそんな運動は出来れば避けたい。
以前にカギを閉めてたのだが、その時のままの状態で本当に良かった。
「さて、じゃあ、行くか……」
私は一番奥の個室に購買の袋を投げ込むと、手をこすり合わせてトイレの壁へと挑むことにした。
個室のトイレを上から覗くと、曇りガラスの窓がついていて、薄暗がりの中にぼんやりと光を落としているのが確認できる。
先ほど投げ入れた購買の袋からは焼きそばとコッペパンが少し飛び出しており、それがちょうど光に照らされて神々しさを更に増していた。
私は洋式便所の上蓋の上に降りると、そのまま反転して座る。
便座に座る派が多いと思うが、まあ、これは私なりの紳士的な振る舞いだと思って欲しい。
ちらりと横目でゴミ箱を確認する。
うんうん、やはり、前来た時から誰も来ていないみたいだな。
私はさっさと焼きそばのケースを縛る輪ゴムをとり、蓋を開け、その上にコッペパンを置いた。
袋やら蓋やら、音のするものはさっさと片付けておくのが吉だ。
蓋を4つに折りたたみ、輪ゴムで縛って、コッペパンの入っていた袋に詰め込む。
割り箸を音もなく割り、爪楊枝と紙も丸めてコッペパンの袋へ投入。
そして、それらを更に購買の袋に詰め込んで、ポケットの中に収めた。
同時にペットボトルのお茶を音もなく開封し、こちらは胸ポケットに収める。
よしよし。
これで音を出しそうなのは、焼きそばの入っている箱くらいだ。
因みにこの時間、わずか数秒程度。
音もほとんど出さずに行うのが必須条件だ。
「さて、まずはそれぞれの本来の味を試してみますかね……」
お茶で軽く喉を湿らせて、私は食事に取りかかることにした。
まずコッペパンの端っこを千切って飲み込む。
……うまい。
腹が減っているためにそう感じるだけなのだろうが。
む、口の中がパサパサだ。
くい、とお茶を含むと、続いて焼きそばに取り掛かる。
「油ギトギトだなあ……」
一言文句を言って頬張る。
……むむ。
良いじゃないか。
ギトギトしていると思ったら、マヨネーズを少し混ぜているのかな。
かなりチープだが、悪くない、決して悪くはないぞ。
なんというか、縁日の出店にある焼きそば、だな。
ああいうのは地べたに座って食べるのが一番美味しい。
図らずとも、今の状態こそがこの焼きそばを一番美味しく食べられる状態というわけだ。
そのまま、するすると半分ほど食べ終わる。
……おっと、コッペパンちゃんを忘れていた。
ごめんよ、待たせちゃったね。
そんなことを考えながら、再度パンを一口分だけ千切って、口の中に放り込む。
……む。
しまった、少し空腹が和らいだせいか、コッペパンを美味しく感じないぞ。
まあ、ジャムもバターも塗られていないから、当たり前っちゃあ当たり前、なのだが。
くそ、なんだこれは、ただ口が渇くだけじゃないか、お茶、お茶。
……まあ良い。
こうなることは、予想の範囲内だ。
私はコッペパンを手で縦に切り開くと、その中に焼きそばを惜しげも無く詰め込む。
そう。
焼きそばパン、だ。
焼きそばとコッペパンを購買で見つけた時点で、こうしようと思っていたのだ。
詰め込みながら、ふと気がつく。
「……あ、焼きそばの中に、まるのままウインナーが隠れてた」
しかも、2本も。
これは嬉しい誤算だ。
なんだか、得した気分。
着色料たっぷりのまっかっかなウインナーを、一口齧る。
安いウインナーなのだろう。
当然、ポキッ、などと心地よい音は立ててくれないが。
もそり、と音がした後、口の中に肉の味が広がる。
「……うん、美味い。
いかにも、ウインナーって感じの、ウインナーだ」
うん、よし、これは締めでホットドッグにしよう。
コッペパンは全部焼きそばパンにせずに、少しだけ残しておくか。
「そうなると、食べずにいた紅しょうがが際立ってくる」
ホットドッグに散らせば、良いアクセントになるだろう。
残していたのは英断だった。
たまたまだけど。
「まあ、まずは焼きそばパンからかな」
もぐり。
……ふむ。
美味い。
炭水化物と炭水化物でカブってしまっているが、美味いものは美味いのだから、しょうがない。
もしゃ、と食べながらトイレの壁を見ると、目が慣れてきたのか、落書きが目に付いた。
「……あれ、新しいのが、増えてるなあ」
どうやら、誰も来ていなかったわけではないらしい。
「どれどれ……『右を見ろ』?」
もぐもぐと口を動かしながらそう呟くと、右に視線を移す。
「……『左を見ろ』」
そのまま視線を逆サイドへ。
「……『後ろを見ろ』」
後ろ、か。
仕方ないので体を動かして確認すると。
『間抜け』
なるほど。
確かにこの体勢、相当に間抜けだ。
「フフフ……いっぱい食わされたな……。
うんうん、良い感じ、良い感じ」
ごくり、とお茶を飲む。
そうこうしているうちに、焼きそばパンはおなかの中へ消えていった。
よし、いよいよ、最後の締め、ホットドッグだな。
私はコッペパンを縦に裂いた部分を下にして、焼きそばの弁当箱に押し付け、油を吸収させる。
パンでソースをぬぐいとって食べるなんて、まるでフランス料理のような……何て言うとフランス人に怒られるかしらん。
貧乏料理だな、うん。
だって、この焼きそばの油、マヨネーズ成分が入ってるからなあ。
ホットドッグの出来にメチャメチャ関わってくると思う。
直感だけど。
……さて。
取り出したコッペパンにウインナーを直列に入れて、紅しょうがを均等に散らし、焼きそばの残りカスを振り掛ける。
完成だ。
……こんなの、絶対美味いでしょう。
まず一口。
……ああ、なるほどね。
ふむふむ。
これは良いなあ。
紅しょうがが、意外と良い仕事をしている。
焼きそばがほんのりマヨネーズ風味なのも良い。
パンに染み込んだ油も大正解だ。
ソーセージがポキポキじゃないのも、こうなって来ると良い方向に働いている、気がする。
うん、うん。
こういうのが良いんだ、こういうので良いんだよ。
私が最後の一切れを食べようとした時。
バタバタバタッと外の階段を駆け上がって来る音が聞こえた。
ヤバイ、誰かくる!?
私はすかさず便器の上で体育座りになると、気配を消す。
「うはは、マジでいたら受けるんですけど~!」
がちゃりとトイレのドアが開いて、軽薄そうな女子の大声が、トイレに響き渡った。
あまりの大声に、私もびくりと驚く。
「いるかな~便所飯ちゃん~?」
!?
や、ヤバイ、バレてる!?
心臓がバクバク脈をうち、口の中がカラカラになる。
呼吸の音で、居場所がばれてしまうような錯覚に陥る。
トイレに闖入してきた女子は、「うはは」と繰り返しながら、何故か携帯をタップしているようだ。
そんな音がする。
ま、まさか、インスタに上げるつもりか!?
私が戦々恐々としていると。
……ブーンブーンブーン……
携帯のバイブ音が、聞こえた。
……私の、隣の個室から。
なんと。
……先客が、いたのか。
「ヤッバ~!
厠さんってば、マジで便所でご飯食べてるんだ~。
きったな~!」
酷い女だ。
言われてる方も、さっさと『トイレしてるだけ』とか言い分けしないと……。
「……うう……ぐす……」
……泣き出した。
肯定してるようなもんだぞコレ。
悲惨だな……しかし、明日の自分の姿でもある。
反省点を見つけて、糧としよう。
取り敢えず携帯はオフが基本だな。
私はそんなことを考えながら、嵐が通りすぎるのを待っていると。
……私の作った自家製ホットドッグが……。
トイレの床に、落ちていた。
……あの女が、大声を上げて入ってきたせいだ!
私は吐き気がするほどの怒りに突き動かされて。
……思わずトイレのドアを、蹴破るような勢いで開けてしまった。
予想通りの軽薄そうな顔をした女子が、ポカンとしてこちらを見ている。
現状をあまり理解できていないらしい。
チャンスだ。
「……あなたは便所飯をする人の気持ちを全然まるでわかっていない。
モノを食べるときはね、誰にも邪魔されず自由で……なんと言うか、救われてなきゃあダメなんだ。
独り静かで……。
豊かで……」
そう言いながら私は問答無用で。
軽薄女子にアームロックをかけた。
「へ?
が、がああああ、痛っイイ、お……折れるう~~」
軽薄女子は、激痛のためか、そのまま泡を吹いて気絶した。
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「腹が減ったな……」
今日も私は購買の袋をぶら下げて歩いている。
「それにしても、軽薄女子に告げ口されなくて良かったなあ」
この前の便所飯は、下手したら警察モノだったけど、特にお叱りは受けていない。
もしかしたら、怒ると何をするかわからない頭オカシイ奴と思われたのかもしれない。
「しかしまさか、便所飯仲間が、同じクラスの厠さんだったとはねえ。
あんな美人が便所飯とは……」
私は少しだけ妄想する。
『あの時は助かりました!
こ、これ、雪隠君のために作ったんです!
い、一緒に中庭で食べませんか?』
「なーんてね、なーんてね!」
そんなことを考えていると、廊下の向こうから件の厠さんがやって来た。
何となく手を振ってみると。
「……あ……あの時の……」
厠さんも、此方に気付いたようだ。
何となく、そのまま近付いて行こうとすると。
「……気持ち悪い……」
何だか汚いものを見るような目で彼女はそういい放ち、どこかへ行ってしまった。
「……?
な、なんだよあの態度。
せっかく助けてやったのに……」
……まあいい。
やはり私には独りで食事を取っている方が性に合っているようだ。
さて、今日は……そうだなあ。
……美術室横にするか。
あそこはボチボチ人が通るから、あまり冒険は、できない。
普通に、男子便所で、食べるとするか。
私はそう、思い付くと。
静かに、その方向へ足を向けるのであった。
~次回 孤独の便所飯 第二話 美術室横 男子トイレ~
へ、へへ変態だ~~~!?
こんなオチですみません……他に思い付かなかった。
他にも、異世界食事もの、書いてます。
<a href="http://ncode.syosetu.com/n0232dh/">笑木屋の夜御飯</a>