見送り
義妹に ぶたれた頬が ジンジンと痺れて
それを 冷やすように ビールを飲む。
翌日が土曜ということもあって つい もう一缶 もう一缶と 空けてしまう。
(もう 一緒には暮らせないかもしれない・・・)
元々 俺たちは 血が繋がってない上 年齢だって 8歳も離れているのだから
もっと 気を配るべき対象なはずなのに
あんなことを・・・
己のおろかな行動が 彼女をどれだけ 傷つけたんだろう・・・
(泣かせてしまった・・・)
すごく大切にしてきたはずなのに
その俺自身が 立ち直れず うだうだといつまでも ビールを飲んでいる。
カラン・・・
テーブルに並んだ ビールの空き缶
「もう いい加減に寝よう・・・」
その日 どんなに飲んでも なかなか酔えず
飲んでいても 味などさっぱり 感じ取れなかった。
翌朝起きた義妹に迷惑にならないよう 後片付けをして 寝室に入った。
俺と美幸の部屋は 居間を隔てて 真向かいにある。
寝息も気配も これだけ離れていると 感じ取れるはずはないのだが
今夜は その数メートルの距離を越えた先に存在するはずの 彼女をとても意識している。
(美幸・・・ ごめんな。)
何度も寝返りを打ちながら
明日 どうやって 顔を突き合わせたらいいのかとか
俺のこと かなり軽蔑してるんだろうな・・・とか
そんなことをうつらうつら考えているうちに 寝てしまった。
「う・・・」
目が覚めると カーテンの隙間から差し込む陽はベッドの足元を焦がし始め
からからに乾いた喉に 汗ばみ絡みつくシャツ
重い体を ベッドから 引き剥がして 居間に移動する。
「おはよう・・・」
コッツコッツコッツコッツ・・・
アンティークなアナログの柱時計が刻むリズム以外
そこには 二日酔いの俺などに挨拶を返してくれるものはなかった。
「美幸・・・」
とうとう 見限られたか・・・
まあ 当然といえば 当然である 有名進学校の女子高生である美幸が
休みのたびに二日酔いになる俺のようなおっさんなど 今まで 相手にしてくれていたことだけでも 奇跡なのだ。
それを・・・
(ああ 思い出すとますます 頭が痛くなる・・・)
とにかく 水分を取らねばと 冷蔵庫をあけると
ラップのされている サンドイッチがあった。
グルルル・・・
「俺に? ・・・まさかな。」
麦茶を出して テーブルに座ると
ここで やっと 小さな メモが残されていることに気が付いた。
「翔くんの見送りに行ってきます。 サンドイッチ 冷やしてあるから 食べてね。 ミユキ」
やはり 先ほど 見たのは 俺の為に作ってくれたものだったのだ。
再び 冷蔵庫を開き
そっと 冷たい皿を引き出す。
パリ・・・ぺリ・・・
なぜだか 恐々と ラップを剥がし
トマトサンドをひとつ取った
パク・・・
ジワッ・・・ パラパラ・・・
「おいしい な・・・グズ。」
俺は今 すごく 愛しい物を口にしている。
その 喜びと感動で 体は乾ききっている筈なのに 涙が溢れてくるのだ。
「ただいま。」
「!・・・う うぐっ」
「兄さん 起きてたのね。・・・どうかした?」
「ぐう・・・」
トマトサンドが 俺の喉-食道間で 運行をストップしており
まったく 動き出す気配はなかった。
「きゃあーっ 兄さん!?」
バシン!!
容赦のない(この場合は 大変ありがたい)スナップの利いた掌が 俺の背中を強打した。
「ゴグン! ゴホッ ゴホッ!」
大きな塊が いま 無理やり 胃に向かい始め 肺を繋ぐパイプは確保できたようであった。
「大丈夫?」
スリスリと 柔らかく 背中を撫でられて
再び ジワッと 涙腺が緩んでくる。
「かなり 苦しかったのね 顔が真っ赤になってる・・・」
涙まで 滲ませているのだから そう勘違いして当然だ。
「もう・・・見送りは行ってきたのかい?」
「うん そこの駅までだけど。」
とにっこりと微笑む。
(何をやってるんだ・・・オレ。)
まだ 背中を撫でてくれている美幸に
「もう いいよ。ありがとう。 サンドイッチわざわざ 出かける前に 作ってくれたんだね・・・」
「あ・・・ごめんなさい 翔くんにも 持たせようと思ってサンドイッチにしたの。 兄さんには もっと消化の良い物の方が良かったよね?」
「い や おいしいよ。」
(だよな・・・ あいつに持たせる弁当のついででしかないよな。)
納得して 二つ目に手を伸ばす。
「翔君に 友達で いようって・・・ ちゃんと話してきた。」
「・・・」
思わず シーチキンサンドを咥えたまま固まる。
「わかったって 笑ってくれて すごくほっとしたの。
やっぱり 翔くんは 一番の友達だったみたい・・・」
ムシャ・・・ムシャムシャ
「昨日は ぶったりして ごめんなさい。兄さん・・・ 私 ビックリしちゃって・・・
兄さんは 昨日 血が落ちそうだったから ついって・・・
でも 本当は・・・」
「お 俺 茶碗洗うよ。」
妹の話を 遮るようにして 俺は立ち上がる。
「・・・うん。」
妹の視線を かいくぐって 台所に向かい 皿やコップを洗う。
「ありがとう 兄さん。
・・・そうだ シーツ洗ってあげる 今日なら今から干しても 乾くと思うわ。
沢山 汗かいたでしょう?」
妹も 俺に背を向けて その場を立ち去り
シーツや枕カバー タオルケットなど 山のように 剥ぎ取って 台所からは死角にはいる ユーティリティに 行ってしまった。
(びっくりしちゃって・・・か まあ そうだろうな・・・
でも まさか 君を愛してしまったなどと 言えるはず・・・
なんだって?
俺 今 何を・・・)
ジャーッ・・・
もうとっくに泡は切れて はじけるように眩しいお皿をぼんやり 見つめながら
俺は へんな汗をかいていた。