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VRまおー様!  作者: 義雄
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第一話 まおー様と紅茶

 ことの起こりは至ってシンプル。

 高校一年生になった俺は遊ぶ金欲しさにバイトを探していた。

 夏休みだからということもあってか、様々な職種が求人誌や電子空間に漂っている。

 だが高校生不可という制限も多かった。

 そんな折たまたま目についたVRMMO「ぱられる☆すたー」の魔王募集告知。

 面接会場も近いし行ってみた、結構な数の人がいた。

 採用された。


「というわけで今日から俺は魔王様なのだ」

「なに言ってるんですか?」

「様式美だバカ」


 紅茶を淹れながら腰抜け悪魔がキョトンとしている。

 俺はコーヒー党なんだが、たまにはいいか。

 悪魔なのに戦闘力皆無なコイツも少しは俺の役に立ちたいってことだろう。

 あまり飲み食いするなと言われたが折角淹れてくれたんだ、部下の気遣いを無碍にしないのも魔王なり。


「うむ、苦しゅうない」

「はぁ……よくわかりませんけど」


 白磁のティーカップに注がれた紅茶は、文字通り紅い。

 紅茶ってもっと茶色系のイメージがあったんだが気のせいだろうか。

 ゆらゆらと上る湯気を鼻いっぱいに吸い込む。

 悪くない、スモーキーというのか、燻製とかそんな感じだ。

 口をつける。


「ブーッ!!」

「きゃぁっ!?」


 噴き出した。


「ま、まっず。なんだこれ」

「ひどいです……高い紅茶なのに」


 びしょ濡れになった不器用悪魔が非難するような目つきで見てくるが、文句を言いたいのはこっちだ。


「煙の味するお茶ってなんなんだよ!」

「ラプサンスーチョンです。どこかの国の王妃様も好きだって聞きました」

「なんだそのロシアの怪僧っぽい名前は」


 こんな煙たい味の飲み物を好んで飲むヤツがいるとは、世の中は広い。


「とにかく却下だ却下。真っ当なモン持って来い。インスタントコーヒーでも可」


 これは『まおうさまスプラッシュ』として使えるな、とかいう思考は脇に置いて。


 正直な話、俺は驚いていた。

 所詮これはゲームの中だ、なのに味がする。

 これは何気にすごいことじゃないのか?

 味覚というものが何に由来するのか知らないが、VR技術とやらを開発したヤツは大したもんだ。


「俺の次くらいに偉いかもな」

「なにがですか?」

「独り言だ、気にするな」


 口の中にはまだ煙っぽさが残っているけれど顔には出さない。

 魔王が青汁飲んで表情を歪めたらどう思うか。

 誰しもそんなの魔王っぽくないと感じるだろう。

 だからやせ我慢でもポーカーフェイスだ。


 まったく、いい天気とは言えないけれど折角城のバルコニーでお茶会というこの上ない優雅なイベントだったのに。

 あんなものを飲まされるとは、魔王も楽じゃない。


「でも、良かったです」


 ティーセットを片づけながらヴァレリアが言う。

 心の底からこぼれたような、自然な声だった。


「なにがだ?」


 威厳を出すために少し低めの声で問う。

 メイド悪魔は微笑んだ。


「魔王様が来てくださって、です。魔王様がいなかったら、この城は人間に攻め滅ぼされてましたから」

「……ならもっと崇拝することだな」

「はい!」

「手始めに美味い紅茶を淹れれるようになれ。コーヒーの方が好みだがな」


 なんとも、やりきれない話だ。

 このゲームは少しリアルすぎる。

 所詮目の前のコイツもNPCだというのに。


 そんな世の無常さをシリアスに儚んでいるとき、迷子のお知らせみたいな音が耳に入った。


『ランカーを瞬殺した峡谷の古城新ボス討伐メンツ募集!当方90盾85癒、囁ヨロ!』


 続いて目の前に現れた文章に俺は口を釣り上げた。

 誰かが百円で買える「アナウンス」というポイントアイテムを使ったようだ。

 目的は俺の討伐、面白い。


「くくくくく、愚かな」

「魔王様……」

「案ずるな」


 子犬みたいな悪魔の頭をぽふぽふと撫でてやる。


「一匹残らず殲滅してくれる」




***




 跳ね橋前にロッキングチェアーだけ用意させて、ヴァレリアは城に引っ込ませた。

 VRセンター昼の部が閉まるのは六時、強制ログアウトが始まるのは五時半。

 今の時刻はちょうど五時。デスペナでログインできなくなっても問題ない時間だ。


「さて、どうするか」


 懐から本を取り出してパラパラめくる。

 題名はズバリ「魔剣『チート』の使い方」だ。

 今日がバイト初日だからまだ全部覚えていないのだ。

 そして魔王たる者部下にこんな姿を見せてはいけない。

 白鳥のように水面下で努力する。それが役者、違った、俺が理想とする魔王だ。


 魔剣『チート』は無駄に機能が多い。

 取説は魔法説明だけでも二十六ページある。

 プログラムA、B、Cことサンダーファイアーアイスは使ったから別の魔法を使いたいところだ。

 ゆらゆら椅子を揺らしながら必死に頭を巡らせる。

 プログラムGとかいいかもしれない。

 いや、それともWか。選択の幅が広いというのも困りものだ。


「あの~?」

「ちょっと待て、今忙しい」


 誰だか知らんが話しかけてくるな。

 忙しいのが見てわからないのか、これだからゲーム世界の住民は……あれ。


「ん?」


 顔をあげると総勢五十名ほどの人間がいた。

 さっきのヤツらより強そうな装備品で身を固めている。


「おお」


 思わずポンと手を打つ。

 そうだ、俺は今魔王だった。

 バイト代のためにも戦わないといけないんだ。

 勢いよく椅子を揺らして飛び上がる。


「よく来たな愚かな人間どもよ!」


 三十分ほど練習した派手に見えるマントの翻し方を披露しながらプレイヤーを睨みつけてやる。

 だが、イマイチ反応が芳しくない。

 どこか困惑した様子でひそひそ囁き合っている。


「どんなAI使ってんだ……」

「いや、反応が違うだろ、人間じゃね?」


 む、これはよろしくない。

 俺はあくまでも魔王というボスだ。

 マスコットキャラの着ぐるみのように「中の人などいない!」で通さなければならないのだ。

 理由はよくわからんがそう契約書に書いてあった。


 かと言って誤魔化し方など思いつくはずもない。

 とりあえずマントを翻した格好のまま硬直してみる。


「……いや、AIじゃなきゃあんなマヌケな姿で固まらんだろ」

「確かに」

「はじめてのボイスキャラだったから変に考えすぎだろ」


 確信した。コイツらはバカだ。

 だが、なぜだろう。無性に沸々と煮えたぎるものがあるのは。


「硬直してるし有効範囲に入らん限り大丈夫だろ。作戦通り半円で一斉に魔法斉射でいくぞ」


 リーダーらしき緑色の髪をした盾持ち髭男の号令でぞろぞろと俺を囲みだす。

 半径十メートルほど距離を取りつつお喋りしながら半円陣をとる。

 魔法で一気に消し飛ばしてやりたいが、今は我慢だ。

 三十万のためにも俺は耐えなければならない。

 羊だ、羊を数えて落ち着け。


 いち、に、さん、よん、ご。


「詠唱開始ぃー!」


 そうこうしている内に準備を整えた魔法使いっぽい奴らがぶつぶつと何やら唱えはじめた。

 このゲームは変なところで凝り性だ。

 俺みたいに魔法の名前を叫ぶだけでは発動しないらしい。


 跳ね橋は上がっていて強そうな奴らには包囲されている。

 詠唱も終わるころ、じきに人数分の魔法が飛び交い俺を攻撃してくるだろう。

 なかなか絶望的な状況だ。俺がふつうのプレイヤーかモンスターであるならば。


「放てッ!!」


 腰の長剣を、無骨な魔剣『チート』を抜き放つ。

 唱えるのはたった一言。


「まおうさまバリアッ!」

「バリア!?」


 足元からおおよそ半径五メートル、乳白色の光がせりあがり、ドーム状の壁を形成した。

 派手な音をたてて魔法がぶつかっているようだが小揺るぎもしない。

 まさに鉄壁!

 いや、鉄じゃなくて光だから光壁!

 ただ時々壁をすり抜けて炎やら氷やらが飛んでくる。

 それを『チート』でバシバシ叩き落として、もう一度ロッキングチェアーに腰掛けた。

 いつこの壁は解除されるんだろう、と考えていたらさっと視界が開けた。


「バリアは反則だろ!」

「無傷とか……」


 余裕綽々の俺を見て愚民どもがおののいている。

 圧倒的な防御力は見せつけた。

 次は、無慈悲なまでの攻撃力を目に焼きつけさせてやろうじゃないか。


「くはははは! 滅びるがいい愚かな虫けらどもよ!!」


 ああ! 俺今すっごい魔王っぽい!

 このバイトは天職に違いない!


「まおうさま……」


 リーダーらしき男に『チート』を差し向けると、三角形の盾を構えた。

 他の盾を持った奴らもマネして、魔法使いたちは忙しなく口を動かしている。

 だが、すべてが無駄!


「ハリケーン!!」


 強風や暴風などという表現すら生ぬるい凄まじさ。

 鎧を身に着けた人間を宙に巻き上げるなんて、もはや竜巻に近いだろう。

 ほとんどすべての男を虚空に放り投げ、やがて風がやむ。

 空中浮遊を楽しんでいたはずのヤツらは空で光に還り、地上には帰ってこなかった。


「さて……」


 一歩踏み出す。

 残った人数は十名ちょっと、女性比率が圧倒的に高いのが気になるけれど、まあいい。

 『チート』でぽんぽんと右肩を叩き、できる限り邪悪に笑った。


「じゃ、死んでくれ」



まおうさまファイアー

エフェクト:市民プールくらいに広がる真っ赤な炎

対象:マッチョ

効果:即死

説明:炎を司る下位神エリフには悩みがあった。他の炎神は鍛冶も担うため筋骨隆々としている。なのにエリフは一人だけえのき茸のように白く、細かった。このままではいかんと筋力トレーニングに励みだしたが、効果は一切あらわれない。最初は応援してくれた他の神々も次第にはネタにするようになり、仕舞いには『ぷるぷる震えて筋トレするエリフ』という飲み会のモノマネ鉄板ネタになってしまった。しかし彼は諦めなかった。体をいじめるだけで足りないなら食事も変えるべきだと様々な食材を求め歩いた。ある時、悪戯好きなキルツという夜の神に教えられ、猛毒の植物を口にしてしまう。エリフは三日三晩苦しみぬいて、ついにはムキムキになるという夢を果たせず息絶えてしまった。今わの際に彼が思ったこと、それはマッチョに対する嫉妬心だ。そんな恵まれない神の報われぬ努力の末生まれた魔法が「まおうさまファイアー」だ。嫉妬とその他諸々の負の感情がマッチョを死に誘う。女性や平均的体型の者には一切効果がない。エリフ基準で細身の者が受けるとレベルが五あがり、その分のステータス(25ポイント)がすべてSTRに振られる。

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