友人とやり返しと銀髪少女
イジメはどんな動物にも発生する現象です。1番弱い者や大勢の中で他と違う者が標的にされるのです。それは魔族も同じようですが・・・
第一章 幼年期 第四部の開幕です。
どうぞ、最後までお楽しみくださいませ。
その後、買い物を終えて荷物を片付けてから、カサリナが待つ公園に足を向けた。
カサリナと遊ぶようになってから、遊びに出掛ける時だけはセシリアには留守番をしてもらっている。セシリアはついてきたがるけど、近所で遊ぶだけで付き添いはさすがに恥ずかしい。カサリナも1人で出歩いているわけだし。
それでも、見送りの際には、未だにひたすら心配されている。周囲には気を付けるようにだとか、怪我をしないようにだとか、危険な事はしないようにだとか・・・カサリナと遊ぶようになってから、もう半年は経つってのに。
こう考えると、セシリアは確実に過保護だな。まぁ、別に構わないんだけど。もっとデカくなれば自然とそういうのもなくなるだろうし。でも、ホントに子離れがセシリアにできるんだろうか? 表情には出ないけど、限りなく心配性でトコトン世話焼きで、その上、徹底的に俺を大切にしてくれてるんだもんなぁ。
そんな事を考えながら歩いていると、すぐに待ち合わせ場所の公園に到着。
かなり広い公園ではあるけど、カサリナが待っている場所はいつも同じブランコ。異世界であっても、子どもの遊具という前提を基に作られるものは大差がないらしい。まぁ、遊び方がかなり違うけれど。
「あ、ケーイッ! おっそぉいっ!!」
俺の姿を捉えたカサリナが文句を言いながら、回転させていたブランコからその勢いのままに飛び降りた。
うむぅ・・・何回見てもヒヤヒヤさせられる光景だ。
この世界のブランコは、前の世界の物と形に大差はないけど、回転させる事を前提にした構造になっている。なので、どれだけ回転を重ねても、支柱に鎖が巻き付くような事はない。人間とは段違いな身体能力をしてるからこそなんだろうし、それが極当たり前になっているのだから、どうこう言っても仕方がないけど、見ていて心臓に悪い。初めて見た時は思わず驚きの叫びを上げちまって、悪目立ちしたんだよなぁ。
「買い物が終わってからっていったろうが」
嘆息混じりに言う俺に駆け寄ってくるカサリナ。
「だって遅いんだもん」
「はいはい。ごめんごめん」
膨れっ面で言うカサリナの頭を撫でてやる。それでころっと機嫌を直してくれるカサリナ。
素直な子だ。単純過ぎて、将来がちょっと心配になるけど。
「でっ、今日は何しよっか」
「何でもいいけど、そんなに遅くはなれないぞ。だから、3日前みたいな探検は無理だ」
「はーい」
いい返事を返してくるカサリナ。
ちなみに、探検とは言っても、実際にはそう大層なものでもない。街の中の行った事のない所へ足を伸ばして見て回るっていう、単なる街中探索だ。それでも、前の世界では存在しなかったファンタジーな物体がゴロゴロしてて、俺にとってはかなり面白いものではあったけど。
しかし、カサリナはホントに活発な子だ。体を動かすのが相当に好きらしく、何かしら運動的な遊びを思い付くし、街中探索も物怖じせずにかなり広い範囲を動き回る。確実に人間よりもタフだし。
それから、公園内でかけっこをしたり、かくれんぼや鬼ごっこといった定番の遊びを2人で繰り返した。
2人で遊んでいるのには理由がある。
カサリナは活発ではあるけれど、気が優しくて柔らかい雰囲気の女の子だ。しかし、強さを美徳とする魔族は、カサリナのその気質を気が弱い弱虫と捉える。
気に入らない事があっても実力で押し通し、意見が対立すれば腕力で決着をつけるというのが魔族の子ども達の間での暗黙のルールなのだが、カサリナは腕力で意見を押し通す事を好まない。意見が対立しても、無理に争わずに譲ってあげてしまう。
カサリナの肉体ランクはB-だそうだから、決して低くはない。ましてや、訓練も鍛練もしていない子ども同士なのだ。仮にランクの差があったとしても、そこまで極端なものにはならないだろう。それに加えて、他の子に比べるとカサリナの運動神経はいい方だ。恐らく、この子が腕力に物を言わせれば、余程の高ランクを相手にしない限りには自分の意見を押し通せる筈だ。それは当人も分かっている。実際に、嫌がらせをしてきた3人の悪ガキを叩きのめした事があるし。
しかし、そんな風に捉える他の魔族の子ども達には馬鹿にされてしまい、カサリナには友人が少ないのだ。
ただ、前の記憶を持つ俺の価値観では、魔族の子ども達のルールの方が受け入れ難いものがある。
そんな俺がカサリナに初めて会ったのは、無駄に喧嘩が多いガキどもに嫌気が差して、1人でこの公園をフラフラと散歩していた時の事だった。あのブランコで膝を抱えて泣いていたカサリナに声を掛けて、馬鹿にされている理由を聞いた時は腹が立ったもんだ。
カサリナは自分に嫌な事を言わない俺を気に入ってくれたらしく、それからはずっと2人で遊んでいる。本当はもっと大勢で遊んだ方がいいんだろうけど、わざわざ自分を馬鹿にするような奴らと絡む必要性も感じられないし、カサリナは今の方が楽しいらしいから、まぁいいんだろう。大人になれば、嫌でも気に入らない奴とも付き合っていかなきゃならなくなるんだし。
「あ~、ちょっと疲れちゃった」
カサリナがそう言ってベンチに腰掛けたのは、辺りが夕闇に包まれかけてきた頃だった。
マジでタフだな、この子は。あれだけ走り回って<ちょっと>か? 俺はもうクタクタなんですが。
「もう暗くなってきちゃったし、そろそろ帰んないとだね・・」
少し寂しそうに言うカサリナ。
「そんな顔すんなって。また遊べるんだから」
「だって、ケイはあんまりお外に出てこないんだもん」
「ん、まぁ、それを言われると弱いんだけど」
「毎日はダメなの?」
「ダメって事はないけど、言ったろ? 早いトコ、ドリューシャを返り討ちにできるようになっとかないと危ないって。だから、魔法の研究が一段落するまで、<毎日>ってのは待ってくれ」
「<ひとだんらく>って?」
「ん~とだな・・・一区切りするまでって事。肉体強化の魔法が完成すれば、今みたいに朝から晩まで研究に掛かり切りにならなくても大丈夫だと思うから」
「え!? ケイ、ホントにずっと魔法の<けんきゅう>してるの!? 1日中!? <けんきゅう>って、難しい本をいっぱい読むんでしょ!?」
「お、おう。まぁ、メシ食ったり風呂に入ったりもするから、ずっとってわけでもないけど」
「ご飯とお風呂以外は全部?」
「まぁ、ほとんどそうだな」
「うわぁ・・・<けんきゅう>って大変なんだ・・・・じゃあ、仕方ないね。でも、たまには遊ぼうね?」
「ああ。体は動かしとかないと、健康に悪いしな」
「うんっ」
俺の返答に、笑顔で首肯するカサリナ。
「さて、それじゃ帰るか」
「うん」
カサリナの返事を受けて、2人並んで公園の出口に向かい始める。
「今度はまた探検したいなぁ」
「探検ね。分かった。それじゃ、昼過ぎには出れるようにしとくよ」
「いつ? 明後日?」
「あ~・・・5日程待ってくれないか?」
「えぇ~・・・5日もぉ?」
不満そうに唇を尖らせるカサリナ。
いや、だって、カサリナのペースに合わせて1日遊んだら疲れ果てちまって、次の日はとても研究に力を入れられないし。文献漁りも大概疲れるんだぞ?
「これから試す魔法が上手くいったら、毎日でも遊べるようになるからさ」
「そうなの!?」
宥めるように言った俺の言葉に、不満そうだったカサリナの表情が一気に輝いた。
「ああ。今日見つけた魔導書がかなり参考になりそうでな。ただ、結構難しそうだから、普段よりも時間がかかりそうなんだ」
「でも、それで上手くいったら、ずっと遊べるんでしょっ? 絶対に上手くいってねっ!!」
「お、おう。まぁ、頑張る」
カサリナのプレッシャー全開な言葉に返答しながら、無意識に僅かに視線を逸らしてしまう。
うむぅ・・・かなり難解な感じだったんだけどなぁ・・・期待値を上げ過ぎたかもしんない・・・・失敗したら、どうやって謝ろうか・・・・・
自分の迂闊な発言に若干の後悔を感じながら視線を泳がせると、膝を抱えて座り込んでいる銀髪の女の子が目に入り、足を止めてしまう。
なんか既視感。カサリナもあんな風に膝を抱えてたっけか。カサリナはブランコに座ってだったけど。
「どしたの?」
数歩先に進んでいたカサリナが足を止めた俺の隣に戻ってきて、不思議そうに聞いてくる。
「ん。いや、あの子が目に入ってな」
「えっと・・・あ。あの銀髪の子?」
俺の視線を追って言うカサリナに首肯する。
「・・・どしたのかな? 白魔みたいだけど・・・・」
「・・・・・・ハァ。見ちまったもんは仕方ない。声掛けてくる」
「い、いいのかなぁ? 白魔の子に声掛けちゃっても・・・」
「怒られそうならカサリナは待ってなよ。俺は平気だから」
「あ、ま、待ってよぉ。あたしも行く~っ」
言い切ってすぐに歩を進める俺に、慌てた声を上げてついてくるカサリナ。
「怒られないか?」
「黙ってるからいいもん。それに、気になっちゃうし・・・」
「まぁ、怒られそうになったら、フォルティス家の奴についてっただけって言っとけ。そうすりゃ、文句は言えないだろ」
「はーい。ケイってそういうトコずるっこだよね~」
「ほっとけ。使えるモンは使わないと損だろ」
「あはは。うんっ」
明るい声で言うカサリナ。
まったく、一言余計だ。でも、自分が怒られるかもしれないような事でも相手を気に掛けてやれるのはカサリナのいい所だよな。このまま真っ直ぐに育ってってくれりゃ嬉しいんだけど。
「どうかしたか?」
「え?」
銀髪少女の前に立って声を掛けると、やはり泣いていたようで、顔を上げて涙を残した目で俺を見上げてくる。
「何かあったのか? おもいっきり泣いてるみたいだけど」
「え、あ、ご、ごめん、なさい」
俯きながら謝ってくる銀髪少女。
「謝る事なんて何にもないよ? 何か嫌な事あったの? 大丈夫?」
銀髪少女の側で屈んで、その頭を撫でながら言うカサリナ。
「え?」
驚いた顔で視線を上げて、カサリナを見つめる銀髪少女。
まぁ、カサリナのこの対応は魔族の中ではかなり特殊だわな。驚くのも無理はない。他の奴らなら、追い討ちを掛けてくるか無視するかのどっちかだし。
「あたしもね、嫌な事があった時にケイにこうしてもらったの。ケイってね、変な子だけど、スッゴく優しくて面白いんだよ? お話聞いてくれるし、嫌な事も全然言わないし、嫌な事言う子には笑っちゃうやり返しとか考えてくれるし」
優しい口調で元気付けるように言うカサリナ。
カサリナよ。それは俺を誉めてくれてるんだろうけど、<変な子>は余計だ。
「ケ、ケイって、誰の事です、か?」
「俺だよ。ケイクイルってんだけど、ケイって呼んでくれ。んで、カサリナ?」
「はぁい?」
振り向いたカサリナの頭をコツンと叩いてやる。
「<変な子>は余計だ。間違ってないから、訂正もできん」
「えへへ。は~い」
「・・・・仲、いいん、です、ね・・・・」
「うんっ。あ、それで、どうしたの?」
「・・・・あたし、白魔です、よ? あなた達は、紅魔、なのに、なんで・・・・」
「見ちまったからだよ。それ以外に理由はない。だから、紅魔に助けられるのは嫌だってのなら、これ以上は聞かないぞ?」
「え・・・・た、助ける・・・?」
「まぁ、内容によっては話を聞くくらいしかできないかもしれないけど、1人で膝抱えて泣いてるだけよりかはいくらかマシだろ?」
「ほ、本当に・・?」
「うんっ。ケイがいたら、嫌な事がなくなっちゃうんだよ?」
自信満々に言うカサリナ。
いや、それはいくらなんでも表現が誇張され過ぎだろ。前の記憶があるだけの5歳児なんだぞ? 期待が大きくなり過ぎるような事を言わないでください。
「ウ・・・ヒグッ・・・」
しゃくり上げ始めたと思ったら、声を上げて泣き出し始めてしまう銀髪少女。それを見て、オロオロと狼狽えるカサリナ。
うむぅ・・・いきなり泣き出すとは・・・・イジメ、かな? それなら、カサリナの時と同じく、相手の連中に徹底的にやり返しをしてやれば、余計なちょっかいはかけてこなくなるだろう。
無論、腕力に物を言わせる系ではない。上から虫の雨を降らせたり、虫でいっぱいの落とし穴に落としたり、背中に虫を大量にいれてやったりと、前の世界での子どもの定番な嫌がらせは魔族の子どもにも通用するのだ。しかも、これを転位魔法で虫を持ってきてやるのだから、前の世界での嫌がらせとは虫の数の桁が違う。
さすがに、あの黒光りする悪魔の虫は使う根性はないけど。あんなモノを大量に転位させたら、まず最初に俺が逃げるぞ。バッタみたいなヤツですら、100匹単位で転位させたらかなり気持ち悪かったし。
そう言えば、あの時のいじめっ子達が逃げ惑うトコを見て大爆笑して以来、カサリナは何かに開き直ったみたいに明るくなったんだよなぁ。元から明るい子ではあったけど、多少馬鹿にされても気にしなくなったし、嫌がらせをされた時には自分でやり返すようにもなった。
まぁ、今回もそう上手くいくとは限らないけど、多少の手助けはしてやれるだろう。何せ、こちらの中身は28歳のおっさんなのだから。
主人公のやり返しはちょっと嫌過ぎますよね。実害は無いのかもしれませんが、恐らく、やり返しの対象となった魔族の悪ガキ達はトラウマレベルで虫嫌いになっているでしょう。
しかし、普段威張り散らしている悪ガキ達がたかが虫で慌てふためく様子は、カサリナの溜飲を下げるのには十分な光景となったのでしょうね。
さて、銀髪少女の事情はどんなもので、主人公はどのように対処するのでしょうか?
では、これにて第一章 第四部を閉幕とさせていただきます。
お付き合いいただいた皆様に感謝を。よろしければ、次回もまたお付き合いくださいませ。