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心に虹を架けて  作者: 宙埜ハルカ
第一章:風を感じて
3/3

#03:ざわめく風

連載を始めたばかりですが、#01と#02を全面改稿しました。

すでに読まれた方は、もう一度読んで頂くと嬉しいです。

ストーリーは変わっていないので、そのままでも話は通じると思います。


「今日もねぇ、チェン君来たよ」

 次の日の夜、開口一番、有里の陽気な声が受話器から飛び出す。友達と一緒に来店したチェン君がレジカウンターの前を通る時に呼びかけたと、嬉しそうに話している。


「私の事、覚えていてくれたのよぉ」

 有里のウキウキのご報告は、何となく面白くなかった。


「そしたらね、中川君ったら『さっきの奴昨日も来てたけど、有里ちゃんもあいつが好きなのか?』って、聞くのよ」

 有里ちゃんもって、私がいつ好きだって言ったのよ!

 私は中川君のにやけた顔を思い出して、心の中で悪態を吐いた。


「加奈、チェン君来た時、真っ赤になってたんだって?」

 ええっ、中川君、そんな事まで話しちゃったの?


「ゆ、有里だって、チェン君、チェン君って騒いでるじゃないの」

 一生懸命に言い返そうとしたけれど、動揺しているのがバレバレだ。


「私はいいのよ。ミーハーで憧れのスターに騒いでるのと同じだから」

 有里、あなたはそのつもりでも、騒がれてる男の子たちはその気になっちゃうんだからね。

 私は心の中で反論したが、口に出しては言えなかった。


 高校生の時、私は密かに好きだった先輩がいた。有里がミーハー的に その先輩の事をカッコイイよねと騒ぎ出した時、そうだよねと一緒に盛り上がった。でも、本気で好きだとは、何故か有里には言えなかった。

 有里はスターの追っかけでもやってるように、いつも私を引っ張って、先輩のクラブの試合の応援や学校で見かけると声をかけたりと積極的に行動した。「ファンクラブ」と言って二人で騒いでいるのは楽しかったし、私の恋心は、それで充分満足していた。それは、有里にとっては『憧れの先輩』と言うそれ以上でも、それ以下でもない事を知っていたから。

 それでもいつしか、先輩の方からも声をかけられるようになり、ぐっと距離が縮まった頃、先輩の熱い眼差しが有里に注がれているのに気づいてしまった。

 私の秘密の恋は、その瞬間消滅した。

 あの時、有里に相談していたら、きっと有里は私の恋を応援してくれただろう。でも、相手が有里を選んだら、きっと有里と気まずくなる。私はその方が怖かった。

 有里はよく「加奈は好きな人いないの?」と聞く。その度私は「ときめく人に出会わないのよ」と答えている。だからだろうか……。


「ねぇ、加奈。今度はときめいたんじゃないの? チェン君に」


「な、何言ってるのよ。ときめいたんじゃなくて、ビックリしただけ」

 そう、心がビックリしただけ……と、自分の心の中で確認するように呟く。


「もう、素直じゃないんだから……心配してるんだからね。加奈もそろそろ好きな人見つけないと、淋しい青春時代になっちゃうでしょう」

 淋しい青春時代……なんて……やっぱり好きな人もいないのは、淋しい事なのかな?

 心の中の風鈴は、ひっそりと息を殺しているようだった。


          *****



 土曜日は、午後7時に、駅前のカラオケボックスに集まった。6月の夜7時はまだ薄明るい。空にはうっすらと笑ってるみたいな三日月。

 メンバーは、同じ大学のアルバイト仲間7人。男子はカラオケに誘ってくれた同じ2年生の中川君と4年生の上山先輩、そして工学部の3年生が二人の計4名。女子は私と有里の他に理学部3年で才女と噂の伊藤さんの3名。

 大学ではあまりで会わないけれど、アルバイトでは同じ時間帯にシフトが入っていたりと、それなりに馴染んだ顔ぶれだった。


 夕食もかねていろいろな食べ物と飲み物を注文し、早速中川君が1番に歌わされている。男子の中では一番年下のせいか、立場的に弱い様だ。

 お腹がすいていたので、みんな歌よりも食べる事に熱中し、その内お酒も追加され、歌うよりおしゃべりが盛り上がり始めた。


「上山先輩、就活の方、どうですか?」

 これから就活が始まる3年生の男子の一人が聞くと、上山先輩は「ああ、一応内定もらってる」と余裕の返事を返した。


 へぇ~4年生の始めにもう就職決まってるんだ。

 私はまだ先だと思っていた社会と言う大人の世界の門が、もうすぐそこにある事に気づかされた。


 淋しい青春時代のまま、社会人になってしまうのかなぁ……。

 ぼんやりと昨夜の有里との電話を思い出し、私は一人自分の世界に入り込んでいた。けれど、有里に何を歌うのかと尋ねられ、現実の世界に引き戻される。

 そうだ、カラオケに来てたのだった……。


「上山先輩、有里ちゃんと加奈ちゃん、背の高いイケメンを二人で取り合いしてるんですよ」

 ええっ? 中川君、いきなり何言い出すの。

 私は突然の中川君の言葉に慌てた。心の中では言い返せるのに、現実は驚いたまま言葉が出てこない。


「中川君! 取り合いなんかしてないわよ。私はチェン君のファンなだけですぅ」

 中川君の言葉に反応したのは有里の方だった。酔っているとしか思えない口ぶりで、言い返している。


「チェン君??」

 皆が声を合わせて聞き返した。


「そうです。台湾からの留学生で、カッコいいんだから……」

 有里は夢見るようにトロンとした目で、答えている。私はそんな有里を、心配気に見つめた。


「それで、加奈ちゃんもファンなわけ?」

 頼りになるお姉さんと言った風の伊藤さんが、急にこちらに話を振った。


「え? ファンって? まだ2回しか会った事ないのに……」

 皆の目がこちらを注目していて、慌てた。


「加奈ちゃん、そのイケメンが店に来た時、真っ赤になってたじゃないか!」

 中川君の激しい突っ込みに、私はますます言い返せずに、ただ恥ずかしくて(うつむ)く事しかできない。

 わぁー、中川君、言わないで!

 絶対に私、赤面している。


「ふ~ん。加奈ちゃん、もしかして、一目ぼれ?」

 わっ、伊藤さんまで、何を言うの。

 伊藤さんまで突っ込んでくるなんて……私はパニックになっていた。


「違います!!」

 皆はただ面白がってるだけだと分かっているのに、思わずムキになって否定の言葉を叫ぶ。

 ああ、ますます皆を面白がらせるだけなのに……。


「有里、助けてよ」

 お酒に寄っているせいか機嫌のよい有里に、私は縋るように助けを求めた。


「加奈も素直に白状しなさい!」

 ええっ、有里まで何を言うの!

 酔っ払いに助けを求めた私が間違っていたと思った時には遅かった。

 皆が興味心身に私と有里を見ているのに気付いて、私の中の何かが切れた。


「有里こそ、チェン君チェン君って騒いでていいの? 彼に知れたらまずいんじゃないの?」


「いいのよぉ。悠人は心が広いから、ミーハーな私をわかってくれてるもん」

 あーこれは相当酔っているなと思いながら、少し話題がそれた事に、ホッとした。


「え~~~!!!有里ちゃん、彼氏いるのかよ!!??」

 中川君が大きな声で叫ぶ。

 中川君、残念でしたねと、心の中であっかんべーをしてやった!



 結局カラオケは、有里に彼がいる事を知った中川君が自棄(やけ)になって、マイクを占領していたので、有里と一緒に一曲歌っただけで、22時頃お開きとなった。

 はぁ~なんか、疲れ果てた。

 自分の事が話題になるのは慣れていないせいか、ドギマギしてしまう。

 もうほとんど、パニックだ。

 又、バイト先にチェン君が来たら、どうしよう……。

 高くまで上ってきた三日月が、本当に笑っているようだった。


 いつもより飲みすぎた有里が彼に迎えに来てもらうと電話をしたので、有里の彼が来るまで、駅前のベンチで有里と座って待つ事にした。


「おい、山口じゃないか? こんな時間に何してんだ」

 いきなり声をかけられて見上げると、そこにはサークルの部長、北川令(きたがわれい)が立っていた。

 背が高く、切れ長の一重の目が睨んでいる様で、私はいつも彼に見られると、怒られているような気がしてしまう。


「あ、部長……」

 何でこんな所で、一番会いたくない人に会うかなぁ……。


「友達の彼が迎えに来るのを、一緒に待ってるだけです」

 部長の鋭い目線から顔をそらしながら、私は答えた。


 その時、ちょうど私と有里の座るベンチの前に車が止まった。助手席側の窓が開き、有里の彼、南悠人(みなみゆうと)の心配そうな顔がこちらを見た。


「有里。大丈夫か?」

 酔った有里は彼の呼びかけに「大丈夫」と笑い返したけれど、体の方がついてこないので、私は有里を支えながら、助手席のドアを開け、有里を座らせた。


「有里、ちょっと飲みすぎちゃったみたいで……お願いします」


「加奈ちゃん、いつも迷惑かけてごめんな。気をつけて帰れよ」


 私が車の走り去るのを見ていたら、いきなり後から声がした。

「おい、あいつ お前は送ってかないのか?」

 え? まだいたの? ぶ、部長……。


「あ、私は反対方向だし、駅から走って5分もかからないし……」


「それでも、女の子をこんな時間にひとり残していくか?!」

 ち、ちょっと……怒りモードのスイッチ入ってるんですけど……。


「行くぞ!」

 北川は、いきなりズンズンと駅に向かって歩き出した。


 え?行くぞって……一緒に帰るって事?

 私、ひとりで帰れますけど……。


 それでも、言い出したら聞かない部長の怒りモードの恐ろしさを知っているから、慌てて追いかけた。

 改札の手前で振返って待っていてくれた部長は「家まで送る」と一言言って、改札を抜けた。

 ……夜遅く一人で帰る怖さより、部長の怒りモードの方が数倍怖いってーの!

 心の中で文句を言いながらも、部長には逆らう事ができず、無言のまま彼の後ろに立ちホームで電車を待つ事になってしまった。

 入ってきた電車がホームに止まり、部長に続いて電車に乗り込み、入り口付近で並んで立った。何を考えてるかわからない彼の横顔を横目で盗み見ながら、黙って電車に揺られる。やがて、降りるべき駅に電車が停まった。


「駅から家まですぐなので、ここまででいいです。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げ、開いたドアから一目散に逃げ出そうとした。しかし、部長は「いや、家まで送る」といきなり私の腕を(つか)むと、一緒に電車を降りてしまった。


「いくら家が近くても、山口に何かあったら、夢見悪いだろ!」

 怒ったように言った後、私の顔を覗き込みニヤリと笑った。

 部長の笑みには破壊力がある。後ずさった私は、入学したてのサークル紹介の時の部長の爽やかな笑顔を思い返していた。

 前から興味のあった読み聞かせや朗読などのボランティアサークルで、一生懸命勧誘をしていたのが、彼だった。

 その頃は2年生で、男子部員が少ない中、爽やかな笑顔で説明している彼に釘付けになった。その笑顔にひかれて入部したと言っても過言で無いほどで……。

 騙された!とわかったのはそれから一ヶ月もたたない頃だった。あの爽やかな笑顔は別人だったの? と訊きたくなる程、普段の部長はあまり笑わない。たまに見せる笑みと言えば、悪巧みをしている時や、人をからかう時のようなニヤリと笑う黒い笑みだった。それは怒っている時にも見られ、私は背中が震えた。


 駅から家までのほんの数分の間、部長の後を歩いていたけれど、来週の図書館での読み聞かせのボランティアについて話しかけられ、いつの間にか並んで歩いていた。気づけば部長の怒りモードのスイッチはオフになっていたようで、穏やかな表情で話す部長の横顔を盗み見ながら、いつもオフの状態なら、素敵なのに……と、そう思った自分に少し驚いた。


 家の前で「ありがとうございました」と頭を下げると、「おやすみ」とたまに見せる唇の片側だけ上げる節約モードの笑顔を残し、踵を返して帰っていった。

 去っていく部長の後姿を見送りながら、私は心の中でざわめく風の音を聞いていた。


 


お気づきの方がいらっしゃるかも知れませんが、

部長が加奈子を家まで送って行く時、

「山口に何かあったら、夢見悪いだろ!」と言う所がありますが、

『いつか見た虹の向こう側』で慧と美緒が大学時代にまだ付き合う前、慧が家まで美緒を送って行く時に同じような事を言っています。

でも、本当はこちらで先に使っていた言葉でした。

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