インシデント
「坂本くん 美幸ちゃんのボーイフレンドには会ったの?」
「あ ああ まあね・・・」
昼休み 千秋が菓子パンをいくつも持って やってきた。
メロンパンに チョコクリームパン あんドーナツ・・・
見てるだけで胸やけをしそうだ。
「どんな子? ねえ どんな子なの?」
「翔は・・・ まあ 見た目はチャラい感じかな・・・?」
「ええ~ 意外~~ 美幸ちゃんのボーイフレンドのイメージって もっと なんていうか 真面目な草食系な感じだよぉ。」
何故か ひどく盛り上がる千秋。
「中身はまあ 真面目らしいよ。家業を継ぐために地元の高校に通ってるらしいから。」
「あ わかるっ 美幸ちゃんは そういう子 好きそうっ!」
「おまえに わかるのかよ・・・」
女って こういう話 好きなのかも・・・ でも 正直 俺は疲れる。
そこへ 千秋の所の課長が入ってきた。
「大沢くん この工事内容のお客様控え・・・ 高野物産のかい?」
「はい そうですけど。午前中にお届けしました。」
「これ・・・ もしかして 神林工業のオプション内容と被ってないか?
単価が違うぞ・・・」
「えっ! ま まさか たしかに 神林工業も 同日の工事ありますけど
それは 昨日のうちに 郵送してます。」
「神林工業の注文内容 一部変更があっただろ? あれはどうなった?」
「それは・・・ 新人の大貫くんに差し替えをお願いして・・・ まさか・・・」
「ちゃんと 確かめたか?」
「すみません 至急オーダーが重なってたものですから 確認してないと思います。」
「急いで 訂正した控えを作ってくれ。」
「申し訳ありません!すぐ 作りなおします!」
ガタタン!
慌てて 自分の部署に戻ろうと椅子から千秋は立ち上がった。
「千秋 大丈夫か?」
「えへ・・・ インシデントやらかしちゃった。 ごめん 私 行くわ。 パン口空けてないの 食べて。」
「え・・・ これ全部?」
バタン! 飛ぶような勢いで去った千秋は あんドーナツを半分かじっただけで 仕事に戻ってしまった。
「千秋くん かわいそうに・・・ あそこの課長 結構ねちねち厳しいからな~
泣かされないと いいけどな~~。
なあ その 千秋くん 残した あんドーナツ 俺 食べていいかな~?」
黒田先輩が そんな甘党とは知らなかった。
「いいですよ。 おれ 甘いの苦手だから 全部あげます。」
「いいよ~ 俺だって あまり甘いのは食べないよ。
俺が ほしいのは 千秋くんが食べかけのまま 残した そのあんドーナツがほしいだけなの。」
「どーぞ・・・」
千秋から もらった残りの菓子パンは結局 家に持ち帰ることとなる。
帰りがけ 気になった俺は ちらりと千秋の部署を覗いた。
「あれ・・・ もう帰ったのかな?」
「坂本さん どうしたんですか?」
千秋と同じ部署の子が声を掛けてくれた。
「いや 大沢くんは もう帰ったのかな?」
「大沢さんですか?
ああ 今日は課長と一緒にお得意様のところに行ってて・・・ とっくに帰ってきてもいい時間なんですが 遅くなってるのかもしれません。」
「・・・そう ありがとう。」
おそらく 謝罪に行ってるんだろう。
担当課長一人なら角が立つところを 女の子である千秋を連れて行くことによって 丸く収まることもある。
大手企業のお得意さまなら もっと部長クラスで対応しなければ ならないはずだが
千秋を連れて行くところをみると たいして大口でもなかったのかもしれない。
「ただいま。」
「お帰りなさい 兄さん。」
「これ 食べるかな?」
「あ~これ ポムポムの菓子パン!ありがとう。」
美幸がとても嬉しそうにパンを受け取った。
「ポムポム・・・ 有名なところなのか?」
「結構 有名店らしいですよ。 兄さんの会社の近くにあるんだけど 午前中にメロンパンは売り切れちゃうから 頼むの ためらってて・・・ よく私が欲しがってるの わかったわね。」
「ああ それ 千秋がくれたんだ。」
「千秋さんが・・・? そうなんだ・・・ 今度会ったら お礼を言わなくちゃ。」
今日はカレー
美幸のカレーは母のカレーの味に似ている。
唯一 俺の母が得意な料理はカレーで その味だけは 美幸は手本にしてくれたようだった。
というか カレー以外 母はまともな料理作れなかったので 当たり前だが・・・
「おかわり♪ あれ・・・? お前そんだけしか食べないの?」
「うん だって メロンパンがあるから。」
「そっか 二つもあったもんな。 晩御飯の後に菓子パンはきついよな~。」
と俺が言うと
「ううん 全然食べれるよ。 でもカロリー高いから カレーをセーブしちゃう。」
「まあ 好きでいいけどね。」
夕食を先に食べ終わった美幸は ソファに座り 菓子パンを食べながら ドラマを見始めた。
「おお 室塚レイとユウリが出てるのか・・・」
俺が学生の頃 二人の歌が好きで よく聞いていた記憶がある。
「面白いよ。実際は 夫婦っていうのが信じられないくらい とことん 憎みあっている役なの。」
「へえ・・・」
さほど興味もなかったが なんとなく美幸の隣に座る。
キスをしてから 妙に意識してしまう自分を 落ち着かせる為 逆にこうして もっと近くにいるよう心がけておけば 逆に意識せずにいられる気がした。
ペリ・・・
「ん~~~美味しい。普通のメロンパンと全然違う。」
「そんなに美味い?」
「兄さんも 食べる?」
はい と差し出す 食べかけのメロンパンに
「え・・・ あ ああ じゃあ 少しだけ。」
ドキドキした・・・
美幸のかじりついた部分を チラリと見て
どうしようかを一瞬考えて 結局 手でちぎろうとした。
「あ~~ だめだよ。メロンパンをちぎっちゃ・・・」
「え? あ ああ ぼろぼろしてきたっ」
「ふふふっ 兄さんったら メロンパン食べたことないの? いいからそのまま噛り付いて。」
「ああ そうみたいだな。」
俺はボロボロになった部分を大きくバクリと食べた。
「あ 甘っ・・・ ん だけど たしかに 悪くはない味だな・・・」
「でしょ? ん 美味しい~。」
美幸は 俺の齧ったところを何の躊躇もなく パクついている。
「そんなに 美味しい?」
美幸が喜んで食べてるのを見ていると なんだか こっちも嬉しくなってくる。
「うん ・・・好き。」
ドキッ
もちろん 美幸はパンのことを好きだと言っているのだ。
なのに 何故 こんなにうろたえる必要があるのか?
「じゃあ 今度 また買ってきてやるよ。」
「ありがとう。」
口の周りに甘そうなかけらを つけて笑う。
「クスッ いっぱい付いてるぞ。」
親指で口の周りを 擦ってやると
「い 痛っ。」
「あ 切ってるんだったな・・・ ごめん。」
「・・・ううん。だいぶ 治ってきたよ。」
美幸が俺からプイッと 顔を背けるが その頬や耳朶は 真っ赤になっている。
「お 俺 風呂先に入るな。」
さすがに 耐え切れなくなって 俺はその場で立ち上がる。
「・・・うん。いいよ 私 まだドラマ見てるから。」
「お おう。」
さりげない返事をして バスルームにやっとの思いで辿りつく。
(何 俺・・・ 中学生かっ!?)
ザバーッ・・・
「ふうう・・・」
少し広めの 一坪タイプのユニットバス
俺は 風呂好きなんで 部屋選びも 風呂がきれいで広いところばかりをチェックした。
(今は 美幸も使ってるから ここにして良かったかもしれない。)
コンコン・・・
その時 何故か ノックの音がして 振り向くと ぼんやりと美幸のシルエットが浮かんだ。
「な ど どうした?」
せっかく 収まったドキドキがいっきにぶり返して
爆発しそうになってしまった。
「ごめんなさい こんなところまで・・・ でも 千秋さんから 電話で・・・」
「・・・千秋から? なんで・・・」
「わかんない・・・ でも 泣いてるみたい。ここに子機 置いておくから。」
そう言って 美幸は 出て行った。
ガチャ
俺は 慌ててバスタオルで手を拭ってから 電話に出た。
「もしもし・・・千秋?」
「・・・ヒィック。」
「もしもーし 千秋 どうした?」
「坂本くん・・・アタシ・・・死にたい。」
「馬鹿! 何言ってんだよ! 今どこにいるんだ?」
「ポムポム出たとこ・・・」
「そこで 待ってろっ!」
俺は 体を拭くのもそこそこに着替えて バスルームを飛び出した。
「に 兄さん どうしたの?」
「ちょっと 出かけてくる。」
Tシャツに 短パンという ラフな格好で 俺は 会社あるオフィス街に向かった。




