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僕のいもうと  作者: AI
17/32

説得

とりあえず 会社の前まで来て千秋に電話をかける。


「千秋? 会社に着いた どっちに向かえばいいんだ?」


「坂本くん・・・?もう来てくれたの・・・


あのね 今 3丁目のコンビニにいる。」


「3丁目・・・ わかった。今行く。」


会社から数分のそのコンビニに 俺は全速力で向かった。


「いらっしゃいませ。」


店内に入ったとたんに 心地よい冷気が俺を包み


笑顔で 駆け寄ってきた千秋を見て ほっとする。


「ありがと・・・坂本くん。」


「大 丈夫 か? 千秋。」


汗だくの俺は 息が切れて 言葉がうまく出てこない 


運動不足がこんな時に露呈するのだ


非常にかっこ悪い・・・


「うん 坂本くんの顔見たら 少し立ち直った。」


涙ぐみながら笑う千秋は それほど大丈夫じゃなさそうだった。


「・・・とりあえず 出ようか。」


座って 何か飲みたかった。


会社でよく使う店は避けて


裏通りの屋台のおでん屋の前を通りかかると


「大根・・・食べたい。」


と俺のTシャツの裾を 千秋が掴んだ。


「ああ 晩御飯食べてないんだな?」


「うん それどころじゃなかったし・・・」


苦笑しながら 千秋は 暖簾の向こうの椅子に座った。


「まず ビールと 大根と豆腐 巾着お願いします。」


「俺は・・・ビールだけで ごめん 飯食ってきてる。」


「ううん わざわざ またこっちまで来てもらって 本当にごめん。」


オヤジが手渡す コップビールは案外冷えていて 


「お疲れっ」


と千秋とグラスを揚げて ひと息に煽る。


「はぁぁ・・・ で どうした? 千秋。」


「うん・・・


あれから 課長と作り直した見積書を持って お客様のところに行ってきて


謝罪をしてきたの


お客様は それほど 怒ってなくて わざわざ 丁寧にって言ってくれたんだけれど


課長に帰り道ずーっと


「たるんでる」とか「これだから 女は・・・」とかねちねち言われても


私が全面的に悪いから とにかく じっと耐えてた。


でも・・・ 「フランス女はルーズだからな おまけに娼婦あがりの娘なんて雇うから・・・」


なんて 言われて 我慢できなくて


ガツンと!」


ダン!


小さな屋台を揺るがすように 千秋がコップをテーブルに置いた。


ジロリと オヤジが見たが すぐにそ知らぬ風に おでんだしを継ぎ足す。


「ガツンと 何?」


俺が先を促すと


「殴った・・・」


「え?」


「グーで。」


「嘘でしょ?」


「いや ホント・・・  やっぱり やりすぎ?」


消え入りそうな 様子で 千秋が下を向く。


「いや・・・ まあ その フランス女とか 娼婦上がりって・・・さ なんなんだよ。失礼な奴だな。」



「私のママはフランス人だけど 娼婦上がりなんかじゃないよ。


留学生のパパを パブに勤めながら食べさせてたことはあったけど 娼婦なんかじゃなかった・・・


今のパパがピアニストとして 世界中を飛び回っていられるのは あの頃のママのおかげだって 言ってるもの


そのママを侮辱したのが 許せなかったの・・・」


バクッと 大根を口にほおりこむ千秋は 悔しそうに ポロリと一粒涙を落とした。


「ああ それは 当然だ。 おまえは間違っちゃいない。


だけど あの課長を殴ってしまっては・・・ 会社にいられるかどうか 危ういぞ・・・」


「うん・・・だよね。


でも 仕方ないよ。


明日からでも 早速 就活しなくちゃ ならないかな・・・」


「就活かぁ・・・ でも とりあえず 明日 会社に行ったら 真っ先に課長の所に行って 謝ってみろよ。」


「え・・・? 明日は休もうと思ってるんだけど・・・」


千秋が怯んだように ちらりと俺を見る。


「駄目だ。とりあえず 逃げずにあいつに立ち向かえよ。


昨夜は いきなり殴ってしまって もうしわけない


だけど 私の母は娼婦ではないとはっきり言ってやるんだ。」


あの課長なら 千秋が大人しくしてると 事を大きくしてしまいそうだと思った。


「・・・でも。」


「いいのか? このまま 辞めてしまって。


つまんない 諦め方をするな。


とにかく 明日 会社に来い。


みんなの前で謝れば 女に殴られたなんて かっこ悪いこと おおっぴらには出来ないはずだ。」


「そうかな・・・」


俺はとにかく 千秋を説得し 元気付けて ビールをしこたま飲んでしまった。


「とにか~く


明日は絶~~タイに 来いよ。 もし 課長のところに行く勇気がないなら 


また俺のところに来い 気合いを入れてやる。」


おでん屋を出て 駅に向かう道を二人で並んで歩きながらも 俺は説得し続けた。


同期の者で辞めていった奴は 他にもいたけれど 千秋はずっと頑張ってきた奴だ


これくらいで辞めてほしくはなかった。


「・・・わかった 


明日 ちゃんと 会社に行くよ。」


やっと 千秋は頷いて 笑顔を見せてくれた。


「よしっ よく言った 偉いぞ。」


ゴシゴシと 酔っ払っていた俺は つい 美幸にやるように 千秋の頭を撫でる。


「坂本くん・・・


明日 ちゃんと これるように・・・ 今 気合を入れたい。」


「おうっ いいぞ。 じゃあ 大きく息を吸って~~。」


俺が肺一杯に 息を吸い込むと


「そうじゃなくて・・・


私は そんなんじゃ 気合い 入らないよ。」


困ったように 下を向く千秋。


「・・・ふう 何だよ。大声出せば 気合い 入るだろ?」


拍子を抜かれて ふらつく俺。


いかん また 少し飲みすぎてしまった・・・



「私が してほしいのは・・・」


「何? よく 聞こえなかった。」


千秋の声は小さくて いつも元気なハリのある声とは 大違いだった。


「だ から・・・ その あの辺に 寄っていかない?」


「まだ 飲み足りないのか? 


あんまり 飲みすぎると 酒臭い息で 謝罪はまずいだろ・・・」


腕を取る千秋を 俺は振りきり 再度説得の体勢に入る。


「もう・・・そういうとこ 坂本くんって・・・」


「はあ?」


千秋はため息をついて 


「ううん 今日はありがとう そろそろ帰ろう


美幸ちゃん 心配してるでしょ?」


「ああ 大丈夫だよ。


それより 本当にもう 平気なの・・・」


ギュウウ


いきなり 千秋は俺を抱きしめ


「本当にありがとう・・・大好きだよ 坂本くん。」


チュッ


と軽く口付けをした。


「ふふっ 予定より だいぶ縮小されたけど ちゃんと気合いもらったから


ありがとう じゃあ 気をつけて帰ってね。」


千秋は 手を振って 去っていった。


取り残された俺は しばらく 馬鹿みたいに突っ立っていて


千秋の姿が見えなくなってからやっと


「・・・気合いって キス?」


と 我に返った。


酔いが俺の思考を停止させていたのか・・・


そのままフラフラと歩いていると 綺麗なネオンの看板がちらほらと見えてきた。


「・・・ラブホ?」


先ほど 千秋が指していたのは ここであったのか・・・と


やっと 気が付く。


(坂本くんって・・・)


なるほど 俺って そうとう鈍いのかもしれない。



だが はたして 気が付いていたとしても 俺は ここに千秋と向かったのかどうか・・・


たしかに千秋は 会社の中では一番 気安い仲だし 一緒にいると楽しい


だが それは恋愛かと言われれば よくわからない


(そういうことで 気合い 入るもんかな・・・?)


義妹と一緒に暮らしているのに 女の子の気持ちはよくわからない。


いや 義妹の気持ちでさえ・・・俺はよくわかっていなかったのかもしれない・・・


「ただいま~」


「おかえり 兄さ・・・」


美幸は 俺を見るなり 固まって


「汗・・・も またかいたんだね。シャワー浴びた方がいいよ。」


なんとなくよそよそしく そう言って


「じゃあ 私 宿題があるから・・・」


とすぐ自室に下がってしまった。


いつもなら 「ねえ 千秋さんに何かあったの?」くらい 聞いてくるはずなのに


どこか この日の美幸は変だった。


俺は とりあえず 酔いをさますのもあって 少し冷たいシャワーを浴びるため浴室に入った。


「わおっ 俺 こんな顔で ここまで歩いてきたんだ・・・」


俺の唇には ピンクのルージュがべったりと載っていた。


(・・・もしかして 美幸も これを見て?)


そして


俺の思考は また 



フリーズしはじめた・・・



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